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こちら、日向坂探偵局! File.09「日向商店街狂騒曲~後編」

夕方の日向商店街は、急いで夕飯の買い出しをする主婦や仕事帰りのサラリーマンの姿が目立ち、そこそこの賑わいだ。

◯◯:どこ行くの?

菜緒:犯人に直当たりする

◯◯:そんなことして危険じゃない?

菜緒:いざという時は頼りにしてるで♪

◯◯:武道の心得とか無いんだけど…

菜緒:体当たりくらいは出来るやろ

◯◯:相手がナイフ持ってたら…

菜緒:ナイフ避けて体当たりすりゃええやん

◯◯:そんな無茶な

菜緒:情けないやっちゃなぁ。今度体術の練習でもしよか

◯◯:よろしくお願いします

そんなこんなで店の前に着く。

◯◯:この店って…

菜緒:行くで◯◯

店に入って呼び掛ける。

◯◯:応答無し

菜緒:失礼しまーす…

レジカウンターの向こうへ回り、バックヤードを覗いたが誰もいない。

引き返そうとした僕は、コルクボードに貼られているものに気づいて驚いた。

◯◯:菜緒!

菜緒:どないした?

◯◯:これ見てくれよ

僕は指差す。

顔の部分が切り裂かれた、極海さんの写真。

菜緒:やっぱりな…

菜緒は写真を手に取って見つめる。

◯◯:やっぱりって…?

菜緒:薄々は気づいててん。犯人の最終目標は極海さんかもしれん、てな

◯◯:そんな…それと盗難となんの関係が?

菜緒は机に置かれたA3サイズの紙を見つけて広げた。

菜緒:決定的な証拠や

それは何かの装置の図面だった。

◯◯:あ!

看板の「あ」、金のレンゲ、五寸釘。

盗んだものを使ってこの装置をつくろうとしている、もしくはつくったってことか…

◯◯:この「モニュメント」って、明日披露される変態モニュメントかな?

菜緒:そうやと思う。この装置は極海さんに危害を加えるために考えられたもんやな

◯◯:でも、どうしてこんなことを…

菜緒:理由は直接犯人に訊くとして、まずは極海さんが無事か確かめよ!

店を飛び出し、200メートルほど離れた場所にある極海さんのお店へ急ぐ。

老舗と分かるお茶屋さんである。

極海さんの妻らしき人が店番をしていた。

菜緒:商店会長さん、いらっしゃいますか?

極海妻:いないけど…何か用なの?

◯◯:おでかけですか?

極海妻:商革委員会の河南さんと約束があるって言って30分ほど前に出て行ったわ

菜緒:河南さんと?

菜緒が訝しむ。

菜緒が指摘した犯人ではないからだ。

◯◯:何処で会うか、聞いてますか?

極海妻:聞いてないけど…もしかして主人に何かあったの?

菜緒:それは…

河南さんが通り掛かった。

◯◯:河南さん!

河南:◯◯くん。どうしたの?

◯◯:極海さんと会う約束してたんじゃ?

河南:商店会長と?いや。そんな約束はしてないけど…

菜緒・◯◯:え…

菜緒の見立て通り、極海さんが犯人の最終目標なのだとしたら…

サッ…と、血の気の引く音がした。

菜緒の顔も真っ青だ。

◯◯:奥さん。極海さんに電話してもらってもいいですか?

極海妻:いいけど…

戸惑いつつスマホを耳に当てていたが、

極海妻:おかしいわね

首を傾げる。

極海妻:電源切ってるみたい。いつもならそんなことしないのに…

ハッとした様子の菜緒。

菜緒:◯◯行くで!極海さんが危ない!

◯◯:助けにいかなくちゃ!

河南:いったいどういうことなんだい?

戸惑う河南さんに、

菜緒:河南さん。モニュメントはどこに置いてあるんですか?

河南:2丁目の倉庫にあるよ

菜緒・◯◯:ありがとうございます!

僕たちは人波を掻き分けて走り出した。

スマホを取り出し、陽菜ちゃんにかける。

陽菜📱:やっほー。どしたの◯◯くん?

◯◯:商店会長の極海さんが危ないんだ!今から言う場所に史帆さんと一緒に来て!

 ※

極海:ううー!

工事用のLED照明が照らすだだっ広い空間で、たくさんの女性の腕を象ったモニュメントに手足を縛られた上、口に猿轡を噛まされている極海氏。

身をよじりなんとか拘束を解こうとする。

?:暴れたって無駄ですよ。解けないようにきつく結んでありますから

極海:むーむー!

?:さて。もう一度チャンスをあげます。日向商店街を潰そうという計画、取り止める気になりましたか?

