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Yes「Owner Of A Lonely Heart」:鮮やかに装うロックの金字塔、テクノロジーが変えたバンドの音楽性

Yesはメンバー構成も音楽スタイルも変化を続けたバンドです。僕が最も好きな曲は1972年に発表された大作「Close To The Edge」ですが、次点として挙げるなら「Owner Of A Lonely Heart」を選びます。1983年にリリースされたアルバム『90125』を代表する曲であり、Yesといえばこの曲の邦題「ロンリー・ハート」を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。

プログレッシブ・ロック(プログレ)の代表格であるYesが、異なる音楽スタイルで代表曲を生んだ点で、「Owner Of A Lonely Heart」の存在は重要です。プログレの盛期が過ぎた1980年代に、再び記憶に残る曲が生まれた。その要因はバンドの底力か時代の潮流か、あるいは両者の交互作用でしょうか。

メロディ、ギター、リズムなど、曲そのものの魅力も大きいのですが、この曲を語るうえで欠かせないのが、プロデューサーのTrevor Hornです。一時期Yesにボーカリストとして在籍したあと脱退し、プロデューサーとして『90125』に関わり、このヒット・ソングを生み出しました。「Owner Of A Lonely Heart」のきらびやかなサウンドを特徴づけたのがFairlight CMIです。独自のサンプリング技術を特長としたシンセサイザーであり、オーケストラの音をサンプリングして鳴らす “orchestra hit” がよく知られています。

Fairlight CMIという先進的なテクノロジーがYesを変えた。その点について、小室哲哉さんが『Keyboard magazine』(2014 AUTUMN No. 386)のインタビューで言及しています。Synclavierを使った1989~1990年の音づくりを語るなかで、テクノロジーによってバンドが変化した例として、Duran Duranの「The Reflex」、次いで「Owner Of A Lonely Heart」を挙げました。小室さんは「トレヴァー・ホーンがフェアライトを使って、イエスをめちゃくちゃにしちゃった。それでやっぱり1位になって」と、「めちゃくちゃにしちゃった」とは言いますが、本質は続く言葉にあります。

すなわち、「そういうテクノロジーの進歩を多用して、びっくりすることをしたら1位に突然躍り出ちゃうってことがあったんですよね。そしてそれは、バンドの代表作になってるという。本人たちの意向は分からないですけど、そういうことが起こるのは面白いと思うんです」と。テクノロジーがバンドの音楽性を変えたとしても、聴き手に受け入れられたのなら、その音楽はバンドの財産となるということでしょうか。「The Reflex」のリミックスや「Owner Of A Lonely Heart」が発表されたときも賛否両論があったと想像できますが、それでもバンドの変化を楽しむ音楽ファンは多かったのかもしれません。

2010年代には、ソフト・シンセが発達してEDMシーンが拡張し、リミックスやコラボレーションといった形でメジャーとの距離が縮まりました。これもまた、音に関するテクノロジーの発展が音楽シーンに影響を与えた例だと思います。テクノロジーと制作サイドと聴き手の歯車が噛み合ったとき、テクノロジーは音楽シーンをひっかきまわし、そして新しい価値が生まれる。シーン全体を呑み込むムーブメントに出会えるのは貴重であり、その巡り合わせは聴き手としても興味深い体験です。


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