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建築の必要多様性


日本建築協会の論考コンクールというのがあって、昨年度は「DIYとギフトエコノミー」というタイトルで書いて奨励賞をもらいました。今年度(テーマは建築におけるダイバーシティ)も応募してみましたが、残念ながら落選。このままだと誰にも読まれないのでここに公表します(応募時からは少し変えています)。

1.はじめに
社会における「多様性」(diversity)の必要性は、公平性や社会的包摂という倫理的な理由からだけではなく、社会システムの持続可能性という論理的な理由から主張される。後者にかんしてはサイバネティクスの研究者W・R・アシュビーが提唱した「必要多様性の法則」(The Law of Requisite Variety)が論拠とされることがある (注1)。これは、環境からの攪乱を受けるシステムが環境に適応するためには、環境からの攪乱の多様性より大きな多様性をシステムじたいが取りうる必要がある、というものである。
必要多様性の法則はシステム一般について妥当すると見なされ、生態学における生物多様性(biodiversity)の議論(Ostron 1995; Kolb 2018)、経営学における環境に適応する組織形態の探究(Beer 1974; Espejo 2000, 2015; Geoghegan and Pangaro 2009; Boisot, M. and McKelvey 2011)、社会学における市民参加によるガバナンスの研究(Josepp 2009)、建築・都市論におけるトップダウンの計画からボトムアップの計画への転換の主張(Turner 1976; Rochet 2008; Batty 2010; Salingaros 2015; Rochet and Belemlih 2017)などにおいて、理論的な参照項となってきた。
本論ではアシュビーの経営学や、建築・都市論における受容を概観したのち、これが建築の設計施工のプロセスの可能性に与える含意を考えたい。

2.必要多様性の法則とその受容
2.1 必要多様性の法則
サイバネティクス(cybernetics)とはシステム論の一種であるが、その語源は「梶をとる人」であり、たとえば航海において船乗りが波や風の中で舵を調整し目的地に到達するように、直接コントロールできないものの中でコントロールできるものを調整し目的を達成する技術の理論化である(ウィナー 1948)。そこで、実際に行った行動の結果に基づいて制御するという「フィードバック」(feedback)の概念が導入された。サイバネティクスにおいては当初から、環境に適応するシステム一般に共通した振る舞いの解明が目指されていた 。(注2)
サイバネティクスの文脈における多様性(variety)とは、システムがとりうる状態の量である(Ashby 1956)。なお、英語のdiversityとvarietyは同義とみなせる。必要多様性の法則とは、「ある量の攪乱がなんらかの本質的な変数に達することがレギュレーターによって阻止されるためには、そのレギュレーターは少なくともそれと同じ量の選択が可能でなければならない。」(Ashby 1960, p. 229)あるいは、「多様性のみが多様性を打ち砕くことができる」と言い表される(Ashby 1956, p. 207)。船がコントロールされるためには、波や風といった環境の攪乱の多様性に見合う、梶や帆がとりうる状態の多様性がなくてはならない。コントロールとは例えば船の傾きをある変数以内にとどめることである。帆のとりうる状態の多様性が低くて強風による攪乱を防ぐことができなければ、船はこの変数以上に傾いて転覆するだろう。アシュビーはこうしたことを、数理モデル上において示したのだが、具体的な論理については注に示す (注3)。必要多様性の法則ゆえ、環境より多様性の小さなシステムが必要多様性を満たすようになるためには、環境からの攪乱の多様性を減らすか、システムの多様性を増やす必要がある。システムの多様性に限界がある場合は、環境からの攪乱の多様性を下げるしかない。その方法としては環境からの攪乱の中にある制約を発見することがある(Ashby1960, p. 247)。この考えを進めることでアシュビーは、良いレギュレーターとは、環境のモデルであるということを主張した(Ashby and Conant 1970)。