極海:むむむー!

極海氏は強情に首を横に振った。

?:はぁ…

装置を起動させるしかない。

留金を外すと、中にネオンが仕込まれた<あゃめぃちゃん>の看板の「あ」が輝きながら左回転し、「あ」の上の横棒に引っ掛けていた糸が外れてその先につけられていたボールが樋の中を転がり始める。

?:僕はこの商店街を愛している。それを失くそうとするあなたを許すことは出来ない

ボールは金のレンゲに落ちるとその反動でレンゲを支えていたストッパーが外れ、レンゲの持ち手に括られていた糸がレンゲをボールともども引っ張り上げる。

?:だからあなたを、商店街を象徴するものでつくったこのピタゴラ装置で、懲らしめることにしたんです

上昇したレンゲからボールがこぼれ落ちる。

ボールは再び樋の中を進み、その先には…

狙いを極海氏に定めた五寸釘が、先端に照明の光を反射させて輝いている。

?:さぁ。最後のチャンスです。お考えを改める気になりましたか?

極海:むぐぐ…むむ…

極海氏は恐怖のために震え、それどころではないらしい。

?:極海さん?

ボールが転がる。

極海:む…む…むむむぅっ!

ボールが五寸釘を射出させるための仕掛けに近づいて来る。

?:こうなっては致し方無いですね…

ガラガラガラッ…

LED照明ではない、夕日の眩しいオレンジに横顔を照らされる。

ハッとして振り向いた。

 ※

僕は変態モニュメントが仮置きされている倉庫の扉を開け放った。

LED照明が灯された倉庫の中に夕日が射し込んだ。

菜緒:そこまでや!

北山:なんで…

北山さんの驚いた顔がオレンジに染まる。

極海:むむむむー!

◯◯:史帆さんあれ!

僕は今にも飛び出しそうな五寸釘を指差す。

史帆:がって~ん

五寸釘が発射された瞬間、史帆さんの構えたS&W・M586・ししカスタムが火を噴いた。

ガチーン!

正確無比な射撃で五寸釘が弾け飛ぶ。

◯◯:おぉー!

史帆:としちゃんにかかればこんなもんさベイビ~

◯◯:極海さん大丈夫ですか!?

極海さんに駆け寄り猿轡を外す。

極海:む~ん…

間一髪のところで助かった極海さんは極限の緊張から解放されたからか気絶した。

僕は救急車を呼んだ。

菜緒:もう終わりです

菜緒が静かにそう告げると、北山さんは往生際悪く逃げ出した。

しかし陽菜ちゃんが行く手を遮り、コルト・パイソンを構え床に威嚇射撃。

陽菜:もう捕まるしかねぇので

北山さんは殺人未遂の現行犯で逮捕された。

手錠がはめられる。

北山:何故僕が犯人だと…?

菜緒:ヒントをくれたのは◯◯でした

―今回盗まれたもので何をしたいか、このメモの食材みたいにすぐに分かればいいのにな

菜緒:看板の「あ」、金のレンゲ、五寸釘。なんの共通点も無い盗難品。犯人はいったい何が目的なのか。考えていた時、彼の発言を聞いてハッとしたんです。その真逆のことを北山さんが言っていたことに…

―見る人がどうやったら驚いてくれるかとか考えながら新しい装置を構想するのが楽しくてしょうがないよ

菜緒:直感だったので、確証を得るためにさっきお店を訪ねたんですが、勝手にバックヤードを調べさせてもらい、ピタゴラ装置の図面を見つけたことで確信しました

北山:探偵さんの前では些細な発言にも気をつけないといけなかったんだね…

菜緒:動機は商店街を守るため、ですね?

北山:そうだよ。商店会長が商店街を潰して<ひなたモール>に身売りしようとしていると知り、今回のことを計画した

菜緒:ウチらも、日向商店街が無くなるとめちゃくちゃ困ります。でもこんな乱暴なやり方は許されません。意外なもので、意外な方法で、人を楽しませる才能がせっかくあるのに、それをこんな間違ったことに使ってしまっただなんて、本当に残念です。商店街の今後のために使うべきでした…

北山:…

北山さんは涙を流して項垂れた。

陽菜:鑑識さんが調べに来るから現場はこのままにしといてね

◯◯:分かった

史帆:ご協力ありがと~

菜緒:どういたしまして♪

史帆:行くよ~

北山さんは史帆さんと陽菜ちゃんに両脇を固められ金のレパードに乗せられると、日向署に連行されていった。

極海さんが救急車で運ばれるのを見届け、

◯◯:菜緒、お疲れさま

菜緒:◯◯もお疲れさん…帰ろか

◯◯:うん

菜緒:愛萌のカレーが待ってるわ♪

 ※

◯◯:うまい!

