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“尊厳”と向き合ってみたら、ことばを超えたものが伝わってきた

いばふく万博 DAY1 「“尊厳”と向き合う」


福祉を知ることは、人間を知ること。

これまで多くの福祉分野の取り組みや活躍する人たちを取材しながら、感じてきたことだ。

「人間を知るって?」
哲学や禅問答のようであり、モヤモヤした心を抱えて帰ってくることも少なくない。

福祉の世界で、よく見聞きする言葉で、心にひっかかっていたものがある。
「尊厳」

そんげん:とおとくおごそかで、おかしがたいこと。

広辞苑より

そうだろう。そうなんだろうけどさ……。もう少し、こちら側に来てくれないだろうか。言葉が歩みよってきて……くれないか。

逡巡していたとき、次回のいばふくが開催されるという連絡が入る。しかも、テーマは「“尊厳”と向き合う」ときた。
この大きな言葉の意味を探るべく、水戸に向かった。

水戸駅からクルマで10分ほどで、会場の「OCTAVE(オクターヴ)」に到着。ビルの8階、テラスからは水戸の市街地が見渡せる。以前打ち上げで来たことがある(ごはん美味しかったな……)。

会場には、すでに今回の講師・竹本了悟さんと三宅晶子さんがいらした。
ここで、お二人のプロフィールをご紹介しよう。

竹本了悟さん

たけもと・りょうご 奈良県西照寺の住職。防衛大学校を卒業後、海上自衛官になるが道に迷い退官。改めて、生きる意味を求め、龍谷大学で救済論(救いとは何か、どうすればすくわれるか)について研究し、僧侶となる。
2010年に10人の仲間と「自死の苦悩を抱える方の心の居場所づくり」をする京都自死・自殺相談センター「Sotto(そっと)」を設立、代表をつとめている。
2018年、4人の僧侶と電力事業で「温かなつながりをつむぐ」TERA Energy株式会社を起業、代表取締役に就任。

三宅晶子さん

みやけ・あきこ 株式会社ヒューマン・コメディ代表取締役。
1971年、新潟県生まれ。中学時代から非行をくり返し、高校を1年で退学となる。その後、父からもらった1冊の本をきっかけに大学進学を志す。早稲田大学第二文学部卒業。貿易事務、中学・カナダ留学を経て株式会社大塚商会入社。2014年同社退社後、受刑者支援団体等でボランティアをおこなう。その活動中に非行歴や犯罪歴のある人の社会復帰が困難な現状を知る。
2015年株式会社ヒューマン・コメディ設立。受刑者等を雇用する起業の採用支援・教育支援をおこなう。
2018年、日本初の受刑者等専用求人誌『Chance!!(チャンス)』創刊。


竹本さんのお話
「大きな樹みたい、愛犬のあお〜存在と存在の間の波〜」


30人ほどの参加者でいっぱいになった会場で、いばふく万博「“尊厳”と向き合う」がはじまった。

竹本さんは、お坊さんが着る衣装・袈裟けさを着て登壇。
仏教のもつ生命観を教えてくれた。

「古くからの仏教のことばで、『命(めい)・識(しき)・煖(なん)』というのがあります。命ってなんですか? という問いに対する仏教の考え方ですね。
とは、寿命。存在が継続する。動きがあって、空気が出たり入ったりしている状態(入出息)。
とは、意識ですね。いろんなものを認識するのもそうですね。
とは、熱やぬくもり。温度があるっていうことです」

仏教のお話をわかりやすくしてくれたり、別の宗教(ユダヤ教、キリスト教やイスラム教)との生命観の違いを示してくれた(どんな宗教を信じていてもOK、というニュアンスで)。

竹本さんは、尊厳を考える時に「死にたい気持ち」を例に出した。
いまでこそ、ご自身は京都自死・自殺相談センター「Sottoそっと」の代表をつとめているが、関わって間もないの頃のエピソードが印象に残った。

