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【鉄日】23/11/29. 様を見ろ!

「ざまあみろ」と捨て台詞を吐き立ち去る野武士たち。
ぼろぼろになり、平伏し泣くは我。
「ざまあねぇな」と、我の姿を俯瞰し、天を仰げば雨が落ちてきて、
くしゃくしゃになって、泣くに泣かれぬ濡れネズミ一匹、濡れぬ軒先探して、
スタコラサッサと駆けるのだ。
何故こうなってしまったのか、始まりから数えるにはあまりにもこんがらがっていて、結から遡るには途方もなくて、止そう、
今はこの雨を凌ぐことに傾注しよう。

11月が明日で終わろうとしています。
まったくぼんやり遣り過ごしてると、すぐにこの様です。
よし、今日はいっちょ、と机に向かう前に景気付けに一杯やって、そうして二杯、
そんなうちに、まあいいや、明日またやろうって、アンタ子供かっつーの。
"無為こそ過激"をいつまで引っ張っているんだか、もう。
しかしですよ、人ってのは12,3歳(中二病)からもう変わりようもない、
そっから先はそれを引き伸ばしたり、薄めたり、転化したりして、
どうにかやっていくという説もあるという。
言ってしまえば、元来子供のまま、あとは無駄な知識量とエントロピーが増大し
とっちらかっていくのみ。
社会的に大人にならなければならない子供が、大人の仮面をかぶって演じているに過ぎないんじゃないのか。
社会的秩序のためには大人という足枷をつけルールに従い、共同幻想の中
やっていくしかならないし、皆が忌み嫌う混沌さが消されるのなら、
安心安全。

けれどそれからのけ者になったって、べつに大したコトじゃない。
なにしろみんな子供のくせに、大人のフリしてる嘘つきまがい者なんだからさ。
だから頭ん中では、ほぼ自由に飛び回っていけばいいさ、たぶんきっと。
安心安心。

あれ、ここはどこ?
また少しばかり遠くに飛んできてしまうま。
言い訳は偉大。
そのために拵える詭弁、嘘、まやかしが偉大な芸術を産む、のやも知れません。

毎度(もう今季5回目くらいかな)北陸地方の冬支度。
然うして、秋ブッチして、いつの間にやら冬になってしまうのです。
でもね、たぶん、きっと。

さすらいガレージ。一年越しの屋根取り付け。
お約束スノータイヤ交換
雪囲い、かなり雑。

だいぶ勘が戻ってきたやうな気分イレブン。
12月はもう少しマシになろう。
さうしようではないか、
もう冬がそこまで。