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小説「ポストマン」 コロモとイカサマ

「そんな優しい笛の音なんだもん、お兄さんは怖い人じゃないわ。」
そんな言葉から始まった。

海には海賊、山には山賊、そんな時代のどこかの国の昔々のお話。

この時代、手紙や荷物を遠方に届けるには「ポストマン」という者達に頼むというのが常識で。
何故かと言うとどこもかしこも悪い奴ばかり。山を歩けば山賊に襲われ、海に出れば海賊に襲われ、命がいくつあっても足りやしない。
そんな中、命知らず・・・いやいや世間が言うには馬鹿しかならないという「ポストマン」だけが手紙や荷物を届けられる者達なのである。
ポストマン達は皆武道を極めているのだが、一部のポストマンは指一つで巨岩を砕き、その足は空を舞うと言われている。だから、ポストマンは人によっては恐れられ、馬鹿なやつしかならないと言う人もいるのだ。

「ひ、ひいいっ、た、頼む、助けてくれっ!」
目の前の男は刀を捨て懇願した。
「そうやってお前に殺された皆も助けてと言って死んだんだ。」
懇願された者は無表情でそう言い、すっ…と右の人差し指を真横へと動かした途端、男は五体バラバラとなり死んだ。
「さて、もう少しで村だ。手紙を届けるか。」
面倒臭そうにパンパンと服についた埃をはたくコロモ。
齢15歳、女性にしてポストマンだ。しかもイカサマ達と同じ一部のものしかいない、強大な力を持つポストマン。美しい長い黒髪を上でキュッと縛り一纏めにし、少し切れ長な目をしたなかなかの美貌の持ち主だが、まだ体つきや面立ちに幼さが残る。
だが、その雰囲気に騙されてはならない。
盗賊など悪い奴らには徹底して非情、女ながらに強大な力を持つ超一流のポストマン。通称「鋼の女」と言われているのだ。

コロモはいつも通り無事に手紙を届け、ポストマン達が暮らす村へと帰ったのは数日後。
局長でありポストマンのリーダーであるマークのいる家へ報告の為に直行した。そこにはマークだけではなく、やはり仕事が終わり報告に来ていたイカサマがいた。
「よう!コロモ、帰ったか。」
へらへらした表情でコロモを迎えたイカサマ。対して至極大真面目な表情をしながら出迎えるマーク。
「ご苦労だったな、コロモ。」
「無事に依頼の手紙を届けました。」
満足そうにうんうんと頷くマーク。
「お前はイカサマと違い真面目に仕事をしてくれて助かる。」
「うるせっ!一言多いわ!」
くわっと怒るイカサマ。二人とも通常運転のようだ。
「しかし、コロモがこの村にやって来てすぐにポストマンになると言った時はびっくりしたし心配したものだが、あの時ここまで立派なポストマンになるとは思わなかったな。」
イカサマを相手にすることなく、ふとコロモを優しい眼差しで見ながら感慨深げに言うマーク。するとフンッと鼻を鳴らし誇らしげにイカサマの表情が変わる。
「このイカサマ様が勇敢に戦って助けた姿に感銘を受けて、コロモは俺みたいに立派なポストマンに憧れ見事ポストマンになったんだよなあ。」
「どうしたらそこまでポジティブになれるかねえ。」
じとっとした表情で見るマーク。
そんな二人を苦笑いしながら見るコロモ…と、ふいに開いていた窓から女性の声がした。
「あら~っ、イカサマ♥️帰ってきたの♥️♥️これから私ん家来ない?」
この村に住む女だった。
「行く~💋にゃんにゃんしまくろう♥️」
甘い声で誘われたイカサマは瞬時にデレデレした表情になり、そそくさと女と消えてしまった。
「あ、あいつ💢」
「困ったもんですね💦」
真っ赤な顔をしたマークと、そんなマークの様子にヒヤヒヤするコロモが残された。

イカサマは齢26歳。肩までの茶色がかった髪、ニコリと笑えば大抵の女性から好感を得られる自称カッコいい面立ちをしている。まあ、実際見てくれは悪くなく、今風で言うとイケメンである。
そしてマークやコロモと同様、ポストマンとしての能力が秀でている。
が、曲者ぞろいのポストマンの中でも1,2を争うとんでもない奴なのである。
酒好き、博打好き、女好きに加え、イカサマが行く所ではいつも揉め事が起こりまくり、リーダーであるマークはいつも彼に頭を悩ませているのであった。
親元や家族から引き離された子供や女を家まで戻したり、身寄りがいない子は里親を世話したり、才能があればここに連れて来てポストマンとして生きる道を作ってやる。いつも尻拭いをするのはマークなのでいい顔をされないのだが、イカサマの行動に救われた者は多く、いい顔をしないマークも実はそんなイカサマの行動を認めている。

