心理学ガール #20

それじゃなきゃ嫌

 僕は心理学部の大学4年生。ここは学生会館2階のいつもの席。今日も僕はハルちゃんと催眠について話をしている。

ハル「先輩。実験の結果から、人は催眠誘導や催眠状態がなくても、暗示のとおり、通常ではしないだろう行動をしてしまうという話でしたよね」

僕「そのとおりだね」

ハル「先日、その話を催眠愛好家にしたんです。そしたら、『課題動機付けという方法は実は催眠誘導だし、催眠現象が起きているならば通常の意識状態である訳がないから、催眠現象が起きているならば催眠状態なんだよ』といわれました」

僕「課題動機付けを催眠誘導としてしまうと、普段の生活の中に催眠誘導がありふれてしまうよね。催眠現象が起きていることを催眠状態としてしまうのは、そもそもの催眠状態の定義を変えてしまっているね。繰り返しになるけど、結果の原因化という誤った推論が起きている可能性が高い。間違いやすいところだから仕方がないかな」

ハル「催眠誘導や催眠状態が不要でも暗示のとおりに行動してしまうとなると、催眠イコール暗示になってしまうから、催眠を催眠と呼べない気がします。むしろ、暗示法とか暗示術と呼ぶのが合っているきがしちゃいます」

僕「そのとおりだね。極端なことをいえば、催眠現象に必要なのは暗示のみであり、催眠現象を起こしたいのであれば、どう暗示すると起きるのかということにこだわるべきだよね。催眠愛好家は、暗示の仕方も工夫はするけど、それより催眠誘導や催眠状態の深化に注力する傾向がある気がするね。前提としている理論が、深い催眠状態になればより暗示が効くと思っていればそうなってしまうのも仕方がないけど。もちろん、前に説明したとおり、催眠誘導の中には暗示の効果を強めるものも入っている場合もある。あとは、催眠において、主観的な催眠状態やトランス状態が好きな人にとってみれば、催眠状態がないという話は、自分たちが感じているものや好きなものを否定されているように思うから受け入れられないよね。僕が話していることは、決してそれぞれが経験していることを否定するということではなくて、あくまで、催眠という現象がどういうメカニズムで起きているのかを学問的に理解したいということなんだけどね」

ハル「わたしはすごく勉強になっています。学問的な催眠を知れば知るほど、人って不思議だなって思います。暗示だけで幻覚が起きるんですもんね」

僕「そのとおりだね。催眠を知ったときは催眠がすごいと思ったけど、今は、催眠がすごいんじゃなくて人間がすごいと思っている。幻覚は特別なことで、それを起こせる催眠が特別なんだっていう考えが間違っていて、幻覚が起きるのは人間が本来持った能力で、適切な働きかけでそれが起こせるんだっていう考えに変わった。催眠が、催眠というものを捨てて、人が持っている能力の引き出す方法という方向性に変わっていけばいいのになって思ってる。一方で、どうしても催眠にこだわりたい人は居なくならないだろうなとも思ってる」

ハル「それはどうしてですか?」

僕「過去の歴史で積み重なってきた“催眠”という言葉の持つ力があるからね。催眠といえば、多くの人が、人を操るすごいものだという認識を持つし、その真偽は置いておいて、そういったものを欲しがる人は必ずいる。催眠は、実は特別ではないんですよっていう説明だと、催眠の技術は求められないでしょう。人から求められるものを捨てるってのは難しいことだよ」

ハル「人は特別になりたいし、特別になれたら、それを手放したくないってことなんですかね」

僕「催眠は学問的な話とともに、なぜ人が催眠に惹かれて、それを手放せないのかっていう話があるなって思ってる」

ハル「なんか考えさせられます。今日もありがとうございました」

 ハルちゃんは出口に駆けていった。