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オンラインフェス英文解釈2

【訳文】ペンネーム I am a cat.

 ある日ジェイソンが教会にひとり座っていたとき、ふと頭をよぎったのは、いま自分が神の逆鱗に触れているということだ。その理由は彼の気質にあり、ここ教会にいながらも自分の関心事で頭がいっぱいだったのだ。はじめに浮かんだこの恐ろしい考えは、平然と無謀な挑戦をする態度へと変わり、彼は目を閉じて待ちかまえた。その間に大胆にも反抗心が高まって、ついには無我夢中のうちに確信にいたった。ひたすらつぶやいていたのは、彼の知る不道徳で汚い言葉、人をけがし神をはずかしめる言葉だ。天を仰いだその顔、率直で飾り気のない小さな子どもの顔は、落ち着いて無垢なものだった。もれてくる午後の光の下に座り、目はぎゅっと固く閉じて口元は動きつづけていた。
 それなのに何もおこらない。膨らんだ期待はしぼんでいった。そして大胆な確信も。ジェイソンは目をあけた。見知らぬ部屋ではじめて目をさました人のように、あたりを見まわした。暗い影が教会の上方を埋めつくしている。(中略)泣きたくなった、「裏切られた!」――目には熱い涙がこみあげてくる――それでも泣かなかった。彼は泣くほど幼くはない、もうずいぶん前から、もう何年も前から。
(At Heaven's Gate by Robert Penn Warren)

【オンライン・フェスティバルの感想】
 斎藤先生がくり返し強調されたのは「(平易な言葉で)過不足なく」「原文にない情報を付け加えるな」ということ。これが朱牟田先生、行方先生の流れをくむ、東大流。今回の MVP に選ばれた MCN さん、おめでとうございます!
 私の読みと先生の解釈にズレがあったのは、まず His … square face … was smooth … のところ。先生の解釈は、この部分は語り手の客観的な視点であり、文字通りに「四角い顔は…すべすべしていて…」でよい。もう1か所は The moment で、「その時間・瞬間」でよいだろうとのことだった。先生はなんと原作の小説全体を読まれていて、プロとはこういうものかと圧倒された。
 また筒井先生が録画出演、私のペンネームを認識されており、訳文にも言及してくださった! 次回2月号の「英文解釈演習室」に向けて、筒井先生の著作を勉強して準備しておきたい。

【今回の方針】
[Step 1] まずは、原文の構造どおりに直訳する(直訳は下の方に掲載)
[Step 2] つぎに自然な日本語に修正していく(上の提出版)
※この課題文の文体は省略が多い。訳文で説明(解釈)を加えすぎると、含蓄・余韻やリズムを壊してしまいかねないので要注意!

【訳文提出前に考えたこと】
※みなさんと検討した後に追記するかもしれません。
今回の課題文は小説なので、「小説の読み方、翻訳の仕方」に関する本をいろいろと読んでみた。
小説の読解・翻訳の基本とは?
(1) 物理的時間と心理的時間
(2) 描出話法(中間話法)
(3) 比喩表現と象徴、風景描写
(4) 葛藤、コンフリクトとその解消
 (以上『教養で読み解く英語長文』より)
(5) なるべく英文と同じ語順で、頭から訳す
(6) 長い文は、適宜切る
(7) おなじ語尾が続かないように
(8)「歴史的現在」を取り入れて、過去形を現在形に訳す
 (以上『「赤毛のアン」をめぐる言葉の旅』より)
(9) 書いてある以上のことを翻訳で付け足してはいけない
→ 訳者の解釈を押しつけない
 (『宮脇孝雄の実践翻訳ゼミナール』より)
(10) 主語や代名詞は適宜省略する。
→ 自然な日本語にするため(これは多くの本に書いてある)
※その他に参照したのは『シートン動物記で学ぶ英文法』『英語長文のテオリア(小説の部分)』など

課題文の前後の文脈
ジェイソンの家の近くには教会があり、ジェイソンは平日にたびたび一人で遊びに行っていた。ところが、彼はあまり信心深くはなく、教会にいるのに神のことなど考えていない。この課題文の場面が大きなきっかけとなり、のちに「自分自身以外のなにものをも信じない」大人になる。

(a) God’s wrath
聖書より "God's wrath is not a reckless rage, an uncontrollable anger, a senseless fury, or an unjust vengeance. The wrath of God is a precise and controlled response to the belittling of his holiness." (Romans 1:18)
「神の怒りは、不義をもって真理をはばもうとする人間のあらゆる不信心と不義とに対して、天から啓示される」ローマ人への手紙 1:18-32、口語訳
ジェイソンが神の怒りをよびおこした(と感じた)ということは、なにか不信心と不義があったはず。

(b) because の前のコンマの有無
『英語長文のテオリア』p. 89 には because の前にコンマがあるときとないときの違いが解説してある。
コンマがないとき(因果を表す because):主節で述べられている結果を引き起こした原因を説明する。
コンマがあるとき(推論の because):主節の内容に対する根拠を説明する。
課題文にはコンマがないが、原文を調べたところコンマがあったので当惑している。結局、コンマがあるものとして because は主節の根拠を表していると解釈した →「その理由は~」

