その前の、会話。

「お疲れさん」

「あ、深瀬さん。お疲れ様です」

「宇佐見ちゃん、駅こっちやったっけ?」

「そうです」

「じゃ、一緒帰ろ」

「ぜひぜひ。……4年生のみなさん、あと1か月で卒業ですね」

「うん、もう卒論も終わったしな。学生の務めは果たしたし、あとは卒コンやりきるだけや」

「私たちの代が1番上になるなんて、ちょっと想像つかないです」

「まあ、言うても吹奏楽サークルやし。そんな気負わんでええんちゃう?」

「んん、でも深瀬さんの代の先輩方とはずっと一緒だったので、やっぱり寂しいです」

「はは、嬉しいこと言ってくれるやん。……就活どう?進んどる?」

「いやあ、なんかオンライン面接っていうのも感覚が難しくて……。苦戦してます」

「そうやんなあ。俺も去年おんなじこと言うてた気ぃするわ」

「深瀬さんは、地元帰られるんですか?」

「そう、大阪帰ってサラリーマンなる」

「ああ、大変そう……。頑張ってください。……私、最初深瀬さんのこと、生まれも育ちも東京の方だと思ってました」

「え、なんで?バリバリ関西弁やん」

「や、だって服とかすごいお洒落だし。柄シャツとかセットアップとか着こなせる人、あんまりいないですよ」

「着こなしとるように見えてたんなら本望やな。大学入学して頑張ったかいあるわ」

「喋り方とかもおっとりしてるし」

「そら大阪人かて、静かなやつくらいぎょうさんおるよ。やないと、大阪のビル騒音で崩れんで」

「ふは、それもそうですね」

「それやったら、俺も宇佐見ちゃんのこと、アルトサックス吹いとる子とは思わんかったな」

「え、ほんとですか?なんでです?」

「や、なんかフルートとか?小さい楽器吹いてそうって思うとった」

「ええ、初めて言われました」

「俺、トランペットやからサックスの方見えんくて。指揮で前出たときに初めて『あれ?』って」

「なるほど。……でも、なんで小さい楽器?」

「なんでやろ。……なんか、宇佐見ちゃんってうさぎさんみたいやん」

「……それは、そのう……前歯が大きいってことですかね」

「ちゃうよ、ちゃうちゃう。なんかぴょこぴょこしてるとことか、雰囲気とか、ちっちゃい感じとか」

「ちっちゃいって言っても私162センチありますよ」

「あれ、意外と背ぇ高いんやな。俺と16センチ差や」

「そりゃ、深瀬さん178センチあったらみんなちっちゃくなっちゃいますって」

「それもそやな」

「……私はきつねさんだと思います」

「ん?なにが?」

「深瀬さん」

「きつねか。なんで?」

「んんと、お顔立ち?目が切れ長なとことか、鼻が高いとことか、なんとなく」

「宇佐見ちゃんはよう顔見とるんやな、俺そんな詳しく人の顔説明できひんよ」

「えっ、あっ、そ……うですかね」

「せやで。……きつねさんか、好きかもしれん」

「よかった。……卒業コンサート無事できますかね」

「どうやろなぁ。感染対策しとるけど、場合によっては中止も考えんとな」

「せっかく練習してきたんだから、どうにかしてやりたいですよね」

「うん。俺もまだ一緒におりたいよ。……みんなと」

「……私もまだ一緒にいたいです。……みんなと」

「……あ、もう駅着いてもうたな」

「話してたらあっという間ですね」

「次、練習いつやったっけ」

「来週の火曜日です」

「今日金曜やんな。ちょっと空くか」

「ですね。……寂しいです」

「まあ、またすぐ会えるよ」

「深瀬さん、次いらっしゃいます?」

「行く行く。俺指揮者やし」

「じゃあ次まで頑張ります。……ありがとうございました、おやすみなさい」

「あ……待って」

「……っえ」

「……コン」

「……きつねさんにチューされちゃいました」

「……ほっぺたやから許して」

「その、指で作るきつねさん、久々に見ました」

「俺、きつねさんらしいから」

「……それは、どういう……」

「……さ、うさぎさんはもう家帰って寝え」

「え、あ、ちょっと。あ、……お疲れさまでした!」

「お疲れ~」


「「……はあ、顔あつ……」」

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