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人前に立つお仕事をすることについて

【注意】私が過去に受けたヘイト的な言葉が出てきます。しんどい人はしんどくない時に読んでください!




私は普段、月に20日を契約社員として働く傍ら、月に3~5回、多様な性についての啓発活動をしています。「性教育講演会」だったり「人権講演会」だったり「研修」だったり、いろんな場所で、聴講者はもう4000人を超えたでしょうか。

講演スタイルについて

私が妄想している「理想の講師」は、いわゆる「講師」というよりは、「漫談師」に近い。暑い体育館にギュウギュウに詰められても、音の悪いリモート環境でも、人が多くても、少なくても、できるだけ緩やかに落ち着いて聞ける話がしたい。しかしそれでいて切り込むことは切り込んで、重たい話もしっかりして、「大事な話を、聞きやすい形で」というのが、私の理想です。
格好もラフ、喋り方もラフ。自分のマイノリティ性や生き方について、命に関わる大事な話も全て、ご丁寧に作られたカンペじゃなく、その時の自分の言葉で喋る。というのが、私の今のスタイルです。
…挙げてみると全く「漫談師」じゃなくてウケます。でも努めて「近所の大人」たる雰囲気を出そうとしています。できれば「しっかりした大人」じゃなく、ヘラヘラしつつ機嫌がいい大人に見えていたらいいな。
ちなみに講演内容は別に書きおいています↓


タブー無しのアンケート

講演後は聴講者にアンケートを書いてもらっています。

無記名・自由記載のアンケートです

これは最近「田中直通」と念押しして、講演の運営者(先生とか人権担当とか)も一切見ないようにしてもらっています。「私しか見ないから、何でも思ったことを書いてくれ」とお願いしています。
「いじめやいじり、誹謗中傷、人格否定は絶対に許されない」「思ってもいいけど表現するかは一度立ち止まって考えて」ととても真剣にお願いしたのちに、「でもアンケートは自由に書いていいよ」ということにしています。
だってな、「言うな」だけでは説得力がないし、ずっと口を塞がれてきたマイノリティが、他者に対して「口を閉じておけ」なんて、よう言いません。
「知ってください」「話を聞いてください」「話し合いたいです」とお願いする立場なのだから、黙れ・聞きません、では何にもならないと、私は思うのです。
アンケートは手書きでお願いしています。筆跡や書く位置、字の大きさ、書き手が書いた文章以外の要素からも、何か見えるような気がして、そういう要素こそが宝だと思って、手書きしてもらいます。全校生徒500人でも、1クラス10枚だろうと、全部読み込みます。

講演後お便り

講演後は、アンケートに書かれた質問や気になる意見に「お返事」を書いて「講演後お便り」を作成します。手書きのアンケートをお願いしているので、お便りも手書きします。
学生時代の私は、学校の「〇〇講演会」みたいなものはとても熱心に聞いて、「感想用紙」というものはミッチリしっかり書くタイプでした。話を聞くのは好きだったし、文章を書くのも得意だったから苦ではなかったです。が、ああいうアンケートや感想用紙に質問を書いて回答をもらえた試しがありません。
どんなにフランクな講師でも、温かい素敵な講師でも、「アンケートは読んで終わり(読んでるのかな…)。それ以外は業務外なんで。」ってことなのでしょうか。
私はそのあたりの切り替えが下手くそで、質問には答えたいし、気になる意見を見るとちょっとお話したくなる、そういう性分なので、「講演後お便り」なんてものを作っちまうのです。
1回の講演が45分~70分、長くて90分、120分。講演後お便りの作成は最低でも3時間(180分か…!)はかかります。明らかに超過労働なのですが、やらんと気が済まないのです。
※でも今後の忙し具合やメンタルの調子によっては、ワープロ化したりお便り中止になったりするということも十分あり得ます

ヘイトとの向き合い方

「タブー無し、なんでもあり」かつ「無記名」かつ「田中直通」となれば、当然いい意見ばかりではありません。典型的なヘイトやコメント(典型なんてあってたまるかって話ですが)はひと通り受けてきました。こういうものにも、きちんとお返事は出しています。

