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芸能人のSNS活動の是非、AIの台頭に伴う大量の派遣リストラと売り手・買い手市場、社会と個人の分断がもたらす社会構造の抜本的な変化をZ世代の若者と語る

今日はお仕事がお休みだったので梅田の方に行ったのだが、そこで大学四年生の若者と会って面白い話ができた、具体的な大学名はわからないが住まいや話し方から漂う賢さのイメージからきっと有名国立大学に通う学生であろう。
今年の3月に卒業し就職先も決まっているのだという、具体的にどこかは聞かなかったが、その子と「これからの日本について」というテーマでざっくばらんに語り合ったが、これがとても刺激的だった。
若いのに物の見方や考え方がしっかりしていて私が話す言葉に対してきちんと付いてこられる(というと上から目線のようで申し訳ないが)若者は久々に出会えた感じだ。
よく「Z世代は」なんて言うことも多いしSNSを見ていると本当に「どういう躾・教育を受けたらお前みたいなのが育つんだ?」と言いたくなる人がごまんといるが、若くてもまだまだしっかりした人はいるものだなと。

ざっくばらんに話し合ったが、大まかなトピックは大まかにわけてタイトルに書いた通り「芸能人のSNS開始」「AIの台頭に伴う大量の派遣リストラと買い手市場」「社会と個人の分断」についてであった。
これらのトピックに関してどういう内容を私が書くかピンと来た人はこれからの時代でもしっかり生き残っていけるのではないかと思うし、そうでない人は今相当に深刻な状況にいると気づかないであろう。
色々言われるZ世代だが、そんな若者の中にもまだきちんとした考えの謙虚な持ち主がいたことに新鮮な感動があったし、こういう若者こそがもっと今の日本に増えればいいのにと思えた。
最近は特に私自身も波動が上がって前向きになって来たからか、きちんと言うべきことは言いながらも思考の抽象度と物の見方の解像度・感度が高い人に出会う機会が増えている。

何せゲッターズ曰く「今年自分の身に起こる全てのことはプラスだと思った方がいい」というのは本当にその通りで、やはり元旦に親友の翔さんと再会して充実した一日にできたことが大きいと思う。
こんなに気持ちのいいスタートを切ることができたのは本当に十数年ぶりかもしれない、そう言ってもいいくらいに今年は出だしが好調だし、付き合う人間も去年までとはだいぶ違って来ている。
実にいい変化が起こって来ており、去年まではどこかしら心に苦しさを抱えながら書いていたが、今は本当に無意識のうちに思考が働き体が動き、そして自分が感じたことが素直に言語化できるようになって来た。
まあ自画自賛はこの程度にしておいて、そんな自分に決して浮かれず驕らず、そろそろ本題に入るとしよう。


1、芸能人のSNS活動の是非

最初の話題はもはや今更という気もするがやはり語らずにはいられない芸能人のSNS活動の是非であり、これに関して最近井上真央がはっきりと「やらない。隠してる方が楽しいから」と言っていたことに安心した。
まだこういう「芸能人」「役者」であることに誇りを持って多くを語らない人がいてくれることに安心したし、同時に私自身が奥底で思っていた複雑な心境を代弁してもらえた印象もある。
そうなのだ、昨今は自分が食べる為なのか何なのか、YouTube・X・Tik Tok・Instagram・Netflix・AbemaTVなど多くの芸能人がSNS活動での発信を始めたのだが、これに賛否両論あるだろう。
正にそれはかつての映画が1950年代の全盛期を経て60年代から徐々に廃れてテレビがメジャーな国民の娯楽になったように、今はテレビが不況になった代わりにSNSが活性化している。

そんな中でも芸能人のYouTube進出はやはり未だに私の中で納得いかないところがあって、「テレビや映画で十分に売れてる人までがわざわざSNSをする必要があるのか?」と思えてならない。
大学生の子は「HIKAKINさんやはじめしゃちょーさんらのような一般人上がりのYouTuberはともかく、何で木村拓哉さんや清原和博元選手までもがYouTubeやっているのかがわからない」と言っていた。
また「テレビ・映画・芸能人とSNS活動が中心のインフルエンサーは似て非なる、それどころかむしろ真逆の水と油のような存在。芸能人にはあくまで雲の上の存在としていて欲しい」とも。
正に私がずっと言いたくても言えなかったことをその子が代弁してくれて、やはりZ世代のようなデジタルネイティブの人たちであってもそのように思う人はいるのかと感心した。

