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スーツの制作

なぜ作るか

私は建築を主とした設計の研究をしているけれど、モノを作ること全般に関心がある。建築の研究に進んだのは、他のモノより建物が好きだからではなくて、建築というのが最も包括的な仕方でモノづくりを扱っていると考えたからだった。今ではこの考えには問題があるとも思っている。変なヒエラルキーが持ち込まれてしまう。

人が作ったモノを見るだけではなくて、自分で作ることによって分かることがある。いろいろなモノを実際に作ってみながら、作ることについて考えたい。特に衣食住は生活に必須のものであるから、服は外せない。そういうことで、スーツを作ってみた。スーツは、世界中で標準的な男性服となっていて、これが何なのか知りたいと思う。

服作りに関しては正式な教育を受けたことはないけれど、好きで良く作っている。ただ、これまでは、裏地や芯地がない服しか作ってこなかった。形がテーラードジャケットでも、構造的にはワークジャケットのようなものとか。たとえば、ブルーシートの服

一般的なスーツの上着というのは、たくさんの芯地やパッドの類が入っている。芯地やパッドは、補強のためのものもあるけれど、多くは見栄えをよくするために入っている。つまり、皺がなく立体的な造形を生み出すために入っている。でも、それがあるせいで作る作業は煩雑になり、使う側も洗濯機にかけれなくなる。スーツのようなものが日常的な服装として一般化しているのは奇妙なことだ。別に皺があったっていいじゃないか。そんな風に思っている。でも実際のところ、芯地がある服を作るということが、どんなことなのか、自分で試したことがなかった。見るからにめんどくさいので、怖気づいていた。やったことがないことについて話すのはできれば避けたい。この機会に芯地も裏地もある伝統的な作りの服を作ってみる。これはその記録です。アマチュアなので、プロからすれば可笑しなことを言っているかもしれない。

パターンの作成

古いパターンなら無料のものをインターネットでいくらでも見つけることができる。Internet ArchiveでTailoringで検索するとたくさん見つかる。今回は1907年刊行のGrand edition of Supreme system for producing men's garments(これは服飾標本家の長谷川さんが展覧会で紹介していたものだ)のSack Coatのダブルブレストをもとに作成している(これにダーツを加えたり、丈を短くするなどの変更を加えている)。サックコートというのは、今のスーツの上着の原型のようなもの。

服のパターンは身体の採寸を変数とした幾何学形状に基づいて規定されている。コンピューターが普及するずっと前から「パラメトリックデザイン」だったわけだ。一般的には紙に製図したのちに、さらに部材ごとに型紙をつくる。今回は型紙をつかわず生地に直接製図してみた。どうもイタリアではそういう作り方をすることがあるようだ。Sartoria PerraというイタリアのテーラーのYoutubeチャンネルなどでその様子が見れる。普通に製図すると、前身頃と後ろ身頃が重なるところができるので、前と後ろをすこし離して製図する必要がある。チャコがみあたらずパステルで描いたころ、線がふとすぎた。またラペルのあたりは形をどうしようか試行錯誤している。


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ところで今回の生地は縦じまがあるので、これが製図の目安に使えた。チェックだったらさらに製図に好都合だろう。

生地はもいらもので、「御幸毛織」製の良いものだけれど、虫食いだらけだった。ただでもらったので文句はいえない。解体される家から出てきて捨てられる予定だったそうだ。表の生地だけでなく、裏地につかった着物の裏地の絹や、ボタン類も別の解体される家からもらったものだ。今回購入したのは、ミシン糸とバイアステープだけ。材料費100円。

既製服はだれでも着れるようにアームホールを大きく作っている。それに比べると古いビスポークの洋服はアームホールが小さい。Grand editionでは、鎌の深さ(肩と脇の下の高さの差)が、胸囲の1/3+3インチ(76mm)でかなりきつい(脇の下にほとんどゆとりがなくなる)。1937年のProgressive tailorでは、胸囲の1/3+31/4インチと、1/4インチ深めになっている。今回もそれくらいにしている。ちなみにあとで参照する日本の「男子服の製図から裁縫まで」では胸囲の1/3+2寸3分(87.4mm)であり、さらに深い。日本では当時からアームホールが大きい服が好まれてきたようだ。アームホールが大きいと脱ぎ着しやすくなるけれど、腕はうごかしずらくなる。