あるお便りを書いた時は、講演のすぐ後に感想用紙を回収して手渡してもらいました(後日郵送の場合もあります)。大人に向けての講演で不安も多かったので、駐車場で読んで、そんで大泣きしました。過呼吸になって、まぁ車の運転なんてできるわけもなく、でもさすがに会場の駐車場で大泣きはマズいということで、コンビニの駐車場でひとしきり泣いて、家帰って、ぐずぐずと1週間かけてお手紙を書きあげました。
「いままで食らったアンチコメ全部盛り」って感じでした。載せます。

1枚目。特定されるといけないので、一応日付を消しました。
2枚目


ヘイトのかわし方

過去に受けたお言葉を紹介すると「そんなの聞かなくていいよ」「相手する必要ないよ」と言ってくださる方もいます。そりゃそうです。いちいち対峙していたら身が持ちません。でも、やめられんのです。もはや自傷行為の域です。
だってね、ヘイトスピーチがSNSのトレンド入りする世の中です。1日中「報告」したってなくなりません。人が死んでしまうような言葉が飛び交うことを止められないのは、無力感を禁じえません。
啓発活動を私よりもっとしている人達やインフルエンサーの人達、私なんかよりはるかに「不特定多数」と向き合っている人達と私は違う。私にできることと言ったら、本当に小石を拾うような、草の根としか言いようがない作業を、小田舎でやることくらいのものです。
だったらやってやらぁ。このくらいのことならやってやらぁ。
とはいえ、「死なない程度に」。時間を空けたり、おいしいものを食べたり、情報と距離を置いたり、精神科行ったり、不安時頓服飲んだり、カラオケ行ったりして、休んでいますよ。あと、啓発活動に全く関係ない仕事をしているのもいい。啓発活動を100にしたら、たぶんやっていけません。あと本名と活動名を分けているのもいい。人格否定をされても、「田中或が受けた」ということに脳内変換できるようになったら、自分の根幹は守れます。人生27年間のすべてにヘイトがかかってこないように、考え分けることができます。

いろんな人がいていい。みんないい。

講演で一番伝えたいことを、毎回自分でも意識的にしみ込ませています。
いろんな人がいる世の中で生きていきたい。中にはヘイトもある(悲しいけど)。彼らが本当に表現したいことは全く別のことかもしれない、ただやり方がマズいだけなのかも。他方どうしてももう無理な人もまた、いていい。私だって好き嫌いはあるもの。嫌いな人とはそこそこに、しかし「排除」する権利なんて持っていないのだから、ゲームのモブNPC(話しかけなくてもゲームストーリーに全く影響ない人物)だと思って、「自分の機嫌が大丈夫な時に話しかけるかも」程度で、あとは横切ってもいい。普通に暮らせばいい。そういうかわし方で、頑張っています。

しかしまぁ、正直しんどいので、パッタリ活動を辞めることももちろんあると思います。「啓発活動は死に近い」という体感は、いつでもありますよ。
活動を始めて8年目。言っていることは最初から同じなのに、お偉方がパフォーマンス的に打ち出してから明らかに依頼が増えるのは、やりきれない部分もやっぱりありますよ。
正直ここ10年20年の新しいカテゴリーなので、事前学習も無しにいきなり当事者の話を聞くなんてのは準備運動不足もいいところで、そりゃ無駄にヘイトスピーチも生まれるだろって環境でも、呼ばれたら行くけれど…。
でも、そうは言っても、ご自愛ご自愛です。

おねがい

マジョリティの(あるいは、自分がマジョリティなのかどうなのかを考える機会がなかった)みんな、少しずつでもいいから、私たちを知ってください。
嫌悪感があるみんな、それはそのままでもいいから、故意に人を攻撃するのはやめてください。
当事者のみんな、とにかく孤立しないで。連絡をください。うまい飯食ったり、どこかで心行くまで爆睡したり、温泉浸かったり、海眺めたり、とりあえず10万円くらい溶かしたりすることも、死ぬよりましなのでやりましょう。とにかくできることは何でもあるから、連絡をください。

さいごに。
この記事書きあげるのも簡単じゃなかったので、有料にしようかと思ったのですが読めない人が出るのは本意でなかったので、無料にします。
コメントとかメールとか投げ銭とか拡散とか、なにかアクションがあると救われます。

がんばって書いてます。いいなとかがんばれとか、なにかがあれば、投げ銭していってもらえると励みになります。