2.2 経営学における必要多様性
経営学において必要多様性の法則は、「なぜ複雑な国際環境への対応として企業は意図的にチームのダイバーシティを増大させているのかの説明を助けると考えらえている」(Bartel-Radic and Lesca 2009)。この意味でのダイバーシティとは構成人員の属性の多様性である。しかし組織のメンバーの属性の多様性は、組織の応答の多様性を増大させる一つの要因にすぎない。
サイバネティクスの研究者スタッフォード・ビーアはアシュビーの必要多様性の法則をベースにした経営理論を展開した(Beer 1974)。前述のようにシステムが必要多様性を満たすようになるためには、環境からの攪乱の多様性を減らすか、システムの多様性を増やす必要がある。これをビーアは、システムの多様性より多きい多様性を持った環境においてシステムが安定するためには、環境からの攪乱の多様性が減衰器 (attenuator)によって縮減され、逆にシステムから環境への作用において多様性が増幅器(amplifier)によって増大される必要があるとこととして捉える。ビーアが提唱する「生存可能システム」(viable system)とは、動的システムについてのモデルを含む自律性のある動的システムが入れ子状に構成されたものであり、この入れ子のそれぞれのレベルで必要多様性を満たす多様性の縮減と増大が行われる。
ラウル・エスぺホ(Espejo 2000, 2014)は、ビーアの生存可能モデルを展開させながら、トップダウンのコントロールに基づく階層型組織に代わる組織構造を探求している。トップダウンの組織は、上位の人間にとっての下位の人間の振る舞いの多様性が縮減されることで、上位の人間にとってコントロールしやすい組織になるが、組織としての多様性も低くなるため、環境に適応できない。そこでエスペホは、現場の裁量による判断を重視する。現場の自律的な自己組織化によって環境の多様性に対処し、それでも処理できない「剰余の多様性」を上位のレベルで対応する。しかし、このような現場の自律性が、組織全体の機能と矛盾しないために、組織の諸目的の(暗黙的ないし明示的な)合意が求められる。

2.3 建築・都市論における必要多様性
都市論における必要多様性の含意は、一つには都市というシステムが環境に適応して持続するためには、都市じたいが多様性をもたなくてはならないということである。都市の多様性とは、たとえば産業の多様性である。ジェイン・ジェイコブズは(Jacobs 1960)、アシュビーの必要多様性の法則には言及していないものの、多様な産業を持つ都市は単一の産業に依存する都市より安定すると説いた。
建築家のジョン・ターナー(Turner 1976)は、管見のかぎり、建築・都市論において必要多様性について最初に論じた者の一人であろう。ターナーは南米における住居政策にかかわるなかで当時スラムとして問題視されていたインフォーマルな居住地に積極的な価値づけを行った。公的機関によって集中的に計画、建設、管理される大規模な集合住宅に比べ、インフォーマルな居住地のように住民のコミュニティによって分散的に計画、建設、管理される居住地は住民のニーズに合ったものとなる。ターナーは前者を「他律的住居システム」(heteronomous housing system)、後者を「自律的住居システム」(autonomous housing system)と呼ぶ。他律的住居システムにたいする自律的住居システムの優位性の根拠をターナーは、公的機関が住民のニーズの多様性に見合う必要多様性を持たないことに求めた(山口 2016a, 2019a)。
他には、サリンガロス(Salingaros 2015)が建築の分野で必要多様性を論じている。彼の見方では、構築環境(建物、街路、街区、都市)と人間社会は相互に統制(govern)しあうシステムである。そこで必要多様性の法則が意味するのは、構築環境の多様性と人間社会の多様性は同程度となるということであり、「単調で過度に単純な構築環境は、人間社会を抜本的に単純化し、それが持つ自然な適応能力を弱体化させる」ということである。そして、構築環境の形態的多様性は、トップダウンのコントロールにではなく、ユーザーと構築環境とのローカルな相互作用のなかで生み出される。
近年のシステム論的な都市論の展開において必要多様性について言及している研究者として、バッティ(Batty 2010)やロシェ(Rochet 2008; Rochet and Belemlih 2017)がいる。バッティは、必要多様性の法則ゆえ、都市をコントロールするシステムは「都市それじたいと同じ多様性あるいはダイバーシティを持つシステム」であるとし、それゆえ今日の都市の複雑性にたいしてトップダウンのコントロールは不可能であり、ボトムアップのものだけが成功すると考える。ロシェはバッティの議論を引き継いで都市のデザインはボトムアップであるべきだとして、近年の「スマートシティ」の提案における技術中心主義的傾向を批判する。スマートシティはオートポイエティックなエコシステムとして見なされるべきである(「オートポイエーシス」(autopoiesis)の理論については後で説明する)。そのデザインとは「あなたの問題は私の技術で解決できます」という「解決主義」(solutionism)的なものではありえない。「オートポイエティックなエコシステムとしてのスマートシティは、不完全な世界の不完全な都市であり、その環境の進化に応じて自らをリフレームすることのできるものである。」必要多様性の観点から、そのためには市民中心的なアプローチが求められる。市民主体の分散的で集合的なセンスメイキング あるいは学習こそが、環境の変化に適応した都市のリフレームを可能にするものとして、スマートシティの核に置かれるべきである(注4)。それは例えば市民参加型の都市デザインという形をとる。

