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2 腰部椎間板ヘルニア入院レポート


こんばんは。入院した際にフォロワーさんからレポートが読みたいと言われて思い出しながらいろいろ書きました。タイトルの通り腰部椎間板ヘルニアです。大変遅くなりました。

これはあくまでも私の場合ですので参考にならないかもしれませんがよろしくお願いします。
詳しい日にちは書きませんが、2020年から2021年の年末年始の1ヶ月ほどかけて入院しましたので(日にちバレそうやけどな!)コロナ禍でのコロナ以外の入院や年末年始の入院についても多少は参考になるかなと思います。

基本スペック
オタク
臨時事務員
20代体力ないクソデブ
実家暮らし

入院前〜1、2日目

その日の仕事中に、腰や脚がすごく痛くなり、突然どうした?といった感じだった。しかし、仕事は痛みを感じながらも問題なくこなすことができた。 
私は職場から結構近い距離に住んでいる為徒歩通勤。そのため帰りはいつも通り歩いて帰るが、やはり痛みは治らない。むしろ、近距離なのに痛さで歩くのがだんだん辛くなり休憩したい気分だった。

そんな中帰り着き、楽になるために横になって眠っていた。しかし目が覚めて普段通り起き上がろうとした時に腰がとても痛くなり起き上がれなくなった。痛さで叫び涙が出るくらいやばかった。(祖母が私に近所迷惑になるからやめなさい!と言ったことを未だに私は忘れていまん 痛みでそういうのが止まったらこんなに苦労しないんだ)

このまま立てずどうしようもなくなったので、親が救急車を呼び病院へ行った。

余談だが私は初救急車で、中はこうなっているのかとか、街でいつも聞く救急車のサイレン音はドップラー効果で聞こえているけど、救急車内で聞く音は中だとずっと鳴っているんだなとか(それはそう)で貴重な経験。意識あるうちに乗っていいのかなと思ったが、乗って新発見だったしどうしようもなかったから良かったのでは?いや乗らない方が100000%いいけど

運ばれたその日に緊急入院することになる。前述の通り立ち上がれないのでトイレに行けず、尿道カテーテルとオムツをすることになる。
この頃はマジで普通に寝てるだけで痛かった。そして病院、家とは全く環境が違うのもあったから寝ようにも寝れなかった。

2日目 MRI検査を行う。レントゲンとMRIの検査である。勿論私は全く動けないので、ベッドごと検査室へ移動した。変形ロボみたいですごーい!となったけど、看護師数人でベッドから検査ベッドへ動かしてもらうのは申し訳なさしかなかった。

レントゲンは体を少し動かすだけでやっぱりきつかったけど、検査のためだし仕方ないよね……って感じ
MRIは初めてだったけど、動いてはいけないのと音が工事中みたいなのでまあまあ辛かったが無心で寝てたので早めに(?)終わった。

結果腰部椎間板ヘルニアであることが判明。3箇所もヘルニアがあるとのこと。
普通はじわじわずっと痛いのが来るらしい。寒さや精神的なので突然痛みがきたんだろうねとのこと。

そこから私は寝たきり生活。マジで動けないのでスマホ、テレビ、食べる、寝るくらい

3日目〜入院してから1週間

朝昼晩食後の薬を貰っていたが、横になっているのに痛みが走り看護師さんを呼んで薬をもらったり薬の間隔が空いてないため点滴をしたり、横になるだけでも大変だった。

その頃はクリスマスや年末も近く特番をたくさん見た。私の大好きな嵐も活動休止を迎えるため、最終回やスペシャル番組なども放送された。この番組最後かよ〜という涙となんでこれを家じゃなくて病院で見てるんだ〜という二重の涙が出た。

その頃、3箇所もヘルニアがあるから手術のできる病院に転院しましょう、年末だからなかなかすぐにはいかないだろうけど、ということになった。親と話し合い私も調べたりしながら、手術のできる近場の転院先を調べる。前記事の通り私は田舎者なので、選択肢が限られすぎるため、都会なら良かったかもなぁと薄ぼんやり思った記憶。
この頃にはリハビリも始まった。(まだ立てないのに)ヘルニアは腹筋やお尻の筋肉を鍛えればそこがクッションになるらしく、腹筋を鍛えたり、寝たまま出来る運動をしたり。全く動けない環境だったため、体を動かすのはかなり気分転換になった。運動とか体育は苦手なのに。