「いまでも後悔している電話相談があります。自死の相談に関わるようになって、2年目ぐらいのときこと。夜間の電話に女性の方からの相談が入ってきました。最初はもう消えるような声で、それでも話していると、だんだん声のトーンが上がってきた。ご自分のこと、ご家族のことを2時間ぐらいお話されたんですよね。
その時の僕は、ただ『そうですね』って相槌をしながら聞いていました。その方が最後にこう言ったんです。
『いろいろと話を聞いていただいて、ありがとうございました。ただ、大きな樹に投げかけているみたいでした』
そうして、電話を切られたんです。ショックでしたね」

当時は、自分なりに関わろうとしていたけれど、相手からしてみると、投げかけているだけで返ってきていないと感じさせてしまった。余計孤独にしてしまったのでは、と後悔をしているという。

話は変わって、竹本さんの愛犬・チワワのあおちゃんのことに。
「いま8歳のあおは、誰よりも僕を癒やしてくれるんです。家に帰ると自分のところにこの可愛い子が、わ〜! と駆け寄ってくる。それだけですごくほぐれますよね。あれってなんなのかなって思うんです」

……想像しただけで癒やされる。

竹本さんは、あおちゃんとの癒やしの時間のことを仏教のことばを使って、こう表現した。

縁起=因果生起
(因と縁により生じ起こる)
つながりの存在

「『強い自分がいれば死にたいなんて思わない』ということはないんです。自分というものが単体であるというよりは、ありとあらゆるいろんな関係性の中で、いまの自分は在る。ひとつ変化があれば自分も変化する、ふたつ変化があればまた大きく変動する。
そんなふうに、関係性の中で、私というのは存在している。いまの状態や気持ちなのも、因と縁がつながって起こっているもの、とする考え方があります」

相談の電話をかけてきた女性、チワワのあおちゃん、葉を揺らす大きな樹……。環境やあらゆる生物(目に見えぬ存在も)も含めて、存在と存在が作用し合っているものなんだ。

あくまでも、私の人生の物語として、と補足しながら竹本さんは言った。

「尊厳とは、存在と存在との間に立ち現れるものであり、存在同士の波的な振れ幅のぬくもりである」

竹本さんは現在、認知症を患っているお母様がいらっしゃる。その母との日々の葛藤を交えて話してくれた。

「母親の認知機能が落ちて、妄想も出てとんでもないことをする。僕は最初、母親じゃないみたいだと感じた。それは母親の人間としての能力に、尊厳を見てる証拠だったわけです。母親は、認知症になったとしても母親じゃないですか。それなのに、能力を失った母親にショックを受ける。だけど、それって違うんじゃない? って考えれば、考えるほど思います。どんな母親であっても、やっぱり僕にとっては母ですから」

同じことが自分に起こった時に、こんなことが言えるだろうか……? 能力と存在を切りはなす考え方に、アタマに新しい扉ができたような気になる。

竹本さんは、混乱する母の背中をさするようにしているという。そうすると、すこし落ち着くそうだ。
存在と存在の間に立ち現れる、波のようなもの。
それはことばを超えて、お互いの在るをつなげているんだ。


三宅さんの話
「ア〜ダ〜チィ〜!(怒・仮名)、『べき』と『のに』を手放した」


冒頭のプロフィールで、すでにお気づきの読者もいるかと思うが、アコちゃん(三宅さんのこと。尊敬を込めて、以降こう呼ばせていただく)は元ヤンだ。

わたしの中で、「受刑者の支援をしている人」は“ちゃんとしている人=非行の道を通っていない人”という偏ったイメージを持っていたことに気づかされた。
アコちゃんは自身の話を正直に、誠実にしてくれた。自分の恥ずかしい勘違いも含めて、そのギャップに一気に引き込まれた。

高校をクビになってからの大学進学、就職した貿易会社でのこと。それぞれのエピソードが濃い。
2014年、会社を辞めることにしたアコちゃん。送別会で同僚のアダチさん(仮名です、仮名)が、うつ病に対する偏見を大きな声で発言した。

「ア〜ダ〜チィ〜!!(怒)」
※仮名ですよね……?