そんなイカサマに助けられた一人がコロモである。
コロモとイカサマの出会いはこうだ。
捨て子だったコロモは物心ついた時から商家で働いて生きていた。その商家の扱いは酷く、いつも怒鳴られ、時に暴力を振るわれていた。
しかし生きる術を持たないコロモは耐えていくしかなく、怒声や恐怖に怯えながらただ生きていくだけだった。
そんなある日のこと。
コロモが6歳ぐらいの頃だろうか。
村の近くでポストマンが現れたと村中噂になった。村人達は皆、ポストマンは恐ろしいと怖がっていた。なので屈強な男達がポストマンを村に入れないよう護衛していた。
だがポストマンがどんな者か全く知らなかったコロモはどこか他人事のように聞いていた。だから、商家の主に山越えをしなければならない用事も恐怖することなく引き受けた。
暫く歩き山深くなった所だろうか。どこからか笛の音が聞こえた。耳を澄ますと近くのようだ。笛の音がする場所を探し、歩き続けていると見晴らしのいい崖にある岩の一角に腰掛けている若い男が笛を吹いていた。
男は茶色がかった髪をしており、目鼻立ちは整っている。強い眼差しをたたえていながらどこか孤独な目をしていた。
笛の音に聞き入っているコロモに気付き振り向く男。
「なんだ、お前。」
あまりにも冷たい表情、声だった。
「あ、笛が聞こえて。」
びくびくとしながら答えるコロモを一瞥し、興味なく視線を外す男。
「さっさと消えろ。俺はお前らが恐れているポストマンだ。なにか起こっても知らないぞ。」
そう冷たく言い放ち、また笛を吹き始める。
ビクッとしたコロモだったが、何故かその場を離れられなかった。

だって…。

村の人達は皆ポストマンは恐ろしいと言っていたけど、こんな優しい笛の音を出す人が恐ろしい人なのだろうか?
恐ろしい人だったら、私を見たらすぐ殺すはず。
こんな優しい音、出せないよ。

「まだいるのか、消えろ!!」
いつまで経っても離れないコロモに苛立った様子を浮かべ先程より強い口調で言い放つ男。
ハッとしたコロモは
「あ、あ、そんな優しい笛の音なんだもん、お兄さんは怖い人じゃないわ。ま、また来ます。仕事が終わったら!」
そう言い残し慌てて走り去った。
「なんだ、あのガキ。」
男は訳が分からないというように走り去る後ろ姿を憮然とした表情で見ながら呟いた。

それからというもののコロモは仕事の合間を縫っては幾度となく笛を吹いている男の元へ通った。
暫くの間、聞き入っているコロモの存在をないものとしていた様子の男だったが、いつまでもやって来るコロモにさすがに声をかける。
「なんなんだ、お前。俺が怖くないのか?」
初めて普通に接してくれた男に対して嬉しい表情を浮かべるコロモ。
「怖くない!優しい音色なんだもん!」
「なんだその理屈は。」
少し笑って答えた男。

そこから少しずつ男との会話が増えていった。
男の名はイカサマと言った。
話をしていくと、まだイカサマはポストマンになり立てで、行くとこ行くとこポストマンは恐れられ無下にされる。時には罵詈雑言・暴力を振るわれ、仕方なく力で払うとまた恐れられ反感を持たれる事態になり逆効果になってしまう。そればかりか更に激しく暴言を浴びせられる始末。罵られるのが止まらない。それ故、いつしかポストマンとしての矜持が揺らいでいた。
「盗賊がいるから届けることが出来ない人の為に、俺達は手紙や荷物を届けているだけなのになあ。」
そんなことをふと寂しそうに呟くことがあった。
「お前にそんなことを言っても分からないか。」
子供相手に難しい話をしてしまったと苦笑いしながらコロモの頭を優しく撫でるイカサマ。
「そ、そんなことない!」
子供扱いされ不満な表情を浮かべるコロモ。
「イカサマみたいな優しくて強い人がポストマンだって、いつかは皆分かってくれるよ。私だって分かるんだからさ。焦らないで頑張ろ!」
膨れっ面しながらも勇気づけようと精一杯言葉をかけるコロモに少し驚いた表情を一瞬浮かべたイカサマ。が、すぐに優しい表情に変わり
「ありがとな。」
とコロモを抱きしめる。
そんないきなりな行動にびっくりしたコロモだったが、嫌な気持ちにはならず、むしろ嬉しく思った。

