いったいSnowflakeのなにがすごいのか
「経済にとってのデータの価値は、30年前と比較して1,000倍以上である」
現SnowflakeのCEOであるフランク・スルートマン (Frank Slootman) はそう語る (1)。
2012年に創業したSnowflakeは、クラウドデータウェアハウスのリーダー的存在に成長し、2020年にはこれまでのソフトウェア企業として史上最大規模のIPOを果たした。
そして今なお、Snowflakeはこのマーケットを牽引し続け、独自のアプローチによって圧倒的な競争優位性を築き上げている。
どうしてここまでの成長を遂げることができたのか。
この記事では、Snowflakeがもつ競合優位性と、成長を実現したユニークな経営戦略を紐解いていきたい。
強固なプロダクトの競合優位性
Snowflakeが提供するソリューションは、クラウド上のデータウェアハウスに対して簡単かつ柔軟に分析を実行することができるというものである。
Amazon Redshift、Google BigQuery、Microsoft Azure Synapse Analyticsなどの強力な競合が存在する中で、Snowflakeがもつ優位性は「顧客の組織に合わせた柔軟なスケーリング」と「マルチクラウド対応」というユニークなポジショニングにある。
顧客に合わせた柔軟なスケーリング
Snowflakeの最大の特徴は、データを保管する「ストレージ部分」と分析クエリを実行する「コンピューティング部分」が分離されているアーキテクチャだ。
そのため、顧客は組織の役割に合わせてコンピューティング部分 ( = 仮想ウェアハウス) を複数用意して、それぞれを同時に稼働させることができる (2) 。
例えば、営業チームではミドルスペックのデータウェアハウスでBIツールを実行し、機械学習が必要なデータサイエンスチームではよりハイスペックな仮想ウェアハウスを準備して、それぞれを並行して稼働させることができる。
そして、顧客は仮想ウェアハウスを使った時間分だけの利用料金を払えばよい。
この柔軟性こそがSnowflakeの競合優位性の源泉となっている (3) 。
マルチクラウド対応というユニークなポジショニング
顧客の立場から見ると、競合であるAmazon、google、Microsoftが提供するデータウェアハウスには大きな課題がある。
それは、対応するクラウドが、各社が提供するクラウドサービスにロックインされてしまうことだ。
一方で、Snowflakeはこれらのクラウドすべてに対応し、中立的な独自のポジションを確立してきた (4)。
最近ではリスクヘッジなどのためにマルチクラウドを採用する企業が増えており、この側面においてSnowflakeは競合と比較して明らかな優位性を確立している。
データを愛する二人の創業者
Snowflakeの生みの親は、ビッグデータとコンピュータサイエンスを愛するブノワ・ダゲヴィル ( Benoit Dageville) とティエリー・クルアネス(Thierry Cruane) だ(5, 6)。
ブノアとティエリーは、ともにオラクルで10年以上エンジニアとして勤務していたデータベースのエキスパートである (7) 。現在は、ブノワがプロダクト部門の社長、ティエリーがCTOを務めている。
会社を設立して間もないころ、オランダの会社 Vectorwise の共同創業者であるマルチン・ズコフスキ (Marcin Żukowski) を協力者として迎え入れ、少数精鋭のチームを築いていった。
マルチンは、アムステルダム大学でコンピュータサイエンスの博士号を取得した優秀な人物であり、現在はエンジニアリングを担当している (8, 9) 。
データウェアハウスが抱えていた課題
Snowflakeが生まれる以前、データウェアハウスはまだクラウド上ではなく、企業が保有するサーバ内に構築するオンプレミス型が主流だった。
オンプレミス型データウェアハウスは、企業が持つハードウェアと物理的なサーバースペースの量に制約されていたため、硬直的で使いにくく、スケーラビリティが無いことや複雑な管理が必要といった課題を抱えていた。
当時、この課題を解決する鍵としてHadoopという技術が注目されていた。Hadoopとは大規模データの蓄積・分析を分散処理技術によって実現するオープンソースのミドルウェアのことである (10) 。
“複雑な技術”ではなく“簡単に使えるサービス” をつくる
ブノアは2012年のある日、オラクルの若いエンジニアとHadoopについて話をしていた。その若いエンジニアは「Hadoopはオラクルの事業を完全に時代遅れにする」と話した。
ブノワはその考えに同意しつつも、同時にHadoopも良いソリューションではないと確信していた。
Hadoopのシステムは非常に複雑なため、それを管理するために多くの手間と高い技術力が必要とされ、レベルの高いエンジニア以外の人たちにとって最適なソリューションではないと考えていたのだ。
このことをきっかけに、ブノワは「 素早く簡単に、そして柔軟にデータ分析が実行できること」に焦点を絞り、クラウドでデータ分析を可能にするアイデアを思いついた。
そして、「ストレージ」と「コンピューティング」を分離することで、需要に応じてリソースを適用でき、ユーザーは自身が使った分だけにお金を支払えばよいという全く新しい時代のデータウェアハウスのアーキテクチャが生まれたのだ (5) 。
マルチンいわく、Hadoopのような複雑な技術ではなく、ユーザーの課題を解決するための簡単で便利なサービスをつくるという発想こそがSnowflakeの成功の大部分を占めているという (8)。
