非倫理的な行動と心理学の実験:スタンフォード大学監獄実験
二つ目の心理実験は1971年にスタンフォード大学で行われた実験である (Haney et al. 1973; Zimbardo 2007)。この実験を行うにあたり、スタンフォード大学の地下に実験のための刑務所が作られた。
実験の目的は、看守と受刑者の間に生じる心理的効果を観察することで、刑務所という空間においてこの制度が行動に与える影響をまとめることである、とされていた。
実験の参加者は新聞広告によって募集された。70名以上の候補者の中からインタビューを通じて健康な人が被験者として選ばれた。被験者は総勢24名の男性大学生たちであった。そして、この学生たちには看守と受刑者どちらかの役割が当てられた。役割を割り当てるにあたって、学生たちの間に大きな違いは存在していなかった。
受刑者役の学生たちは実験開始当日、本物の警察官によって逮捕され、刑務所へと送られることになった。その後、指紋の採取など、実際の受刑者が受ける一通りの手続きを済ませ、受刑者用の服に着替えた後、スタンフォード大学の疑似監獄に収容された。受刑者は名前ではなく、IDで呼ばれることとなった。
一方、看守役の人々も専用の制服に着替えた。彼らはホイッスルを首から下げ、警察から借りた警棒を携えた。また、サングラスをかけることで、相手に感情を読み取らせないようにさせた。こうした準備を終え、実験は開始された。
実験が進むにつれ、被験者たちに変化が現れた。具体的には、看守役は看守らしく、受刑者役は受刑者らしく行動するようになったのである。例えば、看守役の人々は受刑者役に対して誰かに指示されることなく罰則を与え始めた。独房に見立てた倉庫への監禁、素手でのトイレ掃除、そして最終的に暴力を受刑者に振るうようになった。こうしたことから、実験は中止をされた。受刑者役の中には精神的苦痛によってカウンセリングを受け続けなければならない状況に陥った。
この実験の教訓は、二つある。第一に、ミルグラムの実験と同様、人は権威者に対して服従してしまう傾向がある、ということが示唆されている点である。そしてそれは、個人的な特性によるのではなく、権威を持つものとそれに従うもの、という状況が設定されることで効力が生じるのである。スタンフォード大学の監獄実験では、実験を指揮したフィリップ・ジンバルドーが権威者に該当する。
第二の教訓は、役割の重要性である。この実験では、受刑者と看守という役割が被験者に与えられた。こうした役割は制服や衣装、その他装飾品によって強化されたと言える。そして、その結果起こったのが脱個人化 (Deindividuation) であり、匿名性が高いと感じることで、自らの責任の感覚が減少してしまった可能性がある。
一方、このスタンフォード監獄実験に関してはいくつかの問題点も指摘されている。一つ目は、監獄実験に参加した学生たちの個人要因の軽視である。ジンバルドーは状況要因の重要性をこの実験から主張しているが、Carnahan and McFarland (2007) の研究から、このような実験に参加しようとする人はそうでない実験に参加する場合よりも攻撃性、権威主義、マキャベリズム、ナルシシズム、そして社会的優位性といった個人特性が高く、逆に共感や利他主義的傾向が低いことが明らかになっている。それゆえ、個人要因と状況要因の二つが組み合わさった結果がスタンフォード大学監獄実験での出来事である、という可能性がある。
もう一つは実験の再現性である。イギリスの放送局BBCがハスラム教授およびヘイニー教授と共同で行った実験では、スタンフォード大学監獄実験とは異なる結果が得られている。すなわち、看守役の人々は自らの役割とのアイデンティフィケーションに失敗し、受刑者に対して権力を振りかざすことをためらったのである (Reicher and Haslam 2006)。このことから、人は単純に状況によって非倫理的な行動を引き起こしてしまう、というものではなく、様々な要因が重なって引き起こされる可能性があると言える。
References
Carnahan, T., and McFarland, S. (2007). Revisiting the Stanford Prison Experiment: Could participant self-selection have led to the cruelty? Personality and Social Psychology Bulletin, 33(5), 603-614, doi:10.1177/0146167206292689.
Haney, C., Banks, C., and Zimbardo, P. (1973). Interpersonal dynamics in a simulated prison. International Journal of Criminology and Penology, 1, 69-97.
Reicher, S., and Haslam, S. A. (2006). Rethinking the psychology of tyranny: The BBC prison study. British Journal of Social Psychology, 45, 1-40, doi:10.1348/014466605x48998.
Zimbardo, P. G. (2007). The Lucifer effect: How good people turn evil. London: Rider.