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TM NETWORK『SPEEDWAY』:時間を巻き戻すモノローグの旅、過去から現在にシフトするACTION

2007年12月にリリースされたTM NETWORKのアルバム『SPEEDWAY』。そのタイトルは、TM NETWORKを組む前に三人が所属していたバンド「スピードウェイ」に由来します。スピードウェイはデビューして2枚のアルバムを出すもののあまり売れず、TM NETWORKの結成に伴ない活動を停止しました。2007年に二十数年の時間を巻き戻し、その名前がTM NETWORKの歴史に顔を出します。

初めて『SPEEDWAY』を聴いたとき、TM NETWORKの作品のなかでもポップで聴きやすい音だと思いました。エレクトロニック・ミュージックの要素を抑え、先端的というよりは古き良きポップスといえます。前作の『NETWORK -Easy Listening-』がトランスに傾倒し、ある意味では多くのファンを置き去りにしたこともあって、その落差が意外でした。TM NETWORKに課せられた「極端なことをやる」というテーマを外したとすら思えます。

それは何故でしょうか。時期が時期だけに憶測はいくらでも重ねられますが、木根さんのエッセイや小室さんのインタビューを勘案すると、「小室さんは歌詞に注力したかった」というのが、個人的には腑に落ちる理由です。今作で小室さんはほとんどの曲の詞を書いており、言葉に強い関心を持っていたことを窺わせます。「曲は木根に任せる」と言っていたそうですが、約半数が木根さんの作曲であることを考えれば、ただの冗談には聞こえません。

各曲の歌詞には、人生を振り返るかのような言葉が並びます。30年以上の痕跡をたどり、『SPEEDWAY』は小室さんのモノローグをつなぎます。モノローグが向かうのは1990年代後半です。「ハリウッド」という言葉が飛び出す「RED CARPET」「MALIBU」というインストを通して、プロデューサーとして名を馳せた時代が思い出されます。さらに遡ると、TM NETWORKの軌跡が浮かび上がります。「WELCOME BACK 2」には「GET WILD」などの曲名が歌詞に登場し、さらに「ロンドン」や「1991」というワードが『CAROL -A DAY IN A GIRL’S LIFE 1991-』を思い起こさせます。

独白の旅は、TM NETWORKを飛び越え、アマチュアでプロを目指していた頃にまでたどり着きます。そのひとつが、ファースト・テイクのピアノによるインスト「YOU CAN FIND」です。19歳の小室さんが友人(プロのミュージシャンになったが事故で早逝)に書いた曲で、歌詞とタイトルが残っていました。メロディは見つからず、小室さんは当時の自分が書いた歌詞を見ながら、ピアノを弾きました。

その様子はドキュメンタリー番組で放送され、カメラの前で小室さんが語ります。19歳の自分に「終わったと思ってんじゃないの?」と怒られた、と。僕は最初、亡き友に宛てたレクイエムと捉えていましたが、このインタビューを観てからは、2007年の自分に向けて弾いた曲だったのかもしれないと思うようになりました。ピアノの音の向こう側で、複雑な思いが混ざり合います。

けれども、この旅は遡るだけでは終わりません。アルバムの1曲目である「ACTION」に、決意と呼べるものが込められました。曲はアップテンポで、追い風を受けるように力強い演奏が印象的です。音符から溢れそうなほどに詰め込まれた言葉は、もがきながらも前向きさを感じさせ、沈みそうな独白に覆われたアルバムの中で一筋の光を放ちます。

それから5年後、TM NETWORKが本格的に再起動した〈TM NETWORK CONCERT -Incubation Period-〉で、「ACTION」は新たな意味を持ちます。『SPEEDWAY』から唯一セット・リストに加わり、Virus Indigo 2 Redbackで厚みを増したサウンドとともに披露されました。サビでは小室さんもマイクに手を添え、コーラスを重ねます。そこにモノローグの影は見当たらず、言葉を交わし合おうとするダイアローグが浮かび上がっていました。

具体的な歌詞というよりは、音や歌に対する向き合う姿から、〈TM NETWORK CONCERT -Incubation Period-〉こそ「ACTION」に相応しい場所だったと思います。『SPEEDWAY』が残したものをたどると、さまざまな思いがよぎり、後ろ向きになることもありますが、2012年に「ACTION」を聴いたときの感動がそれを前に向けてくれます。過去を背負いながらも前に進んだという点で、『SPEEDWAY』で最も重要な曲は「ACTION」だといえるのではないでしょうか。

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