3 必要多様性の再考
3.1 法則というより仮説として
必要多様性の法則は、「法則」とは言うものの、環境に適応できる現実の諸システムが実際に持つ一般法則として帰納的に実証されているとは言えない。もちろん実証的な研究も存在するが(e.g. Bartel-Radic and Lesca 2009)、そこで示唆される必要多様性の法則の妥当性は限定的なものである。アッシュビー自身の主張は、数理的なモデルを仮定したとき、この法則性が演繹できるということである。現実のシステムからこのモデルへの抽象化が正しいかどうかは問うていない。このモデルへの抽象化は、アブダクション(abduction、仮説生成)であり、現実のシステムにおける必要多様性の法則の妥当性は、仮説である。この仮説の価値はまずは多様性の観点からシステムを理解するための視点を提供することであろう。

3.2 ファーストオーダー・サイバネティクスとセカンドオーダー・サイバネティクス
必要多様性の議論の前提として、そもそも「システム」をどうとらえるかということがある。システムを扱う視点の違いによって、ファーストオーダー・サイバネティクス(first-order cybernetics)とセカンドオーダー・サイバネティクス(second-order cybernetics)が区別される(Glanville 2003)。ファーストオーダー・サイバネティクスは外部から観察されるシステムを扱うのにたいして、セカンドオーダー・サイバネティクスは観察を観察するシステムを扱う。自動操縦の船はファーストオーダー・サイバネティクスにおいて扱われるだろう。そこでは外部の人間が、船の向かうべき目的地やその作動が従うべきアルゴリズムをプログラムし、それにしたがって船が作動する。この見方でシステムとして扱われるのは船でありそれをプログラミングする人ではない。ここで視点を移し、船だけでなくそれをプログラミングする人間をまとめてシステムだと考える。この人間は船の自動操縦を実験してみて上手くいかないときは、目標を再設定しプログラムを組みなおすなどして船を改良するかもしれない。このシステムは、外部から目的地や作動をインプットされるのではなく、自律的に作動する。セカンドオーダー・サイバネティクスはこのような再帰的な観察を焦点とする。
 セカンドオーダー・サイバネティクスの一つのアプローチとしてオートポイエーシスの理論がある。システムに観察者が含まれるということは、システムの観察が自己言及になるということである。オートポイエーシスの理論は、数学者スペンサー=ブラウンの自己言及的形式についての数学をもとに生物学者のマトゥラーナとヴァレラが提唱し、社会学者のルーマンが社会システムを扱うものへと拡張したものである(ベッカー 2007)。オートポイエティックなシステムは作動を通してシステム自身を生み出すという。ルーマンは、生物システム、心的システム、社会システム(あるいはコミュニケーション・システム)を、オートポイエティックなシステムとして考えている。オートポイエティックなシステムが自身で自身を生み出すというのは、環境から自らを区別する自律性を持つということである。そこで、「作動上の閉鎖性」、すなわちオートポイエティックなシステムにはインプットもアウトプットもないという主張がなされる。たとえばファーストオーダー・サイバネティクスの機械においては、外部からデータや行動プログラムがインプットされ、それをもとにしたアウトプットとして作動がなされる。そこには、こうインプットすればこうアウトプットがあるという因果性がある。オートポイエティックなシステムは、このように外部からのインプットに対応する一定のアウトプットは存在しない。作動において閉じられたシステムにおいて、その構造は自らの作動によってのみ作りあげられる。身体を作るのは身体であるし、会話を作るのは会話である。船の例にこだわるなら、航海は航海を生み出すコミュニケーションのオートポイエーシスであるとみなすこともできるだろう。
インプットやアウトプットが無いとしたらオートポイエティックなシステムは環境とどう関わるのか。システムと環境は相互に撹乱(perturbation)し合う。その状態はシステムと環境との「構造的カップリング」(structural coupling)と呼ばれる。複数のオートポイエティックなシステムの相互の攪乱も構造的カップリングとみなされる。社会システム、心的システム、生物システムは自律的で、構造的カップリングにより攪乱し合っている(「共鳴」という言い方もされる)。

