心理学ガール #18

変える勇気

 僕は心理学部の大学4年生。ここは学生会館2階のいつもの席。今日も僕はハルちゃんと催眠について話をしている。

ハル「先輩。動画サイトを見ていたら、催眠を掛けるという動画があって、そこで、うずまき模様のヒプノディスクというものを使って催眠をしていました。あれってどういう効果があるんですか?」

僕「ヒプノディスクは、それをずっと見続けていると、そのあとに見たものがぐるぐる動いているような錯覚というか、錯視が起きるという効果があります。それ自体に催眠を起こす効果はないかな。というか、直接的に催眠を起こす効果のあるものってないのかもしれないな。強いていえば、言楽が催眠を起こしているといえるかもしれない。少し整理してみようか」

ハル「はい!」

僕「催眠は一般に、催眠誘導により暗示のとおりに行動してしまう特殊な催眠状態となり、その結果、通常はしないだろう行動を暗示のとおりにしてしまうという現象だと考えられていた。つまり、催眠誘導と催眠状態と暗示がセットで催眠だった。だけど、以前に話したとおり、バーバーという研究者が、催眠誘導をしなくても、普通ならできない行動を起こしてしまった。つまり、催眠誘導と催眠状態は不要ということがわかってしまっている。ここまではいいかな?」

ハル「はい。覚えています。そうすると、ヒプノディスクやその他の催眠誘導はまったく意味がないってことですか?」

僕「催眠状態を引き起こすということに関しては意味がないだろう。だけど、催眠現象を起こすためには意味がある可能性もある。もちろん意味がない可能性も高い。ところで、パーバーは催眠誘導をせずに催眠現象を起こしたんだけど、催眠誘導の代わりに課題動機付けということを行ったんだ。ざっくりいえば、催眠現象はイメージによって誰でも起こせるものであるように教えるものだった。つまり、催眠現象を起こすのに必要なのは催眠状態ではなく、自分は普段起きない反応を起こせるという認識を持ってもらうことなのかもしれない。視点を変えれば、ヒプノディスクなどの催眠誘導は間接的に、催眠現象は誰にでも起こせるものであるということを伝えているといえる。そう考えれば、ヒプノディスクを含めた催眠誘導には意味があるともいえる」

ハル「なるほど。催眠状態を引き起こそうとする催眠誘導の中に、実は、催眠現象は自分が起こせるものだというメッセージが含まれているから、結果として、催眠を成功させていたかもしれないということですね」

僕「そのとおりだね。催眠愛好家が催眠をやるとき、必ずそれぞれの理論をもって催眠をしているはずで、その理論ってのは、催眠誘導と催眠状態と暗示の3点セット理論であることが多い。そして、説明した理由で、3点セット理論で催眠をやって成功することもあるから、その理論を疑うことは難しいんだよね。だから、3点セット理論がずっと信じられている。それに3点セット理論を疑えないのには、催眠が成功しなかったときの説明が用意されているからなんだ。催眠が成功しなかったとき、ラボール、催眠状態の深さ、催眠のかかりやすさという、確かめようがないもので説明されて、みんなそれで納得してしまうから、3点セット理論をますます疑えない」

ハル「確かめようがないですか?」

僕「確かめようがないといういい方は間違ったかな。この前話した、結果の原因化が起きてるんだよ。多くの場合、催眠が失敗した結果をラボールがなかったと表現しているのに、いつのまにか催眠失敗の原因をラポール不足といっている。これはトートロジーでもある。催眠状態の深度もかかりやすさも全く同じ構造だからね。そして、トートロジーでの説明は常に正しくなってしまう。つまり、催眠失敗の原因の説明は常に正しい。これでは、自分の催眠理論を疑える訳がないよね」

ハル「常に正しい結果しか生じなければ、自分の考えを疑うことはできませんね」

僕「学間を身に付けるってことは、自分の考えを疑えるってことなのかもしれないね。それに、催眠状態はないという心理学的な結果を知ったとしても、それが今まで信じていた結果と真逆だとしたら、それを認めてしまうことは今までの自分を否定ことだと感じてしまう人もいるだろうね」

ハル「あー、なんかわかる気もします」

僕「自分の間違いを認めたくない人はたくさんいるよね。だけど本当は、自分が信じていた理論が否定されることは、信じていた人が間違っていた訳でも、信じてちた人が否定される訳でもないんだけどね」

ハル「なんだか、人が自分の考えを大きく変えるにはどうしたらいいのかが気になってきました」

僕「それは、人の認知を変えるというようなテーマとして臨床心理学でもあるし、説得というテーマとして社会心理学でもあるね。社会心理学の説得は、催眠に通じるところもあるからおもしろいよ」

ハル「いろいろと勉強してみようと思います。ありがとうございました」

 ハルちゃんは出口に駆けていった。