“既婚者年上男性”がモテるのはよくわかる [そこそこの頻度で書くコラム]

先日、身近な人から「既婚者年上男性と付き合っている」という話を聞いて、なんだかモヤモヤとした気持ちをここ数日間抱えている。
極端な言い方だけれど、僕は「不倫は絶対にいけないことだ」とは考えていない。最優先するべきは家族を幸せだと考えているので、その手段として不倫があるのなら、それはそれで仕方がないぐらいのスタンスだ。「不倫している方が家族が幸せになる!」なんてシチュエーション、早々に起こり得ないとは思うんだけど……。探せばそういう家庭もあるかもしれない。「亭主元気で留守がいい」なんて言葉もあるわけですし……。

なら僕は何にモヤモヤしているのだろうか? 僕のモヤモヤの対象は、“既婚者年上男性”が素敵に見てるという状況に対してだ。
はっきり言って、“既婚者年上男性”が素敵に見えるのは理屈上非常によくわかる。恋愛的なドキドキの発露って大体は非日常性だ。なので人は非日常を提供してくれる異性に惹かれる。ならば非日常ってどうやったら作れるのだろうか? 単純な話、金だ。非日常体験を作ろうと思ったら相応の金を払うのが一番早い。「夜景の見えるレストランでディナー」なんてのが金で作れる非日常のいい例だろう。
(バンドマンがモテるいうのも同じ理論だと僕は思っている。音楽というのは非日常を生み出してくれやすいからね。)

現在の社会構造から考えれば、相対的にではあるけど、若い人より年配者の方が金を持っていて、非日常体験を提供しやすい。加えて、既婚者で女性とも日常的に接点を持っているときたら、まあそりゃ惹かれるのも分かるわねって話だ。“既婚者年上男性”に惹かれる女性の心理、よくわかります。

ただ、“既婚者年上男性”がモテる状況はあまり僕的には好ましくない。こと、これから子供が生まれてくることを考えると結構嫌な話だ。
“既婚者年上男性”はお付き合いしている女性と子供を作ったりは基本的にしないだろう。その結果、子供の数はさらに減っていく。結果的に未来の子供たちは(僕ら以上に)少数派として生きることを余儀なくされるわけだ。老人を優遇する政党が大多数から支持され、少数派の子供たちを蔑ろにする政策をバンバン打ち出しても不思議はない。そんな世の中を生きる娘を想像すると嫌な気持ちになる。

僕がモヤモヤするのは、“既婚者年上男性”が素敵に見えてしまう社会の成り立ちに対してなんだな、なんてことに気が付いたわけです。気付いただけで解決されていないので、相変わらずモヤモヤし続けるわけですが。

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