長く、細く、そして透明な毛について
時々、こんなことがある。
早朝、中央線に揺られながらふと抱えている鞄に目を落とすと、その鞄を抱える腕の上に何やらきらきらと光るものがある。
よく見ると、それは自らの腕から生えた毛であることに気づくのだが、その一本だけがやけに長く、細く、そして透明であるために、窓から差し込んだ光を受けてきらきらと光っているようなのだ。
以前にそれを見た時は脛から生えていたっけかとそんなことを思いつつ、じいっとその毛を見つめていると、たちまち私のなかである一つの悩みが生じてくるのだった。
──抜くのかい?抜かないのかい?
脳内でタンクトップ姿の、がたいの良い男がしきりに問いかけてくる。これがワンピースならば「ニッ」という効果音の文字が背後にでかでかと書かれてそうな、そんな笑顔で。眩いほどに白い歯を見せながら、問いかけてくる。
──どっちなんだい?
そして、私は散々迷った結果、この毛を、今この場所で抜くことを決意した。
──「パワー」っていうと思った?ねえねえ、思った??いや、絶対思ったでしょ!!残念!!!
言いません!!!!!
さて、光を受けて輝いている様が何だか特別感があるように思えたが、いざ抜いてみると、まあ…「腕から生えた白髪」だな、という感じである。
だけれども、これが珍しいため何となく惜しいというのと、自分の細胞の破片をその辺に捨てるのも何だかやだなという気持ちから、下痢止め薬を入れていた空の小袋にそっと忍ばせた。
そういえば、今回調べて初めて知ったのだが、この毛には一応名前がついているらしい。
Wikipediaいわく、どうやら『宝毛』と呼ばれているらしいこの毛は、特に害があるわけでもなく、何なら気づかない場合が多いためか、研究はほとんど行われておらず、「一本だけ色の薄い体毛が伸び続ける」という事以外、何もわかっていないらしい。
これは朗報だが、なんとこの腕から生えた白髪、幸福の前兆だという伝承があるらしい。夢占いなんかみたいに「生える場所」によって意味が異なるらしく、腕から生えた場合、仕事において実力が発揮し成功することができる…みたいな感じらしい。やったね。
また、生えてくる場所は遺伝形質なのではないか?なんてことも言われているみたいで、親戚に片っ端から「あなたの宝毛はどこから?」と訊いて回りたくなった。
そしてこのWikipediaはこんな文章で締め括られていた。
『(前略)このように幸運の象徴のように考えられているため、抜く・切る等をせずに大切に伸ばすべきだとも言われる。
また、「この毛を抜くと、白髪になるのが早くなる」という迷信がある。』
先に言ってほしかった。
まあ白髪になる分にはいいか。禿げなければ(親戚の男性、全員禿げてる)。
尾張
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