縫製

縫製の仕方は動画や本で調べた。Ateier Saisonという日本の縫製工場のYoutubeチャンネルをみて大体を把握した。これは現代の一般的な作り方なので、接着芯を多用する。接着はそのうちはがれるので使いたくない。昔のように芯を縫い付けたい。昔ながらの作り方はRory Duffyという人のチャンネルSartoria PerraのチャンネルLaurie Kurutzという人のチャンネルなどで把握する。そのほか、後になって日本のテイラーまなべというチャンネルをみつけた。これも伝統的な製法。

Atelier SaisonはBGM以外は素晴らしいと思う。世界中の人たちがこれを見て勉強していることがコメント欄からうかがい知れる。Perraはイタリアで、歴史と場所に根差して作っているかんじがする。おおらかさがある。Rory Duffyさんはアイルランドのテーラーの家の出身らしい。センスが良くかっこいい。すごく腕の良いテーラーだったけど、ニューヨークではその良さを理解するひとが少なく食っていけない、というような内容の記事をみつけた。故郷でテーラー教室をやっているようなので行けたら楽しいだろう。

細かいところは本も参考にする。Grand Editionに裁縫についても書いてある。そのほか、Tailoring ManualHow to tailor、国会図書館オンラインで読める「男子服の製図から裁縫まで」などをみた。ちなみに国会図書館オンラインで「裁断法」で検索すると昔の日本の洋服のパターンがいくつも見れる。洋服のパターンがどのように日本で独自の進化を遂げたのかを調べたいけれど、いまはまだできない。

製図後、部材を切り出し、躾糸で印をつける。なんで糸でつけるんだろう、チャコでいいではないか、と思ったけれど、重ねた二枚を同時に縫うことで左右対称にできるし、表裏両面から見えるという利点があるのだろう。

ダーツを入れる。縫う前に切り込みを入れるべきであった。

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ポケットを作る。これまではパッチポケットしか作ったことがなかった。こういう生地の裏に隠れるポケットは作るのが大変そうだった。慣れればそれほどでもないかもしれない。

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芯をつくる。Grand Editionをもとに、「男子服」も参考にする。素材は麻。本当はもっとかたい麻のキャンバス地を使うようだけれど、普通の麻布。切り目を入れたりして立体的にしたのち、ハ刺しというやり方でもう一枚縫い付けてで部分的に厚くする。この部分にはHymoという馬の毛の芯地を使うのが本格的らしいけれど、手元にないので麻だけでつくる(「男子服」でも麻だけになっている。おそらく当時は日本に馬の毛の芯地がそんなに流通していなかったからではないかとおもう)。

DuffyやGrand Editionでは、この上にさらにウールの芯をはっている。Grand Editionではこれが背まで一周している。手持ちのふるいジャケットもそうなっている。「男子服」ではこれは省略されていて、今回も省いている。

現代のジャケットは肩パッドがあるものが多い。Grand Edition の時代には肩パッドはなかった、あるいは少なくとも一般的ではなかったようだ。当時は前身頃が型の後ろまで伸びている。その下にも芯があるので、実質的にこれが薄い肩パッドになっていたのだと考えることもできるのではないだろうか。Wikipediaによれば女性のジャケットの肩パッドは1930年代に普及した。男性服についてはどうなのか。1956のTailoring Manualは、肩パッドの扱いも書いてあるから一般的だったと思う。なんとなく、1940年代頃から妙に肩が張った背広が一般化した印象をもっている。肩パッドの一般化にともなって身頃の形も変わって、肩の縫い合わせも肩の真上にくるようになったのではないかと想像している。実際どうだったかわからないので、わかる人はおしえてください。

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芯をラペルに貼る。これもハ刺し。曲げた状態で縫い付けることで立体感がでるようだ。ラペルの裏に糸がすこし出るのだけれど、その量をできるだけ小さくしたほうが綺麗みたい。縫うときに左手の指で針の先を感じて、この量を調整する。針がちくっとしたら、出すぎているよう。

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芯を切りそろえてテープで身頃に縫い付ける。縫い目が表面に出るのが目立たないか心配だったが、そんなに見えなかった。

襟の取り付け方は、いろいろあるみたい。「男子服」の説明はちょっとわかりづらかった。How to tailorの記述がわかりやすかった。他にはこれを参考にした。襟裏は襟表は持っていた古いジャケットと同じやり方でつけた。襟裏を包むように手縫いする。でもこのやり方は硬い生地で用いるべきもので、今回の生地ではほつれるかもしれない。

