【読書雑記】橋本健二『現代貧乏物語』(弘文堂、2016年)と河上肇『貧乏物語』(岩波文庫、1947年)

 今年(2017年)は、河上肇の『貧乏物語』が出版されて100年になるという。この事実を知ったのは、同書(橋本健二『現代貧乏物語』)を紹介する2016年12月11日付の東京新聞の読書欄であった。『貧乏物語』といえば、社会の問題に関心が向き始めた中学のときに自宅で手に取ったのが最初。しかし、当時は理解力と根気がおぼつかず、付録の「ロイド・ジョージ」の評伝だけを読んで断念。読み通したのは、高校も後半になってからだったと思う。たしか、高校のある函館から実家へ帰省する汽車のなかで読んだと記憶している。深刻な社会問題を取り上げていながら、印象に残ったのは、どこか随筆めいた読みやすさ、筆力、名調子。古今東西の古典、文献やデータにふれつつも、一般の読者向けに一話一話小分けにしながら、論が進められていく。『大阪毎日新聞』の連載であったこともあるかもしれない。のちに河上肇が著名な名文家であったことを知る。その後も折にふれて『貧乏物語』を手に取った。文庫版に付された大内兵衛の解題も、これから大学に進学し、社会の問題に知的に取り組もうとする気持ちを高ぶらせてあまりあるものだった。後日、京都に出かけた折、法然院に河上肇の墓を訪ねたくらいだ。
 一世紀前、河上がわが国で顕在化した「貧乏」の問題を「社会の大病」と呼び、その実態、原因そして処方を説いた『貧乏物語』を受け継いだのが、本書『現代貧乏物語』である。この本は、現代日本において深刻化する格差と貧困の実情を多くの統計資料を用いて分析し実態を明らかにしたうえで、貧困と格差拡大の原因をあげ、その克服のための方策を指摘する。『貧乏物語』で河上がとったのと同じ論法である。
 しばしば生活保護制度やそのあり方などについて心ない批判がマスコミなどの報道を通じて耳にすることがあるが、少なくとも本書で述べられている実態を踏まえて議論が行われるべきであるし、格差拡大がグローバル化や高齢化が理由であり仕方がないとの現状追認的な議論もなくはないが、こうした流れをうけて政府がどのような姿勢で対応してきたか、それが何を帰結したのかという点はもっと省みられてもよいと思う。また、貧困や格差の克服にあっては、本書の指摘のように、貧困や格差拡大がいかなる社会的害悪をもたらすかを認識したうえで、貧困解消と格差縮小にむけた社会的合意をいかに形成するかが不可欠だろう。そのためには、所得の再分配を前提とした議論である以上、目指すべき社会像や価値観が国民の間で共有されなければならないのはもちろんである。
 『現代貧乏物語』の刊行は弘文堂だが、『貧乏物語』も実は初版はこの出版社である。最近の弘文堂は、法律の教科書などあらかじめ需要が見込める安易な出版を繰り返しているイメージを(一方的に)持っていたので、伝統を受け継いでちゃんとこういう取り組みもしていることにすこしだけ感心(←このコメントは余計)(2017年3月22日記)。

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