3.3 必要多様性とコントロール
必要多様性の議論に戻ると、ファーストオーダー・サイバネティクスにおいてそれは、環境と相互作用するシステムを外から観察したときに、環境からシステムへのインプットの多様性にマッチする多様性をシステムから環境へのアウトプットが持つのでなくてはシステムが安定しないということを意味していた。セカンドオーダー・サイバネティクスにおいては、環境と相互作用するシステムを内部から観察したときに、環境からの攪乱の多様性にマッチする多様性をシステムが持つのでなければ環境に適応しないということを意味する。組織論や建築・都市論において、このことがボトムアップの計画の正当化の論拠の一つとなった。しかしセカンドオーダー・サイバネティクスにおける必要多様性の法則は、ファーストオーダーのそれとは異なり、数理的なモデルにおいて示されているものではない。また、アシュビー自身も指摘していることだが(Ashby 1958)、多様性の大小は異なる状態として何を区別するかに依存している。ファーストオーダー・サイバネティクスにおいては外部の観察者がその区別を行う。オートポイエティックなシステムにおいてはシステム自体がその区別を行う。
コントロールや環境への適応の概念の意味も一様ではない。ファーストオーダー・サイバネティクスにおけるコントロールとはシステムの変数を一定の範囲にとどめるという平衡である。アシュビーが数学的に説明したのもこれである。他方で、セカンドオーダー・サイバネティクスやオートポイエーシスの理論においては、非平衡現象の創発あるいは自己組織化が主題となる(Boisot and Mckelvey 2011)。それは、当初は予期していなかった仕方で環境に適応することも含むのである。前者は平衡からの逸脱を減少させるネガティブフィードバックによる既存の秩序の維持であり、後者は平衡からの逸脱を増加させるポジティブフィードバックによる新しい秩序の生成である。
後者は既存の秩序の観点からは「コントロールできていない」こととして観察されるだろう。サイバネティクス研究者のグランヴィルは必要多様性について論じる中で「コントロールをあきらめること」のポジティブな面に注意を向けている(Glanville 2004)。それは、より豊かな多様性に面することによる、自らの更新の可能性である。グランヴィルは、コントロールしようとすることが逆効果に陥る(アルコールなどへの)中毒の治療における、この態度の妥当性を示唆している。
実際、近年の精神医療における「当事者研究」(綾屋他 2013)や「オープンダイアローグ」(セイックラ他 2016)は、症状の一方的なコントロールをあきらめ、他者との対話を通して症状との付き合い方を学ぶものであり、不確実性のなかでの即興が不可欠なものとされる (注5)。
とはいうものの、これは環境からの攪乱の多様性が全く縮減されないという「カオス」を推奨することではない。ボイストとマケルビー(Boisot and Mckelvey 2011)は、「カオス」と「ルーチン」(環境からの攪乱の多様性を縮減しすぎる)の中間の「複雑」の体制(そこでは法則性と予測不可能性の混在が経験される)において創発的な秩序の更新がなされると見る。

