NHKラジオ深夜便 絶望名言『ベートーベン』(頭木弘樹)

私は何度も神を呪った。
神は自らが作り出したものを、偶然のなすままにして顧り見ないのだ。
そのために最も美しい花でさえ滅びてしまうことがある。
「人生は美しい、しかし私の人生にはいつも苦い毒が混じっている。」
出来ることなら私は運命と戦って勝ちたい、だがこの世の中で自分が最もみじめな存在なのではないか、と感じてしまう事が何度もある。
諦めるしかないのだろうか。
諦めとはなんて悲しい隠れ家だろう。
しかもそれだけが、今の私に残されている隠れ家なのだ。
これらすべての不幸を超越しようと私も頑張ってはみた、しかしどうしたら私にそんなことが出来るだろうか
希望よ、悲しい気持ちでお前に別れを告げよう。
いくらかは治るのでないか、そういう希望を抱いてここまで来たが、今や完全に諦めるしかない。
秋の木の葉が落ちて枯れるように私の希望も枯れた。
ここに来た時のまま私はここを去る。
美しい夏の日々が私を励まし、勇気も沸いたがそれも今は消え去った。
ああ、神よ、一日でもいいから私によろこびの日を与えてください。
本当の喜びが心に響き渡る、そういうことからなんと遠くなってしまったことでしょう。
再びそんな日が来るのでしょうか。
もう決して来ない。
そんな、それはあまりにも残酷です。
不機嫌でうち解けない人間嫌い、私のことをそう思っている人は多い。
しかしそうではないのだ。
私がそんなふうに見える本当の理由を誰も知らない。
私は幼いころから情熱的で活発な性質だった、人との付き合いも好きなのだ。
しかしあえて人々から遠ざかり。孤独な生活をおくらなければならなくなった。
無理をして人々と交わろうとすれば、耳の聞こえない悲しみが倍増してしまう。
辛い思いをした挙句、又一人の生活に押し戻されてしまうのだ。
苦悩を突きぬけて、歓喜に到れ。
 羊飼いの謡う歌が聞こえてきて、みんながそれに耳を傾けているときに、私だけが全然聞こえ無かった時、それはなんという惨めさだっただろう。
自ら命を断つまで後ほんの少しの所だった。
私を引きとめたのは芸術だった。
自分が使命を感じている仕事を成し遂げないで、この世を見捨ててはいけないように思われたのだ。
僕の体力も知力も、今ほど強まっていることはかつてない。……僕の若さは今始まりかけたばかりなのだ。一日一日が僕を目標へ近づける、――自分では定義できずに予感しているその目標へ。おお、僕がこの病気から治ることさえできたら、僕は全世界を抱きしめるだろうに!……少しも仕事の手は休めない。眠る間の休息以外には休息というものを知らずに暮らしている。以前よりは多くの時間を睡眠に与えねばならないことさえ今の僕には不幸の種になる。今の不幸の重荷を半分だけでも取り除くことができたらどんなにいいか……このままではとうていやりきれない。――運命の喉元をしめつけてやる。断じて全部的に参ってはやらない。おお、人生を千倍にも生きられたらどんなにいいか!
(これだけロマン・ロラン『ベートーベンの生涯』(片山敏彦訳)から引用)

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