CEOを外部化するユニークな経営体制
Snowflakeは、プロダクトのアーキテクチャだけではなく経営面についてもユニークな戦略をとってきた。その象徴が「CEOの外部化」だ。
今日にいたるまで、Snowflakeは創業者がCEOになることはなく、事業の成長フェーズに合わせて外部からCEOを招聘するというスタートアップとして異質の体制をとってきた。
サター・ヒル・ベンチャーズとの関係
2012年の創業前の時期、「HadoopがあるからSnowflakeは必要ない」という意見が多かった。
しかしブノアの確信は揺らぐことがなく、VCであるサター・ヒル・ベンチャーズ (以下, SHV) のマイク・スパイザー (Mike Speiser) に対して、クラウド上でユーザーが簡単に使えるデータウェアハウスをつくったらいかにクールなのかを数ヶ月間にわたって議論していた。
そして、創業と同時にSnowflakeは最初の資金調達ラウンドでSHV主導で500万ドルの調達に成功し、初代CEOはSHVのマイクが務めることになった。
のちに、SnowflakeのCEOは2014年と2019年の二度にわたって交代をすることになるが、その意思決定はSHVが主導で行っており、長きにわたってSnowflakeの経営にはSHVが深く関与していた。また、SnowflakeのセールスチームもIPO直前の2020年までは、基本的にSHVが指揮していた(11)。
VCと起業家が共創する新しいアプローチ
SHVは1962年創業の老舗であるにもかかわらず、この会社に関する情報を見つけるのは難しい。SVHのサイトにはロゴと住所しか記載されていない (12)。
Crunchbaseによると、SHVはこれまでに316件の投資を行い、97件のイグジットを行っている (13) 。その中には、Sumo Logic、GlassDoor、Smartsheet、Yextといった企業も含まれている。
しかし、SHVのポートフォリオよりも興味深いのはそのアプローチだ。
SHVは、オリジネーションと呼ばれる社外の起業家と共に社内で会社を立ち上げるスタートアップスタジオ的なアプローチを以前から行なっていたのだ(11)。
2年間にわたるステルスでの開発
2012年の創業から約2年間、Snowflakeは競合他社に知られるのを避けるためにプロダクトの情報を公にすることなく秘密裏に開発を進めていた。
それができた理由として、データウェアハウス自体は、オンプレミス型であったにせよ何十年も前から既にあり、そのニーズは明白だったからだ。
Snowflakeのコンセプトは、まったく新しいアイデアのプロダクトを生み出すことではなく、既存のデータウェアハウスをクラウド上に構築することで、よりスケーラブルに、より速く、そして安くサービスとして届けることにあった (3) 。
そのため最初の1年は顧客と話すことさえなく、既存のアイデアをクラウドで実装することに注力してプロトタイプを作り、2年目はこのプロトタイプをプロダクトレベルに仕上げていった。
プロトタイプの開発を進める最中、2012年末にAmazonから競合となるクラウドデータウェアハウスAmazon Redshiftが発表され、Snowflakeの考えに間違いがないことが証明された (14) 。
2014年, サービスのローンチ
2014年、Snowflakeはついに最初のクラウドデータウェアハウスをゼロから構築し、オンプレミス型と比較してわずかなコストで同じデータストレージ効率を実現することに成功した。
2014年6月に元マイクロソフト幹部のボブ・マグリア (Bob Muglia) を新たにCEOとして招聘した。
同年10月には、シリーズBラウンドでRedpoint Ventures主導で2,600万ドルを調達し、80社との契約を獲得した(15) 。2015年6月にはさらに4,500万ドルの資金調達に成功した (16) 。
この時期のSnowflakeにとって、当時CEOを務めたボブ・マグリアが果たした役割は非常に大きい。彼は、マーケットに対してSnowflakeの価値が「ストレージとコンピューティングリソースを分離したクラウドネイティブのデータウェアハウス」であり「メンテナンスが少なくデータアナリストやサイエンティストが使いやすいシステム」ということをはっきりと示し、この市場における足場を確立していった。
この戦略は成功し、Snowflakeを採用する顧客は2015年の80社から2018年1月には1,000社以上にまで増加した。
競合との競争から共創へ
Snowflakeにとって最大のリスクは、競合の存在であった。Snowflakeがプロダクトをローンチした2014年にsnowflakeに出資したRedpoint VenturesはSnowflakeのIPO時に当時の投資メモを公開したが、リスクとしてAmazonRedshiftの存在を挙げていた (17) 。
AmazonだけでなくGoogle BigQuery、Microsoft Azure Synapse Analyticsなどの競合が存在し、Snowflakeがこの市場から締め出される可能性は大いにあった。
多くの投資家にとってこのリスクはなかなか解消されるものではなく、Snowflakeに対して出資を断ったVCも多かった。
しかし、Snowflakeが一貫して計画していた収益を達成していたことや、熱狂的な顧客がいることを踏まえて、2018年にはSequoia Capital主導のもと2億6,300万ドルの資金調達に成功した。
大手企業との関係の変化
大手競合との関係性が変化し始めたのは、2019年ごろである。
