生成AIが文化を発展させる可能性を考えてみる


1.文化に属し、文化的表現を探求するのは特権か

社会権規約15条1項(a)において、文化的生活に参加する権利が認められている。

第15条
1.この規約の締約国は、すべての者の次の権利を認める。
a.文化的な生活に参加する権利

経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約) 日本弁護士連合会

文化的表現を探求し、発展させる権利も含まれており、これは一部の人にのみ認められる特権ではない。
すなわち、文化的表現は特権的独占はされていない。
生成AIに関して、表現の民主化という名目は適切ではないと解される。

15.
(a)「参加」には、特に、すべての人が(単独で、若しくは他者と共に、又はコミュニティとして)自由に行動する権利、自らのアイデンティティを選択する権利、1つ若しくは複数のコミュニティに属し、若しくは属さない権利、又はその選択を変更する権利、社会の政治的生活に参加する権利、自らの文化的習慣を実践する権利、並びに自らが選択した言語で自らを表現する権利が含まれる。また、すべての人は、文化的知識及び文化的表現を探求し、発展させる権利、それらを他者と共有する権利、並びに創造的に行動し、創造的活動に参加する権利も有する。

社会権規約 条約機関の一般的意見21  日本弁護士連合会仮訳

2.生成AIによる文化の継承の可能性

文化の定義について、社会権規約 条約機関の一般的意見21の注釈12を参考にする。

文化とは、
(a)「特定の社会又は社会集団に特有の精神的、物質的、知的及び感情的な特徴をあわせたものであり、芸術や文学だけではなく、生活様式、共生の方法、価値観、伝統及び信仰をも含むもの」(UNESCO「文化的多様性に関する世界宣言」序文の第5パラグラフ)、
(b)「本質的には、個人が創作活動に参加し及び協力することによって生ずる社会的現象」であり、
「芸術作品及び文学(訳注:"human rights"とあるが、正しくは"humanities"。)へのアクセスに限定されるものでなく、同時に、知識の取得、生活様式上の要求及び伝達の必要でもある」(UNESCO「大衆の文化生活への参加及び寄与を促進する勧告」(1976、ナイロビ勧告)序文の第(a)及び(c)パラグラフ)、
(c)「価値観、信条、信念、言語、知識、芸術、伝統、慣行及び生活様式であり、それを通じて、人又は集団が、その人間性、及び彼らが自らの存在や発展に与える意味合いを表現するものを含む」(「文化的権利に関するフリブール宣言」第2条(a)(定義))、
(d)「自らを他の類似する社会的集団と区別するある社会的集団の物質的及び精神的な活動及び産物の総体」であり、
「価値観及び表象のシステムであるとともに、日常生活における行動及び社会的関係に必要な指針及び意義を個人に与える、特定の文化的集団が長年にわたり繰り返してきた一連の慣行」(Rodolfo Stavenhagen「文化的権利:社会科学の観点」、H.Niec(編)「文化的権利及び権利侵害:世界人権宣言50周年記念小論集」(パリ、レスター、UNESCO Publishing and Institute of Art and Law)所収)。

社会権規約 条約機関の一般的意見21 注釈12  日本弁護士連合会仮訳

これらから、簡単に以下のように定義する。
文化とは
(a)精神的、物質的、知的及び感情的な特徴をもちえる、
(b)価値観、又は表象のための行為、又は伝達するための慣行

以下、生成AIを用いて文化の継承、発展が可能か考えていく。

2.1.生成AI単体

まず文化の定義(a)について。

生成AIの学習は、目的関数をつくるために行う。
入力された内容に対応した特徴をもつ出力をする関数だ。
問と答のセットをもとにして正当率の向上を目指す。

人の学習は、客観的な物事を理解する『習得・体得』と、主観的な価値観を醸成させつ『経験・体験』がある。
『習得・体得』は誰が行っても学習する内容は同じだが、『経験・体験』は人によって学習内容が異なる。(例えば、同じ絵を見てもかっこいいと感じる者もいれば、恐いと感じる者もいる。)
『習得・体得』は年月が経ってから行っても学習する内容は同じだが、『経験・体験』はその人のこれまでの知識や経験によって学習内容が異なる。

現在の生成AIは自我がないため、正当率をあげる『習得・体得』しかできない。
「恐いもの」を学習しようとしたら、自分にとっての恐いものを見つけるのではなく、他人にとっての恐いものを覚えることしかできないのだ。
「精神的、感情的要素」を、「物質的、知的要素」に変換して学習していることになる。
「精神的、感情的要素」は「物質的、知的要素」と違って、類似性や傾向による法則よりも、精神的又は感情的要因に起因する。(例えば、同じ鳥でも鶏は美味しそうと感じてカラスは恐いと感じる、など)
他人の体験を知らない生成AIは、精神的又は感情的要因を無視して、なんとか物質的、知的法則をひねり出して関数化する。
そうして作られた生成AIの生成物は精神的、感情的特徴が欠落し、物質的、知的特徴しかもたないといえるのではないか。

