曇天、月

 目覚めた。目が覚めても、視界は暗い。瞼が開かない。
 体は疲労しきっている。私の体が、ベットに押し付けられているのが、はっきり理解できる。重力である。体が溶けてしまっているように感じる。どろどろと肉が溶けて、動かせない。溶けた肉がそのままベッドに広がっていってしまうのではないかと感じる。それでいて、やはり体には骨がある、骨のおかげで辛うじて私は人としての形をとどめている。そしてやはり、背骨だ。背骨に妙に意識が向く。この感覚。
 気分は最悪だ。どろどろと溶けている手を、足を、頭を、ベッドの上で引き摺りながら持ち上げる。体の骨、特に背骨が、私を起こしてくれる。まだ肉は溶けたままだ、私の体から溢れようとしている。ぶら下がっている。
 床に、私の影が伸びる。だらしがない、どろどろとした私の影だ。私を真似て動くだらしがない影をみて、一層気分は悪くなる。でも、見ずにはいられない。顔を上げる気力はない。
 朝食を食べるために、テーブルに座る。新しく買い替えたばかりの明るい蛍光灯が、よりくっきりとした、私の頭の影を机に落とす。くっきりとしていても、やはりその影には生気がない。くっきりしている分、私の真似をするどろどろとしただらしがない影が判然として見える。嫌な気分だ。光の当たらない、いつもより不味く感じるご飯を食べながら、やはり自分のだらしがない影を見続ける。味がしない。
 服を着替える。窓から太陽が昇ってくるが、雲に隠れ、光はあまり強くない。その光も、私の影を映す。服が古くよれているためだ、服を着ても、私の影に活気は現れない。壁の影からは、流石に目を逸らすことができる。しかし目を逸らしたら、大して強くもないはずの太陽の光が、起きたばっかりでまだ慣れていない目に入り、生意気にも私の目を眩ませた。その反動で不意に下を見てしまった。天井の電気によって映し出された私の影が、床に写っていた。大して強くもない太陽の光にやられて少し身構えている、滑稽な自分を真似する影を見た。気分が悪い。

 家を出る。今日は曇りだ。幸い雨は降らないらしい。
 空には月が見える。しかし曇天のせいで、美しく見えない。
 曇天に浮かぶ月
 曇天を背負う月

 4月1日月曜日。いつもより重い。

 

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