2週間目

この頃から立ち上がる練習をするが、頭がフラフラして立ち続けるのには難しかった。これまで立てていたのに、立つことがこんなに辛いとは、という感情
1週間ほど寝たきりだったので頭の高さに慣れてなかったんだと思う
なんかこの事が悔しすぎて、ベッドを起こし頭がフラフラしながらもちょっと我慢して耐えてみたらだんだん耐性がつくようになった。普通にしんどかったので今思うと程々でやめとけよって感じですね。

この頃くらいに年末年始になり、リハビリなどもお休みでした。立てそうで立てないまま終わってしまいました

そんな中でも働いていらっしゃる看護師さんとかの医療に従事されてる方々の凄さを改めて感じました。こんな状況だから余計に思います。医療従事者に感謝を!なんていつも言われてるけど、そのことを身をもって実感しました。本当にいつもありがとうございます。

ちなみに年末年始はごはんにお蕎麦やおせちが出てきました。嬉しいね。
そして年末は嵐のラストネット配信コンサート見れなくて泣いてました かなしい😭

そしてリハビリが再開された時、歩行器で歩けるようになりました。立つのもなんだかんだ上手くいきました。コツが掴めるようになったら歩くの結構チョチョイのチョイだったね(調子乗り)

そして、動けるようになったのでリハビリ室でリハビリをすることになりました。温熱治療?とか電気治療とか。電気治療はわけわからない早さで揉まれてる感じですごかった。たまに罰ゲームとかYouTube企画とかで低周波マッサージ機(?)を用いることがあるじゃないですか?それをなんとなく体感したかもしれないなと思いました。まあ治療だけど。

転院〜3週間目

前病院にて手術した方がいい、と言われたので手術のできる病院に転院しました。この頃にはおぼつかない足で歩けるようになるけれど、不安が残るので初車椅子。車椅子なんて乗ったことないからそわそわしてしまいましたね。転院時にまた検査を行いました。その際にまたPCR検査を行ったり、レントゲン撮ったりなど。

結局手術無しでいき、リハビリをして筋力つけていきましょうということになりました。年齢がまだ20代ということや、手術をしても結局再発する可能性があるという理由らしい。まあ手術はちゃめちゃに不安だったからしなくて良かったけどネ❗️❗️あとカテーテルが普通にトラウマ。

そこから、リハビリとして歩く練習をしたり筋トレしたりしました。病棟内一周は結構きつかった記憶。こんな歩かないと普通ちょちょいの距離でもしんどいもんなんやなと。
あと、リハビリでエアロバイクやりました。きつかったけど、このくらいのカロリー消費したという目安があってやりがいがありましたね。その後食事カロリーを見て凹むなどする。
ちなみにリハビリはマスク着用です。きつい運動しててもコロナは怖い!病棟には人も多いしうつせないよ。PCR検査で通った人のみが入院できたけど。

そこから毎日腹筋体幹歩くなどのリハビリを行ってました。転院先の病院はリハビリに強い病院だったので、理学療法士さんがわんさかいて病棟でみんなリハビリしてました。しかも若い理学療法士さんばかりだったから陰キャワイ、死亡でしたわね

そうしてなんやかんやしていくうちに、私はだいぶ体力を取り戻しました。この頃になると早く退院させてくれ!という心の叫びばかり出してました。
そして転院して1週間後に退院しました。わっしょーい!

退院が決まった時はすごく嬉しかった。担当医の方からそう聞いた時は周りに人がいる中で小躍りしたくなった。してないけど。
病院でこうやって治してくれるのもありがたくとても感謝感謝の気持ちではあるが、やはり一番心安らぐのは家だから早く退院したかった。退院したくてたまらなかった。あと、今年初の家か……!というなんとも言えない気持ちもあった。

退院後

私は退院後すぐに仕事に復帰しました。年末年始を挟んでいるが1ヶ月はとても長い期間だったからね!あと体動かさないと鈍るから!
しかし退院したてなので重いものなどは持てず、そういう部分はいろいろ配慮してもらいました。とてもありがたいし申し訳なさしかないけれど、それでまた再入院とかなるといろんな人が困るので、甘えさせてもらいました。