4. 建築の必要多様性
4.1 オートポイエティックシステムとしての建築・都市
建築・都市における必要多様性を議論するためには、システムの境界をどこに設定するかが問われる。ファーストオーダー・サイバネティクスの視点は、建築家や都市計画家や行政が、建築・都市の外部からの視点でその境界を区別し、計画するというものである。この見方は技術中心主義あるいは解決主義との親和性が高い。他方で、ロシェらは都市をオートポイエティックなシステムであると考えるが、この場合、建築・都市は人間社会と交わるシステムであり、このシステムが内部から自らを再帰的に観察し、自らの境界を規定する(注6) 。オートポイエーシスの見方では、その要素は物理的な構成要素ではなく、出来事である。計画や施工や利用その他の活動といった出来事の継起がシステムとしての都市を構成している。物理的な構成要素はこうした出来事の継起が生み出す副産物としてみなれる。都市を生み出す出来事は、コミュニケーション一般にふくまれ、これらの出来事から構成される都市とは、社会システムのサブシステムとして見なされるだろう。この見方においては、都市とはそれ自体が自律性を持って変化していくものであり、それを考慮せずに外から解決や固定的な「あるべき姿」を押し付けることはできない(山口 2019b)。

4.2 都市の必要多様性
 オートポイエティックなシステムとしての都市が必要多様性を持つには、バッティやロシェが言うようにボトムアップのアプローチが有効であるだろう(ただし前述のように法則というより仮説として)。エスペホが言うように、トップダウンの組織のコントロールでは、トップが組織の多様性を縮減することでコントロールを実現しようとする結果、組織が環境に適応できなくなる。同様に、今日の都市において、行政や企業が自らにとってコントロールしやすいように都市の多様性を縮減することによって、都市の環境への適応力が失われるということが生じてはいないか。特に資本の拡大のための都市開発は都市の持続可能性を奪っているように思える(ハーヴェイ 2013)。バッティやロシェが言うように複雑化する環境に適応する都市の必要多様性をもたらすのは、市民参加による公共空間のデザインといったローカルな実践だろう。しかし、システムが多様性を持てば必ず環境への適応能力が生まれるわけではなく、どこでどう多様性を縮減しあるいは増大するかが問われる。とはいうもの都市レベルでのマクロな検討は別の機会に譲って、本論ではよりミクロなレベルでの建築(そこにはマクロな構造が入れ子状に現れるだろう)の必要多様性を考えてみる。それは小規模な建築の設計・施工である。こうした小規模な実践のあり方の変革からのボトムアップによる都市の変容があり得るだろう。