Snowflakeは、新規顧客を開拓するのにオンプレミス型のデータウェアハウスを使っている企業をクラウドに移行させるというアプローチを行なっていた。これは、AWSを保有するAmazonにとっても同様のテーマであった。
この頃からAmazonはSnowflakeへの考えを改めはじめ、Amazon Redshiftを単独で伸ばすよりも、AWSにも対応しているSnowflakeを広く顧客に浸透させていった方が、結果として双方に利益をもたらすのではないかと考えたのだ (18) 。
同時に、Snowflake側も既存の顧客の大半はAWSを使っていることから、AWSとの親和性を深めることによってSnowflakeの体験を向上させると考えてAmazonAWS LambdaやAWS PrivateLinkなどの機能と技術統合するために開発を進めていった。
パートナーシップの強化
AWSとSnowflakeは2020年半ばに戦略的協業契約を締結し、両社はこれまでに製品の機能的な統合、販売協力、マーケティング戦略の拡大などを推し進めてきた (18, 19) 。
また、2020年12月には、AWSはAWS ISV Accelerate (20) と呼ばれるインセンティブ・プログラムを発表し、AWSと統合された独立系ソフトウェア・ベンダー・パートナーのSaaSソリューション (Snowflakeデータクラウドなど) を販売した営業チームに対して報酬を支払うことにした。
これにより、AWSとSnowflakeの営業チームの足並みが揃うことになった。その結果、2022年SnowflakeはAmazonとの共同販売で12億ドルの売り上げを達成した。
3人目のCEO, そして史上類をみないIPO
2019年5月、Snowflakeの3人目のCEOにはフランク・スルートマンが就任した。
彼のこれまでのキャリアは非常に華々しく、2011年から2017年にはServiceNowのCEOを務めてIPOを実現させ、収益を約1億ドルから14億ドルへ拡大させた。それ以前には、Data DomainのCEOとしてIPOを成功させた後、EMCから24億ドルでの買収を実現させた人物である (7) 。
進むべき航路をはっきり示す合理的なリーダーとして知られる彼は、これまでのやり方を覆すことを恐れることなく、組織の大改変を行い、ふさわしくないと判断したメンバーは容赦なく追い出していった (1,21, 22) 。
また、スルートマンはSnowflakeを単なるデータウェアハウスから、企業が安全にデータを共有できるハブとしてのプラットフォームづくりに力を入れてきた。それによって対応可能な市場は140億ドルから810億ドルに増加する見込みだ (23) 。
そしてSnowflakeは2020年9月、ソフトウェア史上最大のIPOを果たし時価総額約700億ドルにも上った (24) 。
Snowflake成功の鍵
ここまで、Snowflakeの競合優位性やこれまでの経営戦略の歩みを紐解いてきた。なぜ、Snowflakeがここまでの成功を遂げることができたのか?
その背景には、創業当初からVCが経営に大きく関わりフェーズに合わせてリーダーを変えてきたことや、これまでのやり方を変えることを厭わない逆張りの思考がある。
既存のプロダクトやソリューションを疑い顧客志向をベースに新たなアーキテクチャを築き上げ、これまでの組織体制を打ち壊して成長のために痛みを伴う改革を行う。
これらの情熱と覚悟が、Snowflakeをここまでの企業に育て上げたのではないだろうか。
リファレンス
How Snowflake Became a $70 Billion Company with the Largest Software IPO in History | Drift
Scaling a business — the road to the largest software IPO. Marcin Żukowski, Snowflake
Sutter Hill Ventures - Investments, Portfolio & Company Exits
Amazon Debuts Low-Cost, Big Data Warehousing | INFORMATION WEEK
Series B - Snowflake - 2014-10-21 - Crunchbase Funding Round Profile
Why Redpoint invested in Snowflake in early 2014 | by Redpoint Ventures | Redpoint Ventures | Medium
AWS And Snowflake: ‘From True Competitors, To Frenemies To…An Alliance’ | CRN
Frank Slootman on Snowflake's blossoming partnership with AWS - SiliconANGLE
AWS Moves ‘ISV Accelerate’ Co-Selling Program Into Spotlight | CRN
スノーフレークが「IPO請負人」に会社の命運を託した理由 | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)
ARR1,000億円「Snowflake」CEOの経営論──すべてを異次元成長へ導くプロ経営者・Frank Slootmanに聞く
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?