それから数日後。
やっと村人達がポストマンは恐ろしくないと理解し何とか手紙を届けられたイカサマ。
仕事も終わり自分が住む村へ帰ることを話そうとコロモの働く商家へ向かった時だった。
商家がある村は盗賊に襲われており、家は火を放たれ、村人の大半は殺されていた。
「コロモ、コロモっ!」
慌ててコロモを探すイカサマ。
「イカサマ~っ。」
どこからかコロモの声がした。声がした方を見ると盗賊に背後から羽交い締めにされているコロモがいた。
「コロモっ!」
「イカサマっ!」
ニヤニヤしながらコロモに刀を向けている盗賊。
「お前も殺してやる。」
不気味にそう呟いた盗賊だったが、呟き終えた瞬間、首と胴体が離れていた。
「ひっ!」
思わず目を瞑ったコロモ。
右の人差し指を盗賊へ向かい指し、首と体をイカサマ達一部の者が持つ強大な力で切断したのだ。
震えるコロモ…そんなコロモの耳に聞き覚えのある優しい男の声がした。
「もう大丈夫だ、コロモ。」
恐る恐る目を開けると目の前に安心したような表情を浮かべたイカサマがいた。

助けに来てくれたイカサマに抱きつき大泣きしたコロモ。
その後のことはほとんど記憶がなかったが、イカサマによってポストマン達が住む村へと連れてこられたことだけは覚えている。

気持ちが落ち着いた数日後。
当時の局長に呼ばれたコロモ。
「これからあなたの面倒を見てくれる人を探すからね、安心しなさい。」
コロモのこれからについての話だった。
コロモがいた村は全滅となり戻れる状態ではない。イカサマによって唯一助かったコロモは捨て子だったため身寄りはなく、里親を探してくれるというのだ。
だが…。
「えっ、私、ここにいたい。イカサマと一緒にいたい!」
コロモは局長からの申し出を受けるのは嫌だと必死に訴えた。
生まれて初めて自分に対し優しくしてくれたイカサマ。
家族というものを知らなかった自分に初めて人の優しさ温かさを感じさせてくれたイカサマと離れるなんて嫌だ。
「そうは言ってもイカサマは独り身。家族でもない男が、一人で子供の面倒を見るのは難しい。」
困ったような表情を浮かべながら、そう答える局長。
しかも
「俺はポストマンという危険な仕事をしているんだ。いつ何があるか分からない状態で面倒なんてみられるか!」
と厳しい口調でイカサマが言う。
その時はしょんぼりと従ったがどうしても諦めきれず、どうしたらイカサマと一緒にいられるのか数日をかけて考えた。

そうだ、イカサマと同じポストマンになればいい。

そう答えを出したコロモ。
最初は難色を示した局長。
猛反対したイカサマ。
それでも諦めないコロモに根負けして、ついにポストマンになることを認めさせ…今に至る。

出会った当初は「助けてくれた優しいお兄ちゃん」という気持ちで好感を持っていたコロモだったが、いつしか恋心に変わっていたイカサマへの想い。
しかしその想いが届く可能性はゼロだ。
そもそもコロモとイカサマは年齢が離れすぎている。コロモのことを可愛いと思い可愛がってはくれるが、それは子供へ接する態度そのもの。女としては決して見ていない。
そして決定的な理由はこれ。
女好きと言われているイカサマは特定の女を持たない。
いろんな女と遊びたいから…。
というのは表向きで。
ポストマンという危険な仕事をしている以上、自分の身にいつ何が起こるか分からない。下手をすれば愛した女を危険な目に遭わせるかもしれない。愛する女を失ってしまうかもしれない。
だから本気で女に惚れない。
俺は本当はさみしがり屋の臆病者で、本気になってしまえばしたで独占欲が強いしな。
いつだったかコロモに苦笑いを浮かべながらそんな話をしてきたことがある。
子供だったコロモだからか、普通表立っては言いたくない話を心を許しているコロモに話したのだろうが、イカサマに好きな気持ちを抱いていたコロモは内心ショックを受けた。

愛されなくてもいい。
ただそばにいられるだけでいい。
それにはイカサマと同じような強いポストマンにならないと。

イカサマへの恋心を隠し、ただそばにいることだけを考え、ポストマンとなれた今、そばにいられることに幸せを感じていた。
そんな強い秘めた想いからか、ポストマンとなるべく精進を重ね続け、やがてイカサマと同じく強大な力を持ち、「鋼の女」と呼ばれるポストマンとなったコロモなのだ。

ただイカサマのそばにいられればいい。

そんなコロモのイカサマへの想いが長く続かない事態が起こってしまったのだ。

続く

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