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また、仮縫いの時点で生地の柄のバランスを十分に確認せず、左右で柄がずれてしまった。

あとは、袖や裏地をつけて、ボタン穴を作ったりして完成。

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ズボン

1936年のThe Progressive Tailor に出ているFashionable Knickerbockerをもとにパターンを作成。昔のズボンは股上が大きい印象があるので、そこは1インチ短くしてみた。ニッカーボッカーにしたのは、長ズボンだと生地が足りなかったこともあるけれど、サイクリングが好きだからそういうのが欲しかったこともある。パターソンという画家が描いている昔のサイクリングの絵などでは、みなニッカーボッカーをはいている。Plus Foursとよばれるちょっと長めのものらしい。


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使った生地は上着とおなじ。虫食いがない部分をジャケットに使ったのでズボンは虫食いだらけになるしかなかった。まず、虫食いを布で塞いだ。「かけはぎ」をちょっと試みたが、何時間あっても足りないことがわかったので、普通に生地を縫い付けた。

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製法は、「男子服」に従った。ジャケットに比べるとつくるのは容易。

まず、手前のぶぶん。右のパーツは「天狗」とよばれている。ネーミングは面白い。「男子服」ではポケットは「カクシ」と呼ばれている。

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作っている間に生地を誤ってきってしまった。縫いふさいだ。

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ポケットのあたり「男子服」では見えないところで結構手縫いをするのだけれどそこは構造を変えてミシンにしたりしてアレンジしている。

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あまり写真を撮らなかったけれど、それほど大きくは現代の製法とかわらないとおもう。ただし、ロックミシンが普及していない時代の作り方なので、現代だったらロックミシンで処理するような布の端部を、手縫いで処理したり、あるいは切りっぱなしにする。上着のばあい、裏地があれば布の端部が隠れるので処理する必要がなかった。

完成したズボン。パターソンの絵で描かれるものにくれべれば細めか。

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着て見たようす。

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感想

伝統的な製法は手縫いがおおい。時間がかかる。今回、毎日作業を続けたわけではないけれど、全部で1ヶ月かかった。毎日朝から晩まで作業しても1週間くらいはかかりそう。ビスポークのスーツが何十万円もするのもうなづける。ラペル裏のハ刺しは、細かくやろうとしたらプロだって何時間もかかるだろう。何かお祈りしているような気分になる。瞑想や念仏のような効果があるかもしれない。ただし、僕は精進がたりず、縫いながらいろいろ考えてしまう。ミシンのほうが、集中して余計なことを考えないかもしれない。多分ミシンより手縫いのほうが、手の動かしかたのヴァリエーションがたくさんあって、動作を習得していく過程は楽しい。習得された動作のリズムが、縫い目の形にあらわあれる。手縫いには指ぬきが欠かせないといわれているけれど、まともな指ぬきを持っていなかったので使ったり使わなかったりした。指ぬきをちゃんと使った手縫いのやり方を今後習得したい。伝統的な製法は躾糸の出番がおおい。これまで仮止めはピンを使っていたから、あまり躾糸をつかってこなかった。現代の(そんなに高くない)既製服の作り方では、完璧なパターンに部材を切り出しておいて、ほぼミシンだけで縫うと思う。裁縫工場で働いたことはないので、Youtubeの動画などから推測しているだけだけれど。躾糸はあまりたくさん使わないと思う。伝統的なやり方は縫い代を大きめに部材を裁断して、躾糸で仮縫いなどしながらちょっとずつ調整していく。現代の産業的なやり方より時間はかかるけれど失敗はしにくいだろう。縫製の労働力との比較で生地の値段が全体的に高かった時代のなごりなのかもしれない。布を大切にしている感じがする。細かいところの仕上げは手縫いなので、ミシンの技術もあまりいらない。現代的なやり方にくらべると、手間はかかるけれど、だれでもある程度の完成度で作れるのではないか。

