神奈川新聞取材班『やまゆり園事件』
私が劣等感を抱くには様々な要因がありますが、「不完全な自分」を痛感した一番印象に残っているでき事は「パンダ事件」です。
それは、ハロウィンに精巧なパンダの着ぐるみを着ていった時のことで、街を歩くだけで道ゆく全ての人々が大喜びします。そのままクラブに行っても大人気で、なにをしても大ウケです。
しかし、着ぐるみの中はとても暑く、一度着ぐるみを脱ぐと周りは嘘のように冷たくなりました… (苦笑)。
あんなに笑顔でおどっていたギャルも知らん顔、あれはトラウマですね…
「美」への憧れと劣等感
手元に16枚のイラストがある(一部をP56~63に掲載)。赤や黄色など数種類の色鉛筆を使って色鮮やかに描かれた鯉と龍。鉛筆1本で濃淡を付けた人物画。筆書きの牡丹の花が添えられた年賀状も届いた。繊細で精緻。どれも彼が拘置所で描いたものだ。
絵を同封した理由は手紙に書かれていた。
《私は人間性が未熟であり容姿も歪な為に、人を不快にすることもあると思います。せめて少しでも奇麗な絵を描くことで、私の考えをお伝えする助力になれば幸いです》
彼は「美しさ」に対する強い執着と、自身の容姿への強烈なコンプレックスを隠さない。その感情を決定付けたトラウマとして挙げたのが、事件を起こす3、4年前のハロウィーンでの出来事──彼が言う「パンダ事件」だ。
パンダの着ぐるみで外を練り歩くと、すぐに周囲に人だかりができた。経験したことのない状況に戸惑いながらも舞い上がったという。だが、かぶり物を脱いだ途端、波が引くように人はいなくなった。
「着ぐるみの中に入っていた私を見て、これじゃあなって思われたんですよ」
物心ついた時から容姿に引け目を感じていた。周りからからかわれたり、いじめられたりしたことはない。しかし、その劣等感は成長するにつれて膨らみ、格好よくなりたいという一心で美容整形を繰り返し、背中や太ももに入れ墨まで彫ったのだという。
目と鼻の整形に70万円、全身の永久脱毛に10万円……。金額の大きさに驚く記者を尻目に、彼は「美しさには、それだけの価値があるんです」と邪気なく笑った。
こんな穏やかな表情をするのか。事件とのギャップに衝撃を受けながらも、友人から「気さくないいやつ」と評されていた「さとくん」を垣間見た気がした。
筆まめで手紙のやりとりも好んだ。面会で異論や反論が相次いでいたのか、18年6月に届いた手紙には、珍しく精神的な落ち込みをつづっていた。
《最近は面会する皆さま方が敵ばかりなのかもしれないと考えると淋しい》
拘置所の食事が口に合わないこと、冷暖房が効かず文章や絵を描くことに集中できないこと常に監視され、自由のない勾留生活にいらだち、外での暮らしをうらやんだ。
ある日の接見では「脱走する夢を見た」とひとり苦笑して、こう続けた。「逃げられるなら逃げたい。でも本気で考えたことはないですよ。だって、どうせ逃げても30分くらい走り回って終わりじゃないですか」。アクリル板1枚が隔てる「外の世界」を想像しているのか、視線は記者の方に向きつつも、その先にある何かを眺めるような遠い目をしていた。
「歌手とか、野球選手とかになれたらよかったと思います。ただ、自分の中では(事件を起こすことが)一番有意義だと思いました」
「命の選別」重ねるジレンマ──森達也さん
もり・たつや 1956年生まれ。映画監督、作家。代表作にオウム真理教の信者に密着したドキュメンタリー映画「A」「A2」。最新作で東京新聞社会部の望月衣塑子記者を追ったドキュメンタリー「i─新聞記者ドキュメント─」。明治大学教授
判決そのものに驚きはない。ただ、気づいたことがある。大きな事件になればなるほど被告の心の中を司法がきちんと解明できなくなっている、ということだ。
たとえば、秋葉原の雑踏にトラックで突っ込んだ秋葉原通り魔事件やオウム真理教事件における麻原法廷。大事件が起きるたび死刑という大前提が設定され、司法はそれに抗えない状況が加速している。
そもそも今回の裁判は異常だった。19人も殺害された事件で審理期間が2カ月もない。事実関係がほとんど争われなかったことや公判前生理手続きなどを加味しても、あまりに短すぎる。死刑という結論に向けて、余計なものは排除するという意思を感じるのは僕だけだろうか。
僕たちの意識の奥底にある不可視にしてきた部分に、彼はあいくちを突きつけてきた。命が平等であるならば、出生前診断はやるべきではない。脳死の判定基準はどうすべきか。これらの矛盾が標的になった。だから簡単に切り捨てられない。彼の命を選別するロジック(論理)に対抗するためにも自らの足元の矛盾を見つめて言語化し、あらためて「命は平等」という「きれい事」を掲げ直すしかない。だが、時間が足りなかった。
死刑制度そのものの問題もあった。彼が犯した罪は命を選別し「生きる価値がない」と断定して殺したこと。その彼を僕たちが「生きる価値がない」と断定して処刑する。選別に対する選別。これほどのジレンマはない。
判決確定前に彼に接見し、「控訴してほしい」と頼んだ。この国のためにも、ここで裁判を終わらせる前例をつくるべきではないと思ったからだ。でも彼は、最後まで首を縦に振らなかった。
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