芸能人のSNS活動が今や一つの文化になっているのだが、特に芸能人上がりのYoutuberがどんどん増えている昨今はもはや希少価値が薄れてある種のバーゲンセール状態になっている
これは『ドラゴンボール』でベジータが言っていた「超サイヤ人のバーゲンセール」と同様の現象が起きているわけであり、気のせいか芸能人のまとう波動がテレビ全盛期の頃に比べて下がったと思う。
一体この現象は何なのだろうと思って見ていたのだが、やはり一番的確な例えは「官僚の天下り現象」の芸能人バージョンといったところではなかろうか。
官僚の天下りがどういうものかを一々説明するのも時間とエネルギーの無駄なので、以下をご覧いただきたい。

官僚の出世コースから外れた元エリートが国家と所縁のある企業に再就職する様とテレビでそれなりに活躍した元売れっ子がYouTuberになるのは正に似た現象である。
カジサックだって今でこそ「日本YouTube界のハブ空港」とでもいうべき象徴になっているが、最初の動画ではグッド600にバッドが36000もついたほどだ。
闇営業問題の宮迫博之もそうであり、結局テレビに戻りたくても戻れないから食い扶持を稼ぐためにYouTubeをやっているようなものじゃないのかと思うし、ほかの芸能人も事情は似ている。
結局テレビや舞台だけではマネタイズが難しいからGoogleがバックについていて収益化がそれなりにうまく行っているYouTubeで再び甘い汁を吸おうとしているものじゃないのか。

だから井上真央や上野樹里のようにきちんとSNS活動をしないことで安売りやバーゲンセールを防いでるのはいいことだと思うし、やっぱり芸能人はインフルエンサーと違って「身近」であってはならないと思う
今では何でもかんでも私生活や裏を暴露する方に行きがちだが、それも行き過ぎるとプライバシーの侵害に繋がるし、明かさなくてもいい個人情報を明かすことになるから炎上のリスクも必然的に上がる。
誰しもが有名人の私生活を知りたいと願いそれが実現することは決していいことばかりではない、東京ディズニーランドのミッキーマウスの私生活や裏側なんて誰も知りたいわけはないというのに。
もちろんそれをやって様になる人もいるが、カジサックはあくまでも例外中の例外であって、あれは「お笑い芸人・梶原雄太」を捨てて振り切ったからこそうまく行ったのである。

たとえ風の時代に変わってカリスマが凋落しようとも、やっぱり取るべき距離感はしっかり取って欲しいし、見せなくていいものは見せる必要はないだろう。
芸能人はあくまでも「芸と能」で語るから芸能人であって、自分の素を曝け出して人気を集めようとするのはそれと真逆のことをしていることを自覚していただきたい。
秘すれば花」ともいうし、今の時代こそ逆に「何を語るか」ではなく「何を語らないか」を大切にするべきではなかろうかとも思う。

2、AIの台頭に伴う大量の派遣リストラと売り手・買い手市場

2つ目に話題に上がったのがAIの台頭に伴う大量の派遣リストラと売り手・買い手市場であり、将来的に再び厳しい就職難の時代が到来するであろうことをその子と語っていた。
AIが台頭してきてあらゆる物事が電子化されている昨今、益々クラウド化の波は世間全体を覆い尽くし、もちろんそれは就職や転職にも大きな影響を与える。
驚きだったのが食堂と売店が全て電子化されてただ店員が見張りのために立っているだけの職場が増えているという事実であり、日本にもそういう職場が増えているのだ。
そして今「派遣」という形で直接雇われない単純作業の労働は今後AIを搭載したロボットが中心に行うようになり、もう人手がいらなくなる時代が遠くない将来にやってくるだろう。

現にGAFAは既に最先端のAIを導入しており、Amazonはもう倉庫内のあらゆる作業をAIを使って自動化させており、余計な人件費を浮かすことに成功しているらしい
実際に対面で関わる必要のある仕事や芸能関係・クリエーション・ITなどの特定の分野を除いてあらゆる仕事が電子化され、バブル崩壊やリーマンショック以上の買い手市場の時代が来ることが容易に予想される。
現在はネットビジネスの規模が大きくなっているしコロナ禍が開けて間もないこともあってまだ売り手市場が続いているが、景気の次には必ず不景気が来るように売り手市場の次は必ず買い手市場が来る仕組みがあるのだ。
だから大変なのはZ世代よりも更に下のα世代であり、AIの台頭であらゆる業務が自動で電子化される時代にあってはよっぽど手に職をつけるか特化したスキルがなければ食いっぱぐれになってしまうであろう。