愛萌:良かったぁ❤️

菜緒:事件を解決した後に食べる愛萌のカレーは格別においしいわ♪

愛萌:ありがと❤️おかわりいっぱいあるからたーくさん食べてねっ❤️

菜緒・◯◯:やったー!

食べ終え、満腹になったお腹を休める。

◯◯:商店街、どうなるんだろね…

菜緒:せやな…取り敢えず勝手に計画を進めてた極海さんは商店会長の座を追われるとは思うけど…あとは商革委員会の人たちや、商店街のみんなにがんばってもらうしかないわ

◯◯:そうだね…

商店街の人々の顔を思い浮かべる。

個性豊かで、優しくて、変わった人もいるけどみんないい人たちだ。

今日初めて商店街に行ったけど、この1日で大好きになった。

日向商店街がどうか無くなりませんように…

 ※

翌日、<あゃめぃちゃん>の看板に「あ」が元通り取りつけられた。

彩花・芽衣:ばんざーい!

抱き合って喜ぶふたり。

彩花:こさかなと◯◯くんのおかげだよ~

菜緒:ウチらそんな大したことしてません

◯◯:無事に戻って良かったです

芽衣:めい嬉し過ぎて泣きそうにゃ~グスン

彩花:って、すでに泣いてんじゃん

菜緒:あはは

みんなでイベントを見に行くことになった。

東西南北に伸びる商店街の中心点に設置されるモニュメントのお披露目式が始まる。

河南:製作者は菓子舗東川の東川さんです。ではいよいよお披露目です!

演台に立った河南さんの合図で、モニュメントに掛けられていた赤い布が取り払われた。

女性の手や脚、お尻を象った彫刻が、日向市のシンボルマークである太陽から、四方八方にニョキニョキ生えているという形状のなんともアヴァンギャルドな代物である。

彩色も赤や黄、空色が配されかなり派手だ。

昨日一度見ているのに、インパクトすごい。

彩花:めっちゃ映えじゃん!

彩花さんが目を輝かせている。

菜緒・◯◯:えぇ!?

彩花:めーっちゃ映え!あとでインスタ載せなくちゃ!

◯◯:(小声)「盲獣」チックな変態モニュメントが映えだって言ってるけど…?

菜緒:(小声)あやねーさんは日向町の美容ファッション番長や。インスタのフォロワー数も20万人越えやし、ねーさんが言うんやったらそうなんやできっと

◯◯:そうなんだ…

後日、彩花さんのインスタの投稿を見たたくさんの若い女性たちが「映える変態モニュメント」を見るために日向商店街へ殺到することになるのだが、この時の僕は全くピンと来ていなかった。

 ※

イベントは無事終了し、<日向屋>でお疲れ様会が開かれることになり、僕と菜緒も誘われたので参加した。

一同:かんぱーい!

各自食事しながら談笑する。

京子:トロフィー元通りになって良かった~

金物屋店主:五寸釘はちょっと曲がっちまったけど、まぁこれも記念だな

彩花:二次会は是非<あゃめぃちゃん>で!

芽衣:サービスするにゃ~

ここには被害者たちが集まっていた。

菜緒:(小声)◯◯。あの話せな

◯◯:(小声)菜緒が局長なんだから菜緒が言ってくれよ

菜緒:あんた局長の助手やろ?

◯◯:分かったよ…

気が重い。

◯◯:あのー。依頼料についてなんですけど…

京子:え。金取るの?

金物屋店主:地域貢献だろーよこれはよぉ

予想通りの反応だ。

◯◯:探偵局のお仕事なので、代金をいただかないといけないんです…

彩花:じょーだんじょーだん。みんなでちゃんと払うから安心して!

◯◯:良かったぁ

菜緒と顔を見合わせ笑顔を交わす。

芽衣:ちょっとはおまけしてにゃ~?

菜緒:愛萌に訊いてみます♪

やがて、宴もたけなわ。

河南:北山さんのやったことは確かに許されることではないけど、商店会長の悪事が暴かれたのは幸いだったな…

極海さんと<ひなたモール>のオーナー会社との間の取引に不正が発覚し、日向商店街を更地にしてマンションを建てる計画は白紙となったのだ。

今後、商革委員会と<ひなたモール>側とで話し合いを持ち、商店街とモールが協調し合っていける取り組みを模索していくという。

◯◯:話し合いが上手くいくことを願っています

河南:ありがとう。頑張るよ

河南さんの目にはやる気が漲っている。

河南:日向商店街の未来に!乾杯!

一同:かんぱーい!

グラスを合わせる音が小気味良く響いた。

 to be continued…

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