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日本の経営学者:清水龍瑩 2

はじめに

前回の記事では清水龍瑩先生の経営理論について、その前提となる企業観を簡単にまとめた。そして、企業を社会経済全体のサブシステムとしてとらえることで、企業と社会との関係性を意識した企業観を提示していることを説明した。

この企業観は、近年より人口に膾炙するようになったステイクホルダー資本主義と似たような考え方である。

今回は、龍瑩先生が強調されている、企業の目的について説明する。企業の目的に関しては株主利潤の最大化ということがまずは思い浮かぶだろう。一方、ステイクホルダー資本主義に基づく考え方であれば、企業の目的はステイクホルダー価値の最大化ということになる。

一方、龍瑩先生は企業の目的を「長期の維持発展」と述べている。まずはこの意味について説明する。

企業の目的は長期の維持発展

龍瑩先生は様々な著書において、企業の目的を「長期の維持発展」と明言している。この点について、少し長いが引用をしておこう。

企業経営の目的は、長期の維持発展である。・・・すなわち、企業は単にその人たちの経済的欲求を満足させるばかりでなく、社会的欲求をも満足させる。現在のような高度産業社会では人々は何らかの組織に入らなければ、多くの情報を得、社会的地位を得、社会的機能をなかなか果たせないからである。また、現在の管理社会では、情報が少なく、社会的地位が不安定であることそれ自体が個人にとって苦痛であるからである。とくに集団意識の強い日本人にとっては、何らかの組織に属していないことは非常に不安である。

清水龍瑩 (1999) 「社長のための経営学」千倉書房. p. 8.

さらに続く。

一方、人間の生活には慣性がある。人間には学習能力があるから、安定した状態を続けていれば、技術的仕事の遂行も人間関係の調整も楽になる。したがって、一つの組織に入って、安定した生活様式をいったん身につけてくると、自らの生活を守るためにも、さらに自らの生活を向上させるためにも、その組織が長期に維持発展することを望むようになる。このような企業構成員の経済的・社会的欲求、さらにはその底にある生活の安定・向上欲求の公約数的な反映が企業の長期の維持発展目的としてあらわれる。

清水龍瑩 (1999) 「社長のための経営学」千倉書房. pp. 8 - 9.

このように、企業を構成する人々の経済的欲求や社会的欲求、生活の安定や向上を満たそうとする結果として、企業はそれ自体の長期の維持発展を目的とする、というのが主張である。

経済的欲求を満たす、すなわち企業自体が儲かっていること、それは良い企業の必要条件であることを「長期の維持発展」という定義は示唆している。これは、株主はもちろんのこと、従業員も企業がしっかりと稼ぎ、その利益が自分たちに給与として反映されることを望んでいることを示すものである。

一方、短期的に利益を得ることだけだと、企業を構成する人々の社会的欲求や生活の安定といった点を満たさないかもしれない。

例えば、人は何らかの組織に所属したいという欲求を持つ。とりわけ、できれば所属していることを誇らしく思えるような組織に所属したいと思うかもしれない。学生は、就職人気ランキングの上位にある企業に入りたいと思うかもしれないし、こうした就職ランキング上位の企業に就職すれば、安定した生活を送ることができると考える人もいるだろう。

また、地域社会にとっても、ある企業が長期にその地域で経済活動をすることで、地域の雇用や税収といった面で貢献することになる。よって、「長期の維持発展」を目指すことはあらゆる企業構成員にとってプラスとなりうるといえる。

おわりに

龍瑩先生は、企業の利潤最大化は「長期の維持発展」のための手段であると明確に述べている。前者を龍瑩先生はアングロサクソン企業の経営目的と述べており、日本対欧米型経営というのを念頭に置かれた議論をされている。

つまり、利益を上げるだけではだめであり、企業自体が成長し、それが企業を構成するあらゆるステイクホルダーにとってプラスにならなければならないことを意味している。

こうした龍瑩先生の議論は今の企業においてもある程度当てはまるだろう。それは、その考えが根本的にステイクホルダーを意識した企業観に根差しているからかもしれない。

一方、いくつかの議論はその当時の、いわゆる昭和の時代の企業観が前提となっており、それが今もなお正しいのかは差し引いて考えなければならない

例えば、引用した箇所において、本当に人は一つの組織で安定した生活を望むのだろうか、現代においては疑問を持つ人もいるだろう。いろいろな企業を渡り歩き、自らのキャリアを形成していく、というような人も多くなってきていると思う。そうした人たちにとって、龍瑩先生の議論はあまりしっくりこないかもしれない。

しかしながら、経営者は自分たちの企業が「長期の維持発展」をしていくことを強く望むだろうし、それは現在もあまり変わらないだろう。実際、龍瑩先生は「長期の維持発展」を最も強く望んでいるのは企業の経営者であると述べている。それは、龍瑩先生が多くの企業のトップへのインタビューを行った帰結、導き出した答えと捉えることもできるだろう。



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