自身のうつで悩んだ経験とも重なり、この怒りが原動力となったという。
元・同僚のアダチさん(仮名)は、いまのアコちゃんになくてはならない存在だ。

その後、少年院・刑務所の出身者との交流があり、受刑者等専用求人誌『Chance(チャンス)』を創刊することになるのだが、ひとりアコちゃんにとって大きな存在がいた。
当時17歳の少女・Sちゃん(仮名)。
窃盗の罪で少年院にいたSちゃんは、育児放棄や虐待を受け、15年以上施設で暮らしてきた。
「悪いことばかりしていた時期に住んでいた場所に戻るしか選択肢がない、となったら、『未来を諦める言い訳』や『頑張れない理由』にもなってしまうんじゃないかなと思って。彼女の身元引受人を申し出ました」

Sちゃんとの生活のおかげで「べき」と「のに」を手放し、大きく成長させてもらえたというアコちゃん。

「『こうするべき』とか『これだけしてあげているのに』って、どこかで押し付けちゃっていたんですよね。この仕事を始めるとき、『自分が相手を変える』なんておこがましいことを思っていたんです。だけど、到底そんなことを無理なんだっていうことがすぐにわかった。少しでもきっかけがつくれたら、と。相手の生きる力を信じて。それだけかなと」

自分の言動は、相手の背中を押しているのか、それとも邪魔しているのかを考えるようになったという。

現在は養子縁組をし、アコちゃんの娘となったSちゃん。
「産まなければよかった」と言われて育ち、「誕生日が嫌い」と言っていた彼女に、「生まれてきてくれてありがとう」を伝えたくて、Sちゃんの誕生日に会社「ヒューマン・コメディ」を立ち上げた。


『Chance』を読んでみた


会の最後に提示されたQRコードから、『Chance』をダウンロードして読んでみた。

就職を果たした先輩たちにインタビューをする「表紙の人」という巻頭コーナー(この表紙に載ることを目標にしている人も少なくないのだとか)。
「この表紙を誰に見てほしい?」という質問に、両親とか恋人という言葉の他に「Z李ジェットリーさん」と答える人がいた。

そういえば会場でアコちゃんが「Z李さんに連載してもらっています」という声に、「えー!」と驚きの声が上がっていたな。

「公営ギャンブルの予想集団『新宿租界』のボス」「トラブルシューター」「実業家」「慈善活動家」「探偵」「X(旧Twitter)のフォロワー約75万人超の人気インフルエンサー」など多彩な肩書をもつ謎多きZ李さんが、『Chance』で連載をしている。編集長のアコちゃん、どうやってコンタクトを取ったんだろう……。おそるべし企画力(わたくしも雑誌編集者だったが、嫉妬するような企画がずらり)。

他にも、求人欄には「全国どこでも面接に向かいます!」と記載があるページや、それぞれの社長からの言葉……。1ページ1ページに「応援」が詰まっている。

さらには「Chance専用履歴書」。過去の非行歴や犯罪歴を書き込む欄があり、これを書くのにかなりの時間をかけた応募者もいるという。過去の自分と向き合うことになり、つらい作業になることは間違いない。

最後にアコちゃんは「想像力」という言葉を使ってこう説明した。

「犯罪の背景にある貧困や虐待は、社会課題です。『加害者』となる前は『被害者』であった人もいます。
なにかの拍子で生活が一変してしまうことは、誰にでも起こりうる。ある日病気や事故や天災で働けなくなってしまったら。家賃を払えなくなったら。自分は絶対に犯罪をしないと言い切れるだろうか……?
こういう『想像力』が今の社会には必要だと思います」


手に触れることで、気持ちを和らげる


竹本さんとアコちゃんの話は、まったく違うようでいて、実は共通しているところもあった。
「Sotto」にやってきた死にたい願望をもつひとに、ハンドマッサージをした竹本さん。
『Chance』で就職が決まったが、職場で上手くいかずに文句ばかり言うひとに対し、黙って手をにぎったアコちゃん。
手を触られたひとたちは、どちらも涙を流した……というエピソードがあった。

竹本さんの「存在と存在の間に波のようなものがある」という言葉を、体現するエピソードだと思った。

いばふくの帰り道、満員の電車の席に腰かける。隣の人の肩があたる。
「この人との間にも波があるんだよな」
そう思うと、じんわりとやさしい気持ちになれた。

text by Azusa Yamamoto
photo by Takaaki Nemoto

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