4.3 建築の設計施工における必要多様性
 今日の建築のプロセスにおいて、通常は設計と施工は区別されており、設計者が提供する図面や発話を基に施工者が施工する。このプロセスは一般的に、トップダウンである。すなわち、設計者が施工者に指示する。設計者は施工プロセスの多様性、特に施工者の振る舞いの多様性を縮減する(誰もが同じようにできるマニュアル作業にする)。施工者の振る舞いの多様性を縮減する一つの方法は、彼らが扱う資材の多様性を縮減することである(規格製品を用いる)。こうして建築形態の多様性が大きく縮減されている。それはサリンガロスが言うようにそこに住む人々の社会の多様性を下げるのではないか。
これに対して、施工プロセスの多様性を増大することによって建築形態の多様性を増大する可能性が考えられる。そのような設計施工の在り方に踏み出していると思われる事例を紹介したい。
 迫田英明(Nomos)は長野と山梨の県境周辺で、廃材を用いた建築を作っている。集められた廃材に合わせて、それを生かすように設計する。設計すると言っても、図面は描かないことが多い。図面を描いたとしても、建築はそれとは違うものになるという。施工は自らを含む3人のチームで行い、現場ごとにさらに2、3人外部からの手伝いが加わることが多い。他の施工者には自分で一部を施工して見せることや、言葉で伝えることによって、どのようなものを作るのかを共有する。その言葉というのは主観的な形態のイメージであることもあれば、建築とは直接関係のないようなものであったりもする。こうした施工の例示や言葉についての解釈は他の施工者に任せているという。自分がクライアントの言葉を解釈し、他の施工者は自分の言葉を解釈する。最終的な建築はその結果にすぎないという。

和田寛司(ランチ)のH邸は、京都市における町家のリノベーションの計画である。町家を持ち上げて土間を掘削し半地下を挿入している。施工には職人のほか、設計者本人、クライアント、他の建築家、アーティスト、友人の一般人などが施工に参加した。納期、予算、法規といった確定的な与件をもとに最小限の設計を行ったうえで、施工においては施工者の裁量による造形が推奨された。たとえばコンクリートの半地下は、アーティストの吉野正哲(マイアミ)の監修によって掘削され、別の建築家である岡啓輔を講師としてクライアントも参加するワークショップによって施工されている。そこでは、設計者が寸法や元の建築の床板を型枠に使うといった大枠を事前に決定したうえで、即興的に型枠への装飾が追加された(庭にある草木を型枠に貼ることで、コンクリート打設においてレリーフ状の模様が浮かび上がる)。また、この半地下のコンクリートの仕上がりを見た左官職人の八田公平がこれに応答するように床のモルタルを磨き仕上げにすることを提案するなど、即興が即興を生んでいくプロセスが見られた。他に、現場にいる全員が一緒に昼食をとったり(通常の施工現場においては、クライアント、設計者、施工者の間に上下関係があり食事を共にすることは少ないだろう)、上棟式で施工の参加者らによる神楽を即興的に演じたりするなど一般的ではないプロセスを取った。
 
オートポイエーシスの観点からは、設計者や施工者の意識や身体はオートポイエティックな心的システム・生物システムであり、これらはコミュニケーション・システムとしての設計施工のプロセスと共鳴しあう。二つの例では共通して設計者が施工の現場で作業に参加している。設計者が作業に参加しない場合とは異なる共鳴があっただろう。また両者とも、結果として生まれる空間形態より、プロセスに重きを置いている。設計を施工の前に終えるというより、施工の中で設計が決まっていく。設計施工のプロセスじたいに、人間によるコントロールに嵌らないオートポイエティックな自律性が認められている。
エスペホの組織論をもとに考えると、以下のような設計のあり方が可能なのではないか。基本的な設計の諸目的についての合意の上で、施工者が自律的に形態を生み出す。設計者はその目的についての合意をとりつけ、また施工者が自律的に解決できない問題(エスぺホの言う残余の多様性)を処理する。
施工者の自律的な判断の領域が拡大することによって、用いる資材の多様性も増大する。またこの自律性は、施工をマニュアル作業から加工技術や造形感覚の学習のプロセスに置き換えるだろう。このような設計施工の在り方は、設計者がすべてをコントロールするという在り方(それは実際にはありえないのだが)についてのオルタナティブとなる。そこでは、不確実性のなかでの即興に肯定的な意味づけがなされる。
これはもちろん、施工者が好き勝手にするというカオスではない。設計者の身体が施工現場あること、イメージを伝える言葉(迫田)や、共同での食事(和田)が、一般的な設計図とは異なる流動的な仕方での多様性の縮減の手段となり、暗黙的な形で「合意された諸目的」(Espejo 2000)やカオスとルーチンの中間の「複雑」(Boisot and Mckelvey 2011)の実現に寄与しているのではないだろうか。

