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春の夜のミステリー「お願いします」

先日、奇妙な体験をした。
そのことを書いていくのだが、ちょっと変な話なので自己責任でっていうのと、
本稿は最後まで「奇妙なまま」というか、モヤっとした感じで終わるので、その点も理解して読み進めてほしい。

先週、僕はずっと家にこもっていた。
楽曲制作の仕事が重なっていたので、ずっと家にいて作業したり、しなかったりしていた。
そんな感じで、家で過ごしていたとある夜。
22時頃だったか、ふと部屋が静かになった瞬間に、窓の外から、
「……オッス、……オッス、……オッス、……オッス」
というような規則的な男性の掛け声が聞こえてきた。
その時は、まぁ誰かがジョギングでもしているのか、ベランダで筋トレでもしているのだろうと気にも止めなかった。

それから1時間ほどが経った、23時過ぎ頃。
ふたたび外に気をやると、「……オッス、……オッス、……オッス」という掛け声がまだ続いているのが聞こえてきた。
ジョギングなら遠ざかっていくはずだし、筋トレにしても、この寒空の住宅街で声を荒げながら1時間も続けるだろうか?

不思議に思い、ベランダに出て声のする方向を見てみた。
目に入ったのは、窓から目視できる近所のマンション。
その中階層あたりの、とある一室のドアの前に男性が立っている。
曇りガラスの柵が付いていて、その後ろ姿はぼんやりとしか見えないが(向こうからもこちらは見えない)、ラフなジャンパーを着た中年の男性だろう。

その男性が、その部屋の前でしきりに頭を下げながら、

お願いします…!お願いします…!お願いします…!お願いします…!

と繰り返している。

1時間前から、ずっと続いていた声は、これだったのだ。
いや、僕が気づくもっと前から、ずっと繰り返しているのかもしれない。

わけのわからない光景にゾッとするのと同時に、一体何が目的でそんなことをしているのか、奇妙に感じた。
文字で伝えるのが少し難しいが、この「お願いします」にはどこか感情がこもっていて、ある種の切迫感が感じられた。

最初に思いついたのは、とてつもなく根気がある訪問販売だ。
今日中にノルマを達成しないとクビになるので、なりふり構わず居座り作戦に出た超迷惑な訪問販売……、
と思ったのだが、よく注意して聞いていると、また違う可能性が浮上してきた。

この人は、「お願いします」を繰り返している合間に、
「〇〇さん、入れてください」「〇〇さん、開けてください」
という懇願もしているのが分かった。
名前の部分は聞き取れないが、訪問販売というよりは、知り合いへの懇願のような雰囲気だ。

ここで浮上した第二の可能性は、「男女関係のもつれ」的なものだ。
たとえば別れを切り出された男性が、恋人のマンションの前で必死で復縁を迫っている状況、
それか愛想を尽かされた夫が、妻に寒空の下に追い出されて部屋に入れてくれと許しを乞うている状況……、
いくつかの想像が頭を駆け巡る。

そんなことを考えている数十分の間も、件の男性は一度も休むことなく「お願いします…!」の懇願を続けている。
0時を回り夜が深まるにつれて、静まっていく街とのコントラストで、「お願いします…!」のリピートが夜の闇に際立っていく。
同じマンションの上の階の住人も様子を伺いに出てきて、階下を覗き込んでいる。
「お願いします」が始まって、少なくとも2時間以上。
ドアの前で延々と懇願する男、あまりにも異常な状況、そもそも「懇願されている側」の住人はどうしているんだ?
部屋の中にいて、ずっと震えているのか?
いよいよ、これは通報すべきか……?いや、同じマンションの住人が通報するだろうか……、と考えはじめた頃。
LINEの履歴を見ると、深夜0時15分頃。

「お願いします」の攻勢が、ピタッと止んだ。
そして、男性がスッと身を引いたのが、曇りガラス越しにも確認できたのだ。
あぁ、これはついに帰るんだな、と思った次の瞬間。


男性は、隣の部屋に帰って行ったのだ

隣人だったのか……!

つまり、これは隣人トラブルに端を発した本気の懇願だったのか?または、何かしらの嫌がらせなのか?
とにかく奇妙な状況に「一体何だったのか?」と混乱しながら、落ち着かない夜を過ごした。
そんな春の夜のミステリーだった…



だが、この話、まだ終わらない。
深夜1時半頃、窓の外からまた例の声が聞こえてきた。
すぐに、また始まった…!と分かった。
「お願いします」再開である。

しかも今度は、少し挙動が変わったようだ。
「何卒、よろしくお願いいたします…!」などの「お願いします」攻勢を数分繰り返したら、
じっとドアを見つめたり、(柵があってよく見えなかったが)玄関先にある何かを持ち上げるような動きをしたり、自分の部屋(つまり隣室)に戻ってはすぐ出てきたりしている。
さきほどまでの延々と同じ言葉を繰り返すという妙に規則性のあった行動とは打って変わって、ここでは混乱と、さらなる異常さが感じられる。
結局、しばらくの間、断続的にこの行動は続いてから収まったようだ。
頭の中の「????」が消えないまま、僕も眠った。
そんな春の夜のミステリーだった…


だが、この話、まだ終わらない。

翌朝、午前10時頃、
目を覚ますと、窓の外が明らかに騒がしい。
目覚めの悪い僕でも「まさか」という、強烈な予感に襲われ、ガバッと起き上がり、すぐさま窓を開けた。
そこに広がっていた光景は。

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駆けつけた救急車、警察。
数人の制服姿の警察官が取り巻くマンション、スーツを着た男たちが4、5人、半開きの一つの部屋のドアの前に集まっているのが見える。
刑事ドラマで見たような光景が、目の前に広がっている。
そして、その部屋は、例の「お願いしますおじさん」の部屋だ。

何があった……?

そう、この話、とりあえずここで終わりなんです。
あのあと、近隣住人が通報をしたのか、それとも何かの事件が起きたのか、
そこで何があったのか、何を「お願い」していたのか、
結局何もかもわからないまま、とにかく備忘録として記録しておくことにする。
そして、このモヤモヤをあなたにもおすそ分けしようと思ってね…。
「ミステリー、みんなでモヤれば怖くない」ってね。
うふふ

続報があったら書きます。

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