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街クジラ (シロクマ文芸部)

「そういや、街クジラってなぁに?」

公園のベンチに座って水筒を差し出し、隆人に尋ねた。
照りつける太陽のもと、「まーちくじらにのーってーどーこまーでもー。」と歌いながら散歩をしていたのもあってか、彼は一気に麦茶を飲み干した。

「おそらおよいでてねーのったらねーじいじとかばあばとかひいばあばのとこいけるの。」
「会いたい人に会えるの?」
「そうそう。」
「ママも乗りたい!」
「ママはねーひとりでのりもののれるからねーのれない。」

社会人になってからすっかり忘れていた空想の世界を、子供は時折思い出させてくれる。
大人だって、夢を見てもいいんだ。

「そっか。乗り物で行けないところなら、ママも乗せてもらえるかなぁ。」
「いけないとこ?」
「隆くんのひいじいじに会えたらなって。」
「ひいじいじ?」
「そう。今度、ひいばあばとかばあばに聞いてみな。」
「きいてみるー。」

地面に写る二人の影は、昨日よりもさらにくっきりとしている。

「ママ、せんたくもの!」
「え?」
「はやくおうちかえって、せんたくもの!」

見上げると、ついさっきまで見渡す限り真っ青だった空に、もくもくとした雲が浮かんでいる。

「しおのすべりだいでてくるよ。」
「滑り台?」
「まちくじらのったらねーおうちまでねーしおのすべりだいだよー。」
「帰り道も楽しそうだね!」
「まちくじらはねーレインコートきてーかさもってーせんたくものいれてからのってねーっていってた。」

いつの間に、天気のことまで学んだのだろう。
私の知らないことを沢山教えてくれるようになる日も、そう遠くなさそうだ。

「じゃあ洗濯物取り込まないといけないし、そろそろ帰ろっか。」
「かえらない!」

どうやら「帰る」は、まだ禁句らしい。
さてどうしようと考え始めた矢先、懐かしい声が聞こえた気がした。

「そうだ!お家でさ、ひいじいじの写真見ようよ。」
「みる!ひいじいじみる!」


今宵は、レインコートと傘を枕元に置いて眠ろう。
ショートケーキとコーヒーを持って、お誕生日をお祝いしに行くから待っててね。



このたび、シロクマ文芸部に初めて参加させていただきました。
当記事は、こちらの企画への参加記事です。


亡くなってかれこれ20年足らずですが、今でもはっきり覚えている祖父との思い出が沢山あります。

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