芝木好子『雪舞い』

不倫関係の男女がモチーフなので恋愛小説と言えば確かにそうなのかもしれないけれど、おそらく全く恋愛小説ではない。恋愛小説を読もうと思ってこの本を手に取るならちょっと思い留まって欲しい。

嫌というほど人間の弱さや傲岸さやエゴや醜さが描かれている。読み進めながら何度も「人間というものは何故にこんなにも愚かなのか…」と嘆息した。

男のほうの主人公は日本画家で、彼の作品を中心に、たくさんの絵画や美術作品についての描写がある。
女性の方は芸妓というのか、花柳界で注目される日本舞踊の踊り子で、その踊りや衣装、舞台意匠などについての記述も多い。
陶芸家も出てきて陶芸作品の美しさに筆が及ぶこともしばし。

一方人間たちはと言えば…

不倫関係も夫婦関係も、欺瞞、猜疑、嫉妬、憎しみ、怒りといったものたちを生み出すしかできない。

そんなものに塗れてのたうち回る男と女に、美くしいものが常に纏いつく。這いつくばるように呻きながら生きる者たちから、美は生まれてくる。

誰も幸せにならない男たち女たちの醜いぶつかり合い。ここまで心を切り刻まないと、美は生み出せないのかと戦慄する。

甘やかな恋愛などどこにもない。この作品に描かれているのは、ただ激しく生きた者たちの荒々しい息遣いと、痛みに耐える呻き声。それなのに、極上の美しい物語でもあるのは偏に著者の筆の力による。

本当に力強い文芸作品だと思う。圧倒され打ちのめされながら一気読み。

版元・新潮社のサイトではこの本は見つけられない。「著者:芝木好子」で検索しても一冊も該当しない。乙川優三郎の言及で読みたいと思っている人も多いと思うので、何処か再発してくれませんかね。こんな傑作を埋もれさせておくなんて、もったいなさすぎる。

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