すなわち、生成AI単体では、精神的、物質的、知的及び感情的な特徴をもちえる文化を継承するのは難しいといえる。

次に文化の定義(b)について。
生成AIに自我や良識はなく、価値観をもたない。
表象には精神的、感情的要素が不可欠である。
精神的、感情的意味を内在しない形だけの慣行は形骸化である。
よって、生成AIは文化の継承者足り得ないと思われる。

2.2.道具としての生成AI

生成AIを、人間の行為を補佐する道具として扱った場合。すなわち、『習得・習得』生成AIに担わせた場合。
文化の継承に差し支えないといえるのは、以下の条件を満たした場合だと思われる。
第一に、物質的、知的特徴の付与行程と、精神的、感情的特徴の付与行程が既に分離していること。
第二に、人が行わないことによって価値観や意義が損なわれないこと。
第三に、他の文化に対して、価値観、信条、信念等の変化を要さないこと。

3.文化の発展

言語の急速な消滅,及び製品,法規範,社会構造やライフスタイルの画一化により,文化的アイデンティティの危機を巡る緊張が高まり,文化多様性が脅かされているといった指摘もある。
また,国民経済が世界市場の中に飲み込まれていく状況の中で,先進国の文化産業が途上国の市場に浸透し,それぞれの地域の歴史や文化の基盤の上に発展してきた固有の文化が損なわれ,地域文化の創造性やアイデンティティが失われてしまうといった声もある。
グローバリゼーションと文化多様性の関係を考えるに当たっては,このようなグローバリゼーションの利点と問題点の双方を考慮しつつ,よく把握し,すべての人々が,他の人々の文化と価値観を自らの文化と価値観と同等に尊重しつつ,共存できるような魅力ある社会を構築することが重要である。
また,文化の交流を通じて各国,各民族が互いの文化を理解し,尊重し,多様な文化を認め合うことにより,異文化間,異文明間の新たな対話のための条件が整い,それによって,国境や言語,民族を越えて人々の心が結ばれ,世界平和の礎が築かれることが期待される。

文化的財,サービスをすべて自由無差別の原則に委ねた場合,競争原理の働きによって,多くの文化的財,サービスの市場からの退去を促し,結果的に人々が享受することができる他文化の範囲を狭め,文化多様性を損なう可能性がある。したがって,文化的財,サービスの流通の進展が,異なる文化的表現の共存を保障し,文化多様性との相互補完的な関係を構築できるように,経済,貿易の観点からのみでなく,文化そのものの観点から検討していくことが必要である。

文化審議会文化政策部会 文化多様性に関する作業部会 報告
-文化多様性に関する基本的な考え方について-

まず、文化の発展とは画一化や淘汰でないことを確認しておく。
文化の発展とは、他の文化を自らの文化と同等に尊重することを前提に、例えば精神的、物質的、知的及び感情的な特徴の表象精度の向上、行為や慣行の容易化、能動的な新たな価値観の付随などが行われることだと、ここでは定義する。

3.1.生成AI単体

2.1.同様、精神的、感情的特徴が欠落する。
文化の持つ価値観が損なわれてしまうため、難しいと思われる。

3.2.道具としての生成AI

2.2.の条件に該当する場合は価値観を損なわずに発展できる可能性がある。
では、2.2.に該当しないが文化の発展に寄与する場合があるか検討する。

(i)第一条件を満たさないが、行程を分離することで弊害なく発展することが期待される場合
分離によって価値観、信条、信念等が多少変容するものの、その変容が文化的集団にとって許容可能な場合。
自らのアイデンティティを選択する権利を侵害しないために、個人に強制すべきではない。

(ii)第一条件を満たさないが、行程を分離することによる発展が、分離することによる弊害を上回ることが期待される場合
分離によって価値観、信条、信念等を一部損なうものの、その弊害が文化的集団にとって許容可能な範囲であり、且つ許容するに値すると判断される場合。
自らのアイデンティティを選択する権利を侵害しないために、個人に強制すべきではない。

(iii)第二条件を満たさないが、新たな価値観をもつ別の文化として発展することが期待される場合
文化的集団にとって価値観、信条、信念等への影響が許容不可能であれば、それは別の価値観であり、別の文化であるといえるだろう。
新たな文化Aが既存の文化Bに対して価値観、信条、信念等の変化を強いる場合、許容可能性の問題が生じうる。

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(c)「許容可能性」とは、締結国が文化的権利の享受のために採択する法律、政策、戦略、プログラム及び措置が、これと関係する個人及びコミュニティに許容可能な方法で策定・実施されるべきであることを意味する。