(c) because he was what he was
Who are you? と What are you? の違いから考える。Who が聞いているのはおもに identity 、一方 What が聞いているのは personality character, religion など。課題文に書いていないこと(課題文の前の部分に書いてあること)を補足して解釈すれば「なぜなら彼はあまり信心深くないし…」などとなるだろう。大いに悩んだが、訳者の解釈を押しつけないという『実践翻訳ゼミナール』の記述にしたがい、最終的に「その理由は彼の気質にあり」とした。

(d) filled with what was in him
直訳すれば「(彼は)彼自身の中に存在するものでいっぱいだった」。文脈から思い切って意訳をすれば、おそらく「神以外のことで頭がいっぱいだった」→「神のことなどいっさい頭になかった」ということだろう。ここも大いに悩んだが、できるかぎり原文に忠実にという方針で「自分の関心事で頭がいっぱいだった」とした。

(e) a square, blunt little child’s face
square
(1) having the shape of a square(文法上はありえるが、こちらではなく)
(2) fair, honest, straight (こちらを採用)
blunt
uncompromisingly forthright, straight forward
「愛想のない」という訳語もありえるが、ここの部分にはネガティブな含みはないと判断。最終的には「率直で飾り気のない小さな子どもの顔」とした。(いま思えば、「率直で」は「真摯で」の方がよかったかも?)

(f) was smooth and pure
smooth (face)
(1) clean-shaven (face)(文法上はありえるが、ジェイソンは小学校の低学年くらいであろうから、わざわざ言及するのは文脈上不自然)
(2) concealing one's true feelings by a show of friendliness
(猫をかぶった!? 魅力的な解釈だが、ネガティブな含みがあるので、やはり文脈上不自然)
(3) tranquil, calm(あまり自信はないが、こちらを採用)
このあたりは、ジェイソンは「悪意はなく真摯な気持ちで」不敬な言葉を発したと解釈。おそらく、神をもっと怒らせれば神の声が聞ける(聞きたい!)と思ったのだろう。(← 後述する「大きな期待」とはこのこと)

(g) the lips moving
不敬な言葉を発しつづけていたため、「口元は動きつづけていた」。ついつい「口元 "だけ" は…」と訳したくなったが、原文にはないので我慢した。

(h) The moment subsided,
moment
= a particular time when you have a chance to do something (Longman)
= a special time or opportunity (Cambridge)
subside
if a feeling, pain, sound etc subsides, it gradually becomes less and then stops (Longman)
ぴったりはまる訳語の組み合わせがなかなか発見できず、ここだけは意訳をして「膨らんだ期待はしぼんでいった」とした。あとで「裏切られた」と出てくるので、何か大きな期待をしていたはず。

(i) he felt betrayed
直訳すれば「彼は裏切られたと感じた」となるけれど、機械的に felt を「~と感じた」とするのは単調なので、できるだけ避けたい。和文英訳に取り組んでいる方々はご存じかもしれないが、日本語の引用符「 」の使用範囲は、英語の引用符よりも広い。また、日本語の「!」の使用範囲も、英語より広い。したがって、ここでは「裏切られた!」のように(声には出していない)心の叫びを表現したつもり。

(j) the tears burned at his eyes
このあとに「泣いたわけではない」とあるので、「目には熱い涙がこみあげてくる」とした。(よい意味で)感動・感激したわけではないので「熱涙(ねつるい)」は採用せず。ところどころ文末の過去形を現在形に訳しているのは、歴史的現在を活用して、語尾に変化をもたせると同時に臨場感を表現するため。

【参考:構造どおりの直訳の例】
 ある日、ジェイソンがそこにひとり座っていたとき、この考えはひらめいた。神の怒りがいま強烈に彼の頭上に存在している。なぜなら、彼は彼という人間であり、そこでその場所にありながらも、彼自身の中に存在するものでいっぱいであるからだ。恐ろしい考えである最初のひらめきは、冷たい無謀な挑戦的態度へと変わっていった。そして彼は目を閉じて、待っていた。そのあいだにもその挑戦心が大胆に高まってうっとりするような確信になり、彼は彼の知っている邪悪で汚い言葉を、何度も何度もくり返しつぶやいた。その言葉は人間をおとしめ神をはずかしめるものだ。上方に向けた彼の顔は、率直で愛想のない小さい子どもの顔であり、落ち着いていて混じり気などはなかった。そのとき彼はもれてくる午後の光のもとでそこに座っていた。目にしわをよせてぎゅっと閉じて、口もとは動きつづけていた。
 ところが、何事もおこらなかった。その重大な機会は失われていった、そして彼の中にある大胆な確信も。彼は目をあけた。彼は、知らない部屋ではじめて目をさましたときに人がするように、あたりを見まわした。暗い影が教会の上方を埋めつくしていた。(中略)彼は泣きたくなった。裏切られたと感じた。涙が彼の目で燃えていた。しかし彼は泣いたわけではない。彼は泣くほど小さな子どもではなくなっていた、もうずいぶん長いあいだ、もう何年ものあいだ。

【参考資料】


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