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Rick Wakeman『The Six Wives Of Henry VIII』:キーボードを中心に乱舞するサウンド、美しさと強靭さを兼ね備えたスリリングな演奏

1973年に発表された『The Six Wives Of Henry VIII』(邦題:ヘンリー八世の六人の妻)は、Yesのキーボード・プレーヤーであるRick Wakemanのソロ・アルバムです。Yesが黄金期を築いたこの時期に、Rick Wakemanはバンドの活動と並行して本作を録音しました。Moog Minimoog、Mellotron、Hammondなどのキーボードを中心に据え、Yesのメンバーを含むゲストのテクニカルな演奏で脇を固めたインストゥルメンタル作品です。1970年代の初期に活躍したキーボードの音を、これでもかというくらい存分に楽しめます。

Yesのアルバム『Close To The Edge』を匂わせるサウンドやフレーズが随所に見られますが、同じ人が弾けば近い音楽になるのは当然かもしれません。とはいえ、曲によってはクラシックの色が強く、ジャズやファンクといってもいい曲も収録されています。ソロとしてのRick Wakeman、Yesの一員としてのRick Wakeman。似て非なる両者の音楽性が混ざり合ったハイブリッドな作品なのではないでしょうか。

ヘンリー8世は16世紀前半にイングランドを治めた王です。父親のヘンリー7世は、15世紀末に薔薇戦争というイングランドの内乱を終結させてテューダー朝を開きました。ヘンリー8世は生涯で合計6回の結婚に及んだことで知られ、アルバムのタイトルや曲名はその逸話をモチーフにしています。アルバムは6曲から構成され、曲名には結婚相手の女性の名前を冠しています。

音が乱舞する「Anne Of Cleves」の演奏に圧倒されます。疾走するベースやパーカッションがとても気持ちよく、プログレのつもりで聴くとギャップに驚きますが、それがむしろ楽しい曲です。また、「Anne Boleyn ‘The Day Thou Gavest Lord Hath Ended’」ではシンセサイザーやピアノの音が少しずつ絡み合って、あるときは静謐に、あるときは壮大に、そしてまた表情を変えて妖しげに響きます。特に3:30あたりから始まるMoog Minimoogとピアノの競演は絶品です。そして、アルバムを締め括る「Catherine Parr」では、物憂げに響き渡るMellotronの音に心が奪われます。

アルバム全体を通して、美しさと強靭さを兼ね備えたスリリングな演奏を堪能できます。あまり重くなく、むしろ明るさを感じる演奏なので、プログレのようなハードルの高さはありません。できればスピーカーを鳴らして、あるいは高性能のヘッドフォンを通して、交錯する音の乱舞を楽しんでほしいと思います。


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