社会権規約 条約機関の一般的意見21  日本弁護士連合会仮訳

他の文化の表現の精神的、感情的特徴を取り去って物質的、知的特徴を非倫理的に利用することは問題視される。

文化的多様性に関する世界宣言
第8条
(略)文化的財・サービスは、アイデンティティー、価値及び意味を媒介するベクターであり、単なる商品や消費財としてとらえられてはならない。

文化的多様性に関する世界宣言 文部科学省

別の文化の発展のために、(或いは経済,貿易の観点から、)ある文化に対して価値観を損なうよう求めるのは、文化多様性を脅かす行為であり、文化の発展とは言いがたい。
関係する個人及びコミュニティに許容可能であることが求められる。

(iv)第三条件を満たさないが、他の文化に対して、価値観、信条、信念等の変化を要する必要性がある場合
二つのパターンが挙げられる。
(ア)社会権規約第4条より、正当な目的を有し、この権利の性質と両立し、かつ民主的社会における公共の福祉の促進に必要不可欠な場合に制限を課すことができる。(条約機関の一般的意見21第19パラグラフ)
文化の価値観に変化を強要することは、文化的多様性を脅かす行為である。
ある文化の発展のために、ある文化に対して制限を課すというのは、よほど公共の福祉を害するようなものでなければ難しいと思われる。
(イ)規約で認められている他の権利を制限してしまわないよう調整が必要な場合(条約機関の一般的意見21第18パラグラフ)
例えば、「15条1項(b)科学的進歩及びその応用による利益を享受する万人の権利」が考えられる。
しかし、科学的進歩には文化的多様性に配慮することが求められている。
科学的進歩と文化的多様性どちらか一方に偏るのではなく、対話と合意が必要だと思われる。

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受容可能性は、科学研究の公正性と人間の尊厳を保障するために、倫理規範(例:「生命倫理と人権に関する世界宣言」で提示されている諸規範)が科学研究に組み込まれなければいけないことを意味する。こうした規範の例として、(略)文化的多様性と多元主義に十分配慮するべきであるとする規範が挙げられる。

社会権規約 条約機関の一般的意見25  日本弁護士連合会仮訳

(v)時代の変化に伴って文化が変化していくのは必然であるという論調
「流れは止められない」というフレーズである。
確かに、「新たな文化の出現によって新たな価値観が生まれる」という流れは止められないだろう。
それを止めるということは他の文化を尊重することと真逆である。
では、「自らの文化に新たな文化の価値観を取り込む」流れはどうだろう。
異文化の価値観を取り込むことについて、強制によるものは同化と呼ばれ、自発的なものは統合と呼ばれる。
(ア)統合の場合
異文化の価値観を取り込むか否かの決定権は各人が持っている状態であるから、流れがあろうとも、各人の選択肢が狭められることはない。
(イ)同化の場合
異文化の価値観を取り込むか否かの決定権が制限され、選択肢が狭められることになる。
それが法律や政策によるものならば、それに関して参加する権利を有する。

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(e)(単独で、若しくは他者と共に、又はコミュニティ・団体内部において)自らの生活様式及び第15条第1項(a)に基づく自己の権利に対して影響を与える可能性がある重要な意思決定手続に、積極的に、十分な情報に基づき差別を受けることなく、自由に参加する権利。

社会権規約 条約機関の一般的意見21  日本弁護士連合会仮訳

締結国はそれを奨励する中核的義務を負っている。

55
(e)マイノリティグループ、先住民又はその他のコミュニティに属する人々が、自らに影響を与える法律及び政策の立法及び実施に参加することを許可し、奨励すること。

社会権規約 条約機関の一般的意見21  日本弁護士連合会仮訳

流れに関与する権利を有しているのだから、流れを変える可能性は潰えていない。

4.生成AIによる創作性への懸念

生成AIが普及した場合、創作性が認められる範囲が狭まることが懸念される。

一般の用語法としても、「学術的」、「芸術的」という形容は、ありふれた レベルの論述や作品ではないことを意味し、同様に「文学的」あるいは「音楽的」という言辞は、専業の作家や作曲家の作品ではなくても、それに準ず る程の内容と形式を備えたものを指していうのである。このように、「文芸、 学術、美術又は音楽の範囲」という文言は、単に産業の範囲ではないとか上述のような横の関係だけでなく、創作性の程度についても含意しており、前述の最高裁判決がいう「独創性及び美的特性」も、同様の趣旨からのものであると解される。

著作物の創作性と無体物性 - CORE

ありふれた表現は創作性が認められないとされる。(例:木目化粧紙事件)
生成AIは創作的寄与を行わずとも完成した状態の非著作物を出力する。
それが誰でも容易にできるということは、生成AIが普及すればするほど、あらゆる創作的表現が(創作意図がなくとも容易に表現可能な)ありふれた表現化するのではないかと懸念する。
そのような状態は果たして文化の発展に繋がるのか、甚だ疑問である。

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