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さよなら、オイルちょっぴり漏れ太郎

 私が今の職場に入社させてもらった5年半前から、その社用車は駐車場にあった。白いミラとシルバーのミラ。どちらも外見はかなりやれており、エンジンも足回りもそこそこがたがただった。エアコンも「風出てる?」くらいのもので涼しさのかけらもない。おまけに窓は手動である。助手席側の窓を開けるのも一苦労だし、集中ドアロックなどという便利機能もなく、そのくせ鍵穴は運転席側にしかない。走る。ただ走ることを目的とした車。そういうとかっこいいスポーツカーの様に聞こえるが、坂を登るときは息継ぎをしてギアが下がりスピードが格段に落ちる。やっと動いている、と言っていいほどの代物だった。オイル交換に行くたび、「オイル交換だけでは足りません」と言われるほど弱点があった。が、走った。もともと丈夫なのだ。作りが頑丈で単純なので電気系統に余計な負荷もかからないのか、動くことは動いた。それなので当たり前のように使っていた。

 たまに弱ってきて修理工場に入院することもあったが、それでも完治ではなく「動く程度に直して」と無理を言った。自分たちで傷つけたところは自分でタイラップ止めしたり、色を塗った。

 あるとき、停めてある駐車場の地面に黒い染みを見つけた。白からなのかシルバーからなのか?もしくは両方なのか?

 点検した結果、よりシルバーのほうが重症だった。もともとこのタイプのミラの持病のようなものでオイルがじわじわと漏れてくるのだ。シルバーは下から。白は上から染み出していた。上から下から・・・。下から漏れていると走行中にエンジン焼け付くことが心配だ、ということと訪問先の豪邸の駐車場にオイル漏れ汚れを付けたためシルバーを先に修理した。(豪邸の家主は笑って許してくれた。『大丈夫かよ~早く直せよ~』と電話をくれた)

 白のオイルにじみはその後修理された。猛暑の中車中で熱中症になりかけたという事件が起こったからだ。さすがにやばい、ということになり車検に合わせて最低限の修理を行った。それでもあちこち直してもらい、見違えるように調子がよくなった。まず、エアコンがきく。涼しい。きっと新車と比べたら効いていないのかもしれないが涼しい。エンジンのふけがよくなり、アイドリングが安定している。しばらく、集中的に遠乗りして調教した結果、以前のようなきびきびとした走りを取り戻した。いや、その頃を知らんけど。

 白もシルバーも安心して乗れるようになり2年。また車検の時期がやってきた。シルバーは一足先に車検を通し、なんと足回りをインチアップしたのだ。13インチにしたことで車の起動が鋭角的になった。足回りの反応が各段によくなった。この頃、新入りが仲間入りした。きれいで同じミラなのに大きく、集中ドアロック、パワーウィンドウ、電動ミラーという三種の神器にAMだが横田基地内の放送が聴ける。さらにボスの愛車 ⅰが故障。そのままお蔵入りになったこともあり、新しい足回りで走りたいボスと私との間で一部社用車の取り合いとなった。台数は足りているが、誰がどれに乗るのか で、駆け引きが生まれた。それもいい思い出だ。

 それでも、オイル漏れの持病がじわじわと白を蝕んでいく。最近、また挙動がおかしくなってきた。ミラーを合わせるときに鏡ごと外れる。バンパーのタイラップ、養生テープも外れそう。停車中アイドリングが不安定となりガタガタと揺れだす。エンジンのレスポンスもおかしいのでどうやらエンジンが1発死んだのかもしれない。修理するかどうか?一度、工場に出してから結論を出すことになった。

 工場から戻ってきた次の日、結論は 廃車だった。寂しいが仕方がない。車の配置を変え、白はお別れが来る日まで事務所の前で過ごすことになった。

 荷物を降ろし、新白に積み替える。日当たりと雨で勢いを増す何かの蔓が、出番のない白に巻き付こうとしていた。廃車か、と聞いたときは「そうか」と思っただけだったが、別れの時は近づいていた。その時は気にも留めていなかったが。

 今週のオンラインミーティングで総務からの報告で、勇退の日が決まった。今週の金曜日、工場に依頼して廃車手続きをしてもらうことになった。陸運局に運ぶ最後の運転者に選ばれた。うちから陸運局が近く、駐車場に空きがあったからだ。

 一日、一日と別れの日が近づく。隙あらば蔦が絡みつこうとするのを外して隣のフェンスに移し替える。

 我が家の駐車場に乗ってくる日は雨だった。タイヤも限界まで使っているのでこのままドリフトの練習するにはもってこい、なくらいのつるつるのタイヤだ。白のエンジンを3週間ぶりにかけた。鍵を差し込みエンジンをかける。ゴロンという音と共にエンジンがかかる。ばら、ばらばらっとばらついたアイドリング。アクセルを少しふかすと落ち着いた。激しい雨のせいでボディの土埃も流れたようだ。自宅にまでの2キロの道のりをいつものルートでゆっくりと帰る。ヘッドライトも暗く曇り、濡れたアスファルトで簡単に滑りそうだ。信号待ちのガタガタとした振動。これももう最後なんだ。「よく走ってくれた」ボスの言葉がよみがえる。自宅前の駐車場の入り口は傾斜が強くバックで入れるのはパワーがいったが入れることができた。そのまま一晩過ごした。

  翌日は青空だった。最後の日がいい天気でよかった。陸運局は目と鼻の先だ。これが正真正銘の最後のドライブだ。ものの5分で到着するドライブ。駐車場に停め、エンジンを切った。「ありがとう。お疲れ様」スピードメーターの写真を撮った。車内を見渡し、ドアを開け車から降りた。外から鍵をかける。もう、この鍵を使ってこの車を開けることもなく、エンジンをかけることもないのだ。

 ありがとう  

 何枚か写真を撮った。できれば、どこかのパーツをもらえないだろうか。ねじ一本でもいい。この車と過ごした日々を残しておきたい、と強く思った。離れがたいが、もう次の仕事場に行かなければ。

 事務所に戻るとみんながお疲れ様、と声をかけてきた。「別れがたくて、来るのが遅くなって申し訳ありません。」そう言って、白の鍵をボスに返した。「これ、あの壁の写真の間に飾っておきましょう。もう一本の鍵はシルバーにお守りとして入れておきます」

 昨日まで白が停まっていた場所のちょうどオイルタンクの辺りに黒い染みが残っていた。

 その染みが白のいた証なのだ。

 さよなら、白。さようなら、オイルちょっぴり漏れ太郎。

 黒いオイルの染みは、当分消えずに残るだろう。

 

 

 

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