見出し画像

7月某日

今月から新しい職場での仕事が始まった。
とは言ったもの5月ごろからちょいちょい仕事の手伝いをしていたので心機一転というよりはかなりヌルッと社会復帰を果たした。
いろいろあってまだ自分が働くスペースがなく、ほとんど在宅での仕事で今までの生活とほぼ変わりがないので、自分の机に何か視覚的な変化が欲しいと思い観葉植物を買ったりしてみた。ありきたりな感想だけれど毎日決まった時間に葉に霧吹きをかけたり、決まった日に水をあげたりするといったルーティンがあることはいいことだと思う。仕事はほとんど成果物でのやり取りなので自分のペースでできるし、通勤時間もないので起きてすぐ仕事に取り掛かるのだけれどなかなかスイッチが入らず、その日はふと去年一昨年の設計事務所の事を思い返していた。

右も左もわからず同期も先輩もおらずで複数物件を抱え、仕事のわからないことを相談できる人もいなかったので一年間は毎日終電で帰っていた。拘束時間の長さは特に気にしていなかったが、かなりラディカルな思想の持ち主のボスと一対一ということと、寝不足のままの仕事で精神的な疲労が溜まっていた。

事務所は駅から15分ほど山を登ったところにあり道中チラチラ振り返ると海が見えた。不便な場所だと思いつつも山の麓にあるノスタルジックな街並みと海が見える景色はとても好きだった。仕事が終わって帰りは阪急の大阪梅田行き23時45分の終電に乗らなければならず事務所を遅くても23時30分には出なければならない。夜みんなが寝静まった街を歩くのは特別な気がしてとても好きだった。回らない頭で戸締りなどをしているとたまに30分を少し過ぎてしまい、慌てて坂道を降りた。コンディションがいい時は5分ほどで駅まで走ることができた。しかし何回か仕事が終わらなかったり、人身事故やらで阪急が動かない時は、仕方なく事務所の最寄りも自宅の最寄りも阪急よりちょっと遠いJRの終電で帰った。JRの終電は0時過ぎなので阪急から歩いても間に合う。流石に気分は参るのだけど、いつもは通らない深夜の寝静まった街を歩くのはそれはそれで好きだった。

この頃の平日は、移動の時間が唯一自分の時間だったので、疲れた心を癒してくれる景色や歩いた時間はとても鮮明に覚えている。今は仕事に忙殺されているわけでもなく、そうした移動の時間もほぼないので、何気ない日常の景色が極限の状態に染み渡る特別な感覚はなくなった。あの頃に戻りたいとは流石に思わないが、あの街のあの誰もいない自分だけのものかのような時間帯、そしてあの疲れた心に染み渡る感覚が少し懐かしく感じた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?