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迫田英明(Nomos)の「川の家」


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和田寛司(ランチ)によるH邸
上から、半地下(中央にモルタル磨きの床が見える)、ワークショップ風景(コンクリート型枠に植物の葉を貼る)、コンクリートに現れた模様、施工中の食事風景

5.おわりに
アシュビーの必要多様性の法則は経営学や建築都市論においてボトムアップのガバナンスの優位性の根拠として扱われてきた。また、セカンドオーダー・サイバネティクスやオートポイエーシスの観点からは、建築や都市のデザインとは、一方的なコントロールではなく、既存の平衡状態からの逸脱による予期せぬ秩序の形成でありえる。これを建築・都市デザインの末端である施工の現場に当てはめて考えると、施工者の自律的な裁量による判断と造形を推奨し施工プロセスの多様性を増大させることで、豊かな建築形態をもたらすアプローチが示唆される。こうして生み出される建築空間の豊かさとは、設計者の単一のパースペクティブによる統合ではなく、複数の施工者の互いに還元できない複数の異なるパースペクティブの重なりに支えられたものとなるだろう。
 


1)アシュビーの法則(Ashby’s Law)とも呼ばれる。
2)初期のサイバネティクスの歴史についてはPickering(2010)が参考になる。
3)アシュビー(Ashby 1958)は必要多様性の法則を、およそ次のように説明している。攪乱(disturbance)Dの状態がd1、d2、d3をとり、レギュレーターRの状態が、r1、r2、r3…を取る、ときその結果は以下の表1を用いてz11、z12、z13…と表せる。

     R
      r1     r2    r3  …
D d1   z11  z12  z13
 d2   z21  z22  z23
 d3   z31  z32  z33
 d4   z41  z42  z43
 …

たとえば、多様性5の攪乱Dに対する多様性3の制御Rによって生まれる結果が表2のようにa、b、c、dの多様性を取り、このうち、結果をaあるいはbに収めることをコントロールの目的とすることを考える。すると、Dがd1のときはRがr2を取れば結果がaとなり目的が達成されるが、Dがd3のときはRがどれを選択しても目的は達成できない。
     R
     r1  r2  r3
D d1  c  a   d
 d2   b  d   a
 d3   c  d   c
 d4   a  a   b
 d5   d  b   b

 ここで、Rの値の選択によって目的が達成できたりできなかったりする条件を考える。そのために、それぞれの列はその中に同じ値の繰り返しを持たないことを想定する(上の表でr1の列でcが繰り返されているような事態は除外する)。結果の多様性を縮減すべくRを作用させるとするとき、結果の多様性はDの多様性をRの多様性で割った数以上になる。つまり、D、R、結果の多様性を対数でとり、Vd、Vr、Voとするとき、Voの最小値はVd―Vrとなる。
4)センスメイキングとはカール・ワイクの概念で、既存の枠組みで捉えられない複雑な環境に直面して、新しい意味付けを与える学習のプロセスである。(Weick 1995)
5)特にオープンダイアローグはセカンドオーダー・サイバネティクスやオートポイエーシス理論を援用するものであり、そこでの必要多様性について検討することが有益だろう。オープンダイアローグにおいてもう一つ理論的な支柱になるバフチンの「ポリフォニー」も多様性の概念と深く結びつくはずである。
6)サリンガロスは人間社会と分離して物理的な構築環境をシステムとしてみなす(Salingaros 2015)。一般的な見方では、物理的な構築環境は自らを創出することはできない、つまりアロポイエティック(他者創出的)なシステムである。構築環境が人間社会と同等な自律性をもったものとして相互に規定しあうと考えるためには、人間社会を含まない構築環境をそれじたいとしてオートポイエティックなシステムとして見なすのでなくてはならないだろう。これは一般的ではないが可能な観点だと考えている(山口2016b)。

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