”人生は四季を巡る”_覚悟の磨き方_174_死/SPIRIT_[死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし 生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし]
「覚悟の磨き方」に学ぶ。
オクトーバフェスト。
--引用--
”
もうすぐこの世を去るというのに、
こんなにおだやかな気持ちでいられるのは、
春夏秋冬、四季の移り変わりのことを考えていたからです。
春に種をまいて、夏に苗を植え、
秋に刈り取り、冬がくれば貯蔵する。
春と夏にがんばった分、
秋がくると農民は酒をつくって、
なんなら甘酒なんかもつくって、
収穫を祝い、どの村でも歓喜の声があふれます。
収穫期がやってきて、
きつい仕事がようやく終わった。
そんなときに、悲しむ人なんていないでしょう。
私は三◯際で人生を終えようとしています。
いまだ、なにひとつできたことはありません。
このまま死ぬのは惜しいです。
がんばって働いたけれど、
なにも花を咲かせず、実をつけなかった。
ですが、
私自身のことを考えれば、
やっぱり実りを迎える時期がきたと思うです。
農業は一年で一回りしますが、
人の寿命というものは決まっていません。
その人にふさわしい春夏秋冬みたいなものが、
あるような気がするんです。
三◯歳で死ぬ人は三◯歳なりの四季があるということ。
つまり、
三◯歳を短すぎるというなら、
夏の蝉と比べて、ご神木は寿命が長すぎる
というのと似たようなものじゃないかと思います。
私は三◯歳で、四季を終えました。
私は実りが実なのか、
モミガラなのかはわかりません。
ですがもしあなたたちの中に、
私のささやかな志を受け継いでやろう
という気概のある方がいたら、
いつか皆で収穫を祝いましょう。
その光景を夢に見ながら、私はもういくことにします。
”
(覚悟の磨き方 超訳 吉田松陰 (Sanctuary books) 単行本 – 2013/5/25 池田貴将)