【独占禁止法叙説】1-1 法の目的

 戦後に制定された経済立法は、そのほとんどすべてにおいて目的規定が存在し、法律ごとの政策目的や理念、またその目的を実現するための手法などが明らかにされている。目的規定は、個々の法律における指導理念を端的に示したものであり、具体的事案への法適用の際、解釈の方向性を示す指針としての意義を有する。
 独占禁止法は、その目的を次のように定めている(法1条)。

この法律は、
【第一段】
私的独占、不当な取引制限及び不公正な取引方法を禁止し、事業支配力の過度の集中を防止して(①)、
結合、協定等の方法による生産、販売、価格、技術等の不当な制限その他一切の事業活動の不当な拘束を排除することにより(②)、

【第二段】
公正且つ自由な競争を促進し(①)、
事業者の創意を発揮させ、事業活動を盛んにし、雇傭及び国民実所得の水準を高め(②)、
以て、一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進することを目的とする(③)。

 本法の目的規定は、2つに分けて分説するのが便宜である。前半部分(第一段)では、まず禁止・制限されている主な内容をあげ(①)、それらをこの法律がどう捉え、かつ、いかなる方法によって法目的を実現するかについて述べられている (②)。
 法は、「公正且つ自由な競争の促進」という直接の目的を実現するため、事業者や事業者団体等による一定の行為を禁止・制限している。ここでは同法による禁止・制限類型の典型ともいうべき3つの行為を特に掲げ、あわせて市場競争に直接的ではないものの悪影響を及ぼす可能性のある「過度の経済力の集中」に対する予防・防止措置を示唆する。
 また、法はここで示された禁止・制限の内容を「不当な制限」ないし「その他一切の事業活動の不当な拘束」と捉え、法目的実現のために政府・公権力はこれらの制限ないし拘束の「排除」を主な手段として市場ないし経済に関与する旨を明らかにしている。つまり、法1条の「公正且つ自由な競争の促進」にいう「促進」の意味は、事業者等に何らかの競争的な行為を義務づけることにあるのではなく、事業者等が行う競争制限・競争阻害行為を取り除くことで、「公正且つ自由な競争」が行い得る条件を整えることである。このように、法目的は法が用意した手段との関連で理解される必要がある。
 それに続く後半部分(第二段)では、これらの禁止・制限によって直接実現される本法固有ともいえる目的が示され(①)、この目的を通じ、望ましい経済的成果(②)と民主的な経済秩序(③)の両方がもたらされる旨が示されている。つまり、独占禁止法は、全体として「公正且つ自由な競争の促進」に向けられた規範体系であると同時に、本法固有の目的である「公正且つ自由な競争の促進」が、「一般消費者の利益の確保」および「国民経済の民主的で健全な発達の促進」という究極的目的達成のための手段として位置づけられているということである。
 この法目的にあらわれた論理をたどると、「公正且つ自由な競争の促進」にもとづく競争政策の実現が、望ましい経済的成果を生み、終局的には民主的な経済秩序をもたらすがゆえに、かかる政策や制度が採用されているのであって、市場における競争それ自体には価値を置いていないようにみえる。しかし、「公正且つ自由な競争の促進」をこのように便宜的・道具主義的に捉える見方には注意が必要である。殊に、経済政策の基調が、競争促進や経済統制など、その時々で便宜的に代替しつつ展開してきたわが国においてはなおさらである。わが国では市場での競争秩序が個々の経済主体の自由に根ざし、これと不可分に結びついているということを必ずしも重視してこなかったように思われる。市場経済や資本主義に対する国民の信頼は、市場競争の過程(プロセス)のなかに、もともと自由という価値が内在しており、すべての市場のプレーヤーがこの自由を享受してきたという事実に由来することを改めて想起する必要がある。
 なお、第1条ではいわゆる「経済の民主性」が要請されている。民主的経済とは、一国の富が少数の者に偏在していないこと、または国民経済を構成する各経済主体のいずれもが絶対的な支配力を有さぬことであり、経済活動が最終的には消費者の意向に沿って行われることといってよい(消費者主権:Consumer Sovereignty)。戦後改革において「経済の民主化」が唱えられ、独占禁止法もそうした立法の一つであったことを示すものである。
 また、「経済の民主性」と関連し、目的規定には「一般消費者の利益の確保」が掲げられている。これは「経済の民主性」とともに本法の特徴といってもよい。本来、この文言はあとに続く「国民経済の民主的で健全な発達」の中に含まれるはずものである。しかし、これまでわが国において国家あるいは国民経済の名の下に国民生活が犠牲を強いられてきた経緯にかんがみ、あえて「一般消費者の利益」を指摘することで、独占禁止法制ひいてはわが国の経済法制が基本的に消費者の権利ないし利益を中心に構成されるべきものであることを明らかにしたものといえる。
 「公正且つ自由な競争」の促進は、独占禁止法固有の目的であり、その意義については、具体的な禁止行為や制限類型とそれらに対する規制手法とを関連づけて理解されなければならない。独占禁止法は、「公正且つ自由な競争」を促進するために、たとえば行為規制についてみれば、私的独占および共同行為等の競争制限行為や、不公正な取引方法等の競争阻害行為(「公正な競争を阻害するおそれ」のある行為)を競争侵害行為として禁止しており、これらが法律上違法とされる根拠ないしその判断基準の中心は、「一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」または「公正競争阻害性」にある。しかし、これらの要件については、法律上定義がなく、もっぱら解釈によってそれらの意義や判断基準が導かれる。「公正且つ自由な競争」は、かかる解釈の際に、諸規定を理解するに当たっての方向性を示し、また、具体的に違法性を評価ないし判断するための実質的な基礎となる。

(2024年2月19日記)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?