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村野真朱・依田温『琥珀の夢で酔いましょう』:交差する言葉は、その一滴一滴に各人の思いを込める

2021年の夏、クラフトビールを題材にした漫画『琥珀の夢で酔いましょう』(原作:村野真朱、作画:依田温)の第4巻が刊行されました。表紙に描かれた醸造所は奈良醸造です。この巻では、「INTEGRAL」や「QUO VADIS」などのビールだけではなく、奈良醸造を経営する実在のブリュワーが作中に登場します。これまでもブリュワーはコマの背景などで紹介されていましたが、ついに主要人物として登場し、キャラクターたちと言葉を交わしました。

奈良醸造のブリュワーは設備や醸造工程を紹介し、そのなかでビール造りの哲学を語りました。「ビール造りはロジカルな世界」であり、数字でコントロールするものだと語りつつも、一方で感性に訴えかける言葉も残します。

奈良醸造が標榜しているのは「流し込んで酔っ払うためのビールじゃなくて、ゆっくり楽しむ時間のためのビール造り」であり、例えばボトルや缶のデザインもビールを飲む時間を豊かにするものだとします。さらに、低アルコールのビールをつくった理由は、地域に根付く醸造所としてやっていくのであれば「飲む人の健康を無視してはいけない」し、さらに「安心しておいしく飲み続けられるビールを造る責任がある」と考えているから。

『琥珀の夢で酔いましょう』には印象的な言葉がいくつも登場します。言葉がビールの味を変えるわけではありませんが、ビールに関するストーリーを充実させる一助になるのではないでしょうか。ビールの特徴やブリュワーの思いを知ることで、「ビールを選び、飲み、その体験を誰かと共有する」というストーリーが膨らみを見せます。『琥珀の夢で酔いましょう』の影響で実際に飲んでみたビールがいくつもあり、奈良醸造のビールもそのひとつです。

第4巻で印象に残った点が、もうひとつあります。それは新しいキャラクターの存在感です。メインどころ(剣崎七菜、芦刈鉄雄、野波隆一、四ノ宮慎)に加え、ふたり(柳知愛、桂木修道)がストーリーに本格的に関わり始めました。六人の言葉が交差して、物語は深まり、世界が拡がります。

クラフトビール初心者の視点を持つ知愛の言葉は、『琥珀の夢で酔いましょう』を読み始めたころの気持ちを思い出させてくれます。ともすれば知識が先行して先入観が強くなりそうな自分に、もっと素直に楽しめと言わんばかり。あるときは淡々と感想を述べ、あるときは無邪気にペアリングを楽しみ、自分のペースでビールをとらえる姿が印象的でした。

一方、友人を危険に晒してしまったことから、修道はアルコールにトラウマを持っていました。けれども、七菜たちとのお菓子とビールのペアリングを試す会に参加し、長らく避けてきたビールを口にします。その場で過去の出来事を語ると、ずっと消えなかった罪悪感は七菜たち五人の言葉によって解放されます。この回の前半は各人の表情が豊かで楽しく、後半はヘビーな話を盛り込みつつも「もっと自由にビールを楽しむ」という『琥珀の夢で酔いましょう』を貫くテーマに着地しました。さまざまな点で記憶に残るエピソードです。


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