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殺人事件の加害者家族

 1990年代にある殺人事件があった。被害者は当時30代の既婚女性。加害者は女性の元職場の50代の上司だった。

 調査開始時、我々は女性の家族の話や友人の話から50代の男性との不倫の果ての家出の可能性が高いと推測していた。

 友人の話などから家出当日も二人が会っていた可能性が考えられ、彼女の家出に男性が関わっていると推測された。

 我々は男性の行動確認を実施した。朝、その東京郊外にある男性の家を張り込み…大学生の息子が出かけ、彼の妻がゴミを捨てる…それは、どこにでもある平凡な風景、どこにでもある普通の暮らしだった。

 彼が車で出掛けた。我々は彼を5日間、朝から帰宅まで尾行した。

 毎朝、子供が出かけ、妻がゴミ捨てや家の周りの掃除をする…彼は毎日、仕事に行き、たまに、知人と酒を飲む。一向に家出人と会う気配はない…その後、我々は彼に複数回、接触した。彼女との関係、家出当日の彼女の様子、その後の連絡の有無など、彼は淀みなく答えてくれた。彼は言った。「不倫関係だった。家出当日に会う約束をしていたが、彼女は来なかった。その後も連絡がない」彼は表情のない目で答えた。その目に輝きや怒りや心配や困惑や我々への嫌悪は無かった。我々は彼のその目がとても気になったが、民間の我々にはこれ以上のことは出来なかった。

 その後、調査の視点を変え、様々な推測に基づき調査を継続したが…結局、彼女を見つけることが出来なかった。我々は調査報告書の所見に彼から受けた違和感を忍ばせ調査は終わった。

 その後、約1年後、警察から我々に連絡が入った。「彼女が遺体で見つかった。我々の報告書を読んだ。調書にしたいので会って欲しい」と…翌日の新聞に事件に関する報道が載った。彼は逮捕された。報道を見ながら思った…「彼の妻や子供はどうしているだろうか?二人の毎日の平凡な暮らしが終わる。二人は何を感じているだろうか?」今でも思い出す案件だ…

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