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いじめられっ子の虚弱児が一人柔道で変わった話


 まず、私は幼児の頃から虚弱児でいじめられていたことを話していきたいと思います。
 小学校2年生から高校生まで、同じ学校に通学していた現在の妻の言葉によると、小学校の頃の私はガリガリに痩せた身体で、いつもおどおどした目をしていたとのことです。

 また、小学校1年生の登校初日に、私の隣の席に座っていたと言う女の子が、同じ職場に来た時に話した言葉によると、その初日に学級担任の先生に、隣の男の子の面倒をみてあげなさいと言われたとのことです。女の子に面倒をみてもらうほどに、担任の先生からは弱々しく見えたのでしょう。

 体力が無く、運動が苦手で、小学校低学年の体育の授業で、走り幅跳びがありましたが、跳び方のわからない私は50cmも飛べず、体育の先生が苦笑していました。

 小学校2年生の2学期に、都会の学校から田舎の学校に転校した私は、ある日、女の子たち数名と馬跳びという遊びをしていましたが、うらやましくなったと思われる男の子たちから小突かれていじめられ、階段の陰で泣いていたことを覚えています。

 小学校3〜4年頃のある日の朝、ガキ大将の子供が、クラスを男女に分けて、戦いのようなことをしていました。遅れて登校した私は、この光景を見て、自分も参加しないといけないと思って、男の子たちの後でウロウロしていました。それを見つけたガキ大将が、私を呼んで、体格の良い女の子と一対一で戦わせましたが、女の子に組み伏せられてしまいました。



 こんな私が変わるきっかけとなったのは、ある本との出会いです。

 小学校5年生の時に、近所の書店で、ある柔道の本が目にとまり、何気なく開いてみました。それは、柔道の達人木村政彦の「柔道教室」という本でした。何故かはわかりませんでしたが、強く心を惹かれて、買うお金はありませんでしたので、毎日のように、その書店に通い、立ち読みをしては、家に帰って、布団を相手に投げ飛ばしてみたり、箒を相手に足払いをかけてみたりしていました。強くなることなど考えられない虚弱児でしたから、強くなりたいために練習したのではなく、木村正彦の美しい投げる姿に惹かれて、真似をしていただけでした。


 中学2年生の夏の修学旅行の時でした。夕食後の自由時間に、同室の男子たちが、沖縄相撲を始めることになり、私も参加するように言われました。男子たちは、私がすぐに転がされて負けることを予想していたと思います。ところが、一人目の男子と組み合うと、私がその男子を転がしてしまったのです。おやおや!と言って、男子たちは次の男子を出してきました。しかし、その男子も、私が転がしてしまったのです。その後、3人目と4人目の男子も私が転がしたので、さすがに警戒したのでしょう。5人目の男子は、転がそうとした私を後から持ち上げて、わたしを畳の上に落としました。しかし、虚弱児の私が、4人の男子に勝てたのは、驚きでした。


 当時の中学校には、柔道部はなく、柔道を本格的に学ぶことはなく、それ以上の展開はありませんでした。

 しかし、この体験の後に、無意識に私の中の何かが変わりました。

 中学3年生になった私は、何故かひたすら猛勉強を始めました。不思議なことに、私が猛勉強を始めると、それに倣って猛勉強をする生徒たちが現れ、それらの生徒たちと仲良くなっていきました。その中には、かつてガキ大将だった奴もいましたが、ある日、そいつと冗談言ってからかい合ったりして、笑い合っている自分に気づき驚きました。小学校2年生から中学2年までは、同じようないじめられっ子の友人一人しかいなかった私には、大きな変化でした。

 その後、私は当時県内一の進学校の高校の受験に合格しました。

後から考えて、この時に学んだことは、
1.素人のレベルでなら、武道は独習可能であるということ。
2.武道により、精神的に変われて、運命が開けるということ。

次回は、高校に入学してから柔道部に入ってみた話しをしたいと思います。


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