現に銀行が今そうなっており、私が使っている大手銀行なんかはもうATMだけが自動で稼働しており窓口で受け付けている銀行員さんはもういないし、手帳もアプリによる電子手帳が当たり前になっている。
またコンビニやスーパー、またはファストフード店も次々と支払いのシステムが電子化されており、いずれはあらゆる業務が自動電子化されていくだろうし、そうなるとどう生き残るか?を予想していた。
まあ流石にここから先は言えないこともあるので詳細は書かないが、少なくとも就職や転職に関していうなら産業革命によって生まれたかつての工場製労働をはじめとする地の時代の働き方はもうなくなる。
何だったら「働いたら負け」の時代が本格的に来るだろう、だってクタクタになってまで働いているのに不健康に見える人と家から出ないのに健康そうな人、果たしてどっちが幸せだろうか?

こう書くと後ろ向きなことのように思われるが、私は逆で今まだ「人手だからできる事」が残されているのだから、経験できるうちに経験しておこうという考えでいるし、その子もそう言っていた。
「どんな仕事も必要があってそこにあるんでしょうけど、明らかに無駄な仕事も増えましたよね。だからその無駄な仕事を徹底的に削る引き算がこれから起こるのかなと思います」には私も驚く。
やはり勘のいい人というか世の中に対していいセンスを持っている人はたとえ若くてもそう思うだろうし、それを決して後ろ向きではなく「むしろ楽しみ」といえることが私は素敵だと思えた。
なんども言っている「風の時代への移行の過程で発生する自然淘汰」のうちの1つはまさにこのAIの台頭に伴う買い手市場の再来であり、これをどう捉えどう準備しておくかが肝要だろう。

3、社会と個人の分断がもたらす社会構造の抜本的な変化

2とも関連するが、コロナ禍によって確実に「社会と個人の分断」が起こり、このことが具現化した結果の1つが2だったわけだが、就職だけではなく教育・経済・法律などあらゆるものが抜本的に変わるだろう。
なんどもいうが地の時代の中心にあった従来の学校教育のあり方も家族のあり方も変わるであろうし、それこそリモートワークやテレワークが中心になるので、人同士が直接関わらなくても済むものが多くなる。
具体例の1つはそれこそ国民的アイドルの嵐が2020年末にやっていた大晦日のライブが正しくそれで、かつては劇場や舞台まで足を運ばないといけなかったのが配信による無観客ライブを1つのテストケースとして行った。
その後映画化もされたことでこれが大成功を収めたわけだが、今後のYouTubeはメイン動画やショート動画ではなくYouTube生配信であり、芸能人はそれこそ無観客ライブが多くなるのではないか。

また、教育の形も学校まで行って先生が教えるという形が無くなって自主学習が多くなるだろうし、大学も東京大学をはじめとした上位の難関大学を除いてあらゆる大学が淘汰されていくと思われる。
日本の大学の問題点の1つは受験戦争に伴い無駄に大学の数と進学する人たちを増やしすぎたことであり、大学がもはや専門学校と大差ない就職予備校となっているのが現状だ。
だが、今後2のように就職状況が厳しくなると大学も専門学校も、何なら幼稚園・保育所・小学校などの初等教育の段階から抜本的にあり方が変わってくるだろう。
逆にいうと、もう今や子供達は両親や学校の先生の言うことを素直に聞けない時代になっている、なぜならば教えを説いている大人がうまく行ってないのだから。

だって今の子供達の憧れは学校の先生でも両親でも、ましてやテレビや映画の向こうにいる芸能人ではなくSNSの身近にいるインフルエンサーなのだから。
日曜朝のスーパー戦隊や仮面ライダー、プリキュアよりもHIKAKIN・はじめしゃちょー・フィッシャーズ・東海オンエア・すしらーめんりく・カジサックらの方がよほど輝いている。
子供達の憧れの対象をはじめとするあらゆる社会的なものが価値観的にも構造的にもパラダイムシフトを起こしつつある今、この先に待ち受けているのは個人が国家に依存できない社会である。
かつては社会や組織の力が個人の生き方を決めていたが、今はむしろ個人の生き方が巡り巡って社会や組織のあり方を決めていくという流れになっていくのではないか。

確かにコロナは表向き去ったようだが、その遺恨は確実にこの社会を変えつつあり、「ソーシャルディスタンス」は確実に人々の心と体の双方において残っている
逆にいえば地の時代に問題となっていたことのほとんどは風の時代に移行すると共に構造もろとも変わっていくのだが、次の時代には次の時代なりの問題が発生するだろう。
そんなことを語りつつ、とても有意義な時間を過ごすことができたし、まだこういう物事をきちんと考えられる若い世代がいたことに私は一筋の光を見出した気がする。

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