そして週1くらいの通院リハビリに行き、体力筋力をどんどんつけていきました。腹筋は恐ろしいほどない。だからどんどん筋力をつけ、そして痩せていきたい(そこ?)(そこだけど)
そして4月ごろにリハビリを終え、自宅とか周りとかで筋トレやら何やらを行っております。

持ってきた方が良いもの

・スマホ、スマホの充電器、イヤホン、本
あると良い。暇な時に何かできる

・お金、千円札と小銭
千円札はテレビカード代に使う。小銭はその他飲み物とかいろいろ。勿論入院費は万です

・ウェットティッシュ、ティッシュ類
立てなくなるため手洗いができないため手洗い用。あと緊急時の体拭きになる

・小さめの籠や入れ物
動けない時に大きな荷物だけ持っていると取りに行けず、これ取ってだけで看護師呼ぶのが気が引けるため。あと机の上ごちゃごちゃしていると、落としてしまいやっぱりそのために看護師を呼んでしまうので

・衣服、下着、タオル
最初に脱ぎ着ができず病衣を使ったが、だんだん回復して病衣卒業した後に着るため。風呂に入れるようになるとやはり着替えたいので、複数枚の服、タオルの用意があると良い。

・ポケットWiFi
勿論なくてもいいが、動画をどうしても見たい人や緊急入院じゃない人とかは契約しても良いんじゃないかな?いらんと思うし、Wi-Fiのある病院もあるらしいけど。

・複数枚のマスク
コロナ禍だからですね。不織布であれば尚良し。コロナ明けたらいらんかもしれんがやはり感染症は怖いので冬場とかはコロナ明けてもマスクはいると思います!

入院中きつかったこと

・尿道カテーテル 
入れる時、入れてる時、出す時、出した後、全てにおいて痛みがある悪の道具(動けなかったので仕方ないけど)
入れる時に麻酔など何もなかったので本当に激痛だった。入れる側も大変だったと思う。入れてる時も角度変えると痛くなる。早く抜きたくて仕方なかった。抜く時は入れるときよりは痛くなかったけど痛かった。その後排尿した時は尿道の痛みとか、空気入ってる間の気持ち悪さとか、直で尿道まで繋げてたので残尿感があったとかで、まあ2度とやりたくないよね。
手術時はやはりカテーテルつけなきゃいけなかったらしく、手術しなくて良かった!ってなった。

・排便 
上と同じく動けない、トイレに行けないため、排便もベッド上でオムツをつけて行う まあ勿論自分は動けないので、看護師さんがお尻を拭いたり便の処理をしたので申し訳なさが半端なかった 仕事とはいえ 自分の便も何もしたくないのに他人の便は余計に嫌でしょ しかももし他の病気持ってたらと思うと最悪よね ほんと入院中めっちゃ看護師さん尊敬しました

・風呂問題
上記の通り動けなかったので、風呂に入らなかった そのため、動けなかった時は毎日体を拭いてもらった それだけなら体が多少清潔なので良いが、髪を洗うのが週1だったため、髪の毛がキッシキシだった すごく髪の毛痒くて痒くて、風呂に入れるまでまあ髪の毛がやばい状態だった 
でも髪って人に洗ってもらうとすごく気持ちいいもんなんですよね……それだけはよかったかもしれん(怠惰かな?)


以上入院レポートでした
このことで一番でかいアドだったのは、実家暮らしだったという点だと思います。
コロナ禍で入院患者との面会が禁止されているので、荷物だけ持ってきて渡すことしかできないんです。なので私が突然これが必要!お願い!と言って買って持ってきてくれた家族に感謝でしたね。個人的に1人暮らしの方が好きですが、1人暮らしだと友達とかにそうやってなかなか頼めないのでこういう時の家族はとても偉大。本当に助かりました。このnoteは親見てないけどありがとう。

てか周りに入院レポート書くわよとか言っておいてかなり遅れてしまいました!申し訳ない。
体がボロボロになると心もボロボロになっていくものです。(逆も然り)
皆さんも心と体労って生きていきましょうね!!
頑張って生き抜くぞー!ではまた。

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