課題

今回の制作の課題を列挙すると、
・カラーの柄が左右で合ってない。
・ラペルの端のラインと生地のストライプ柄が平行になっていない。平行にするものだということに後になって気づいた。そのために見返しを身頃ではなくラペルで柄の方向を合わせて裁つべきだった。
・カラーの高さが大きめなのに比べてラペルが少し小さすぎるかもしれない。またカラーの形も少し不格好だ。
・カラーのスタンド(ミシンで刺している)の端がラペルの折り目と一致していない。
・胸ポケットの位置がすこし高すぎる。ポケット口がすこしいびつ。
・右前身頃の裾がきれいに落ちていない。裏地に十分な余裕がなくて裾を引っ張っているのが原因だろう。
・肩から首元にかけて皺がよる。「男子服」に従えば、仮縫いのときに肩の傾斜をゆるやかに修正すべきであった。Every day alterationによればこの皺の原因はもっといろいろあって、裁断ではなく縫製の問題であるばあいもある。わからないけれど、今回のばあい、芯地を肩から首にかけて固定している部分の位置がまずかったり、あるいはカラーの付き方に問題があったりするのかもしれない。後から芯地の上端の余分な部分を取ったり、肩の縫い目に縫い付けている位置を変更したらすこしましになった。
・袖の取り付け角度がおかしい。そのせいで腕を真下におろしたときにしわがよる。
・袖の肩への取り付け部分にゆがみが生じている。
・袖口が大きすぎた。
・ボタンホールがきれいでない。適当な糸で適当にやったのがいけない。太目の糸を使うべきであった。
・裏地をいせ込むところで、均等にとめられていない。
・余分な縫い代を切り取るのがもったいなくて多めにのこしたまま縫製した。そのせいで特に背の裾のラインが歪になった。
・ラペル裏のハ刺しや袖のまつり縫いで、糸が表面に出すぎている。最大で3ミリほど出ている。本当はほとんど見えない程度しか出ないようにすべきだろう。
・ポケットフラップの手縫いが歪。
・仕付け糸のラインでミシンをかけた個所で、仕付け糸を取り去るのが難しく少しのこっている。
・裏地を適当な着物の裏地から取った生地で作った。袖は通りは悪い。
・芯地をあまり厚くない麻でつくった。着心地は悪くないけれど、そのうちどうなるかはわからない。形がくずれるかもしれない。

ズボンについては、
・そもそも生地が虫食いだらけ
・作っている途中で生地を切って穴をあけてしまった。
・裾のストラップの上の部分(シャツの剣ボロに相当する部分)で生地が重なるようにパターンをアレンジしたのにストラップ(シャツのカフスに相当する部分)の長さを長くすることを忘れていた。ストラップが短かったので、本体にダーツを加えることで裾回りの周囲を調整した。
・腰ポケットの位置が通常より高い。

下の写真では特に右肩の首元のシワと腕のシワがはっきり見える。

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プロのテイラーになろうとおもったら、こういうところをひとつひとつつぶしていって、より完璧なものを作ろうとするのが王道なのだろう。自分としては、その方向を目指すのはキリがないとも感じる。上記の課題は気になるというだけで、べつに気にしなくても良いとも思う。むしろ、ろういう細かなところは気にせずに適当に作られたものが好きでもある。と、強がってみる。しかし、皺などの欠点を一つ一つ消去していくのが、スーツの美学なのかもしれない。スーツ作りにおいてはいかに皺を減らすかというテーマで膨大な努力がなされている。
歴史の中で衣装というのはいつも、自らの経済的な豊かさを誇示するために用いられてきた。皺がなくフィットしたスーツも豊かさの象徴として求められたのだろう(常にそうだということではないにせよ)。皺を気にしたくないのは、そういう富の誇示に関わりたくないということもある。20世紀中盤以降、ジーンズのような、シワがあるどころか汚れて穴が開いていても良い服がファッショナブルなものとして一般化したことは、民主的な革命的だったとおもう。
大量生産の一般化と品質の向上によって、現代では服装で人の経済的な豊かさを推し量ることが難しい。それは素晴らしい達成であったように思える。しかしそれは(少なくとも一部分では)ファストファッション産業において典型的な、安価な労働力の搾取とエコロジーへの負荷に依存している。この矛盾にどうこたえるか。

今後の考察事項

・高級品のビスポークでも大量生産の既製品でもない、ヴァナキュラーな服作りのあり方について。伝統的なビスポークと現代的な大量生産の、よいところだけを引き継ぎ、欠点を捨て去ることは可能か。たとえば金持ちが富を誇示するためではない、普通の人のためのビスポーク。社会的・環境的な公正さの観点がもとめられる。しかし倫理にとどまらず、美学を問うこと。
・完全さを求める方向性と不完全さを肯定する方向性の葛藤について。どの程度凝って、どの程度適当にするのが良いのか。計画性と即興性。










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