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10.000(十)

鏡の中心にある黒い点は気にしなくて大丈夫です。白線の外に出ないように注意してください。

(私の本名を教えます。私の本来的な名目)を
偽名のもとに自らの信仰を哲学書にしたためた唐揚げ

はい、それは正常に進行します。
彼は存在した、しかし実在しない。
いいえ、それは実在者です。
理由をつけてください。
極めて個人的なもの、大切なものへとあなたはアクセスすることができますが、それでも誰でもいいわけではありません。それが公開されるのは、あなたが 私の想定するあなただったときに限られます。

【自由記入欄】





👁️

アヒルの子が立っている。よたよたと歩き回ろうとするアヒルはぬるめのお湯をかけられて、市販のシャンプーを体に揉み込まれている。もちろん、シャンプーというのは人間用で、そのアヒルはスポンジみたいによく泡立った。

シャンプーの泡はアヒルの目にしみた、とても痛かった。目を閉じると、二つの手のなかにすっぽりと覆われた。

手のなかで柔らかい毛並みを感じる。
この小さな生き物は私よりも体温が少し高いようだ。

人間の皮膚は小さなアヒルにとっては固すぎて、指の隙間からこぼれた白い泡に少し灰色が混ざった。身長よりも大きな手、大きな真っ白い泡のなかに黒い線が滲んでいく。やがて泡は焦げたみたいに真っ黒になって、真っ黒の絵の具になって、お風呂場の床をグチャグチャに汚した。指の間からは小さなうぶ毛が抜け落ちた。抜け毛の数も少しずつ減っていって、やがて体温も感じられなくなった。手の中には溶けかけの氷みたいな形になったアヒルの塊がまだ手触りを与えている。手をこするにつれて、氷のようにほそくほそく、ゆっくりと手の形にそって溶けていき、私の小さくなった体は最初の火みたいにぱちぱちと音を立てた。ぱちぱちという音もやがて聞こえなくなって、右手と左手はついにくっついて私の居場所はもう どこにもない。

名前がつけられるのは、私の肉体だろうか、それとも精神に、だろうか。
いいえ、名前がつけられるのは 生誕に際してです。

床は黒いヘドロに埋め尽くされて、そこがどこだったか忘れてしまいそうだ、細く短いうぶ毛がちらちらと光っている お風呂場で。

私は服を脱いで、本を手に取る要領でヘドロを持ってその存在を確認した。手の平に黒い泡がべっとりとこべりついて、油とシャンプーの混ざった匂いがする。不快な表情が鏡のなかに浮かぶ。シャワーをかけ流すと、手から湯気が立って、手のひらがものすごく高温になっていることに気づく。

私は電車を乗り間違えただろうか。
いいえ、合っていますよ。
では、何を。
しいていえば、間違い という観念の捉え方を間違えているのです。

火傷した手のひらにあたるシャワーの水滴は鉄のように固くて重い。
あたるたびにコツコツ音がして、肘の骨まで電流が走る。

泡はだんだんと透明になって、画面からフェードアウトした。
そして文字が現れる。

右手には「10:00」
左手には「👣」

汚れたアヒルの子は人間の齢に換算すれば、ちょうど私と同じ二十歳だ。
鏡に映る私の姿はアヒルの齢に換算すれば、ちょうど二十歳のように見える。


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