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こちら、日向坂探偵局! File.05「転校生はつらいよ~後編」

1時限目の後の休み時間。

僕と菜緒は金村さんの席に向かった。

僕は訊ねる内容を知らないので菜緒の横に控える。

菜緒:美玖~。ちょっと訊きたいことあんねんけど

美玖:どした?

次の授業の教科書を取り出していた金村さんが顔を上げた。

菜緒:もしかしてやねんけど、1ヶ月前に朔田くんらとカラオケ行った?

美玖:行ったよ~

菜緒:そん時すみれちゃんおったよな?

美玖:朔田の彼女の?いたよ

菜緒:その日なんか変わったことなかった?

美玖:んー…別に無かったと思うけど?

菜緒:分かった。ありがとう♪

美玖:すみれちゃんになんかあったの?

菜緒:なんでもないで♪

ひより:探偵のヒシュムギだよ~

いつの間にか側にいたひよたんが言う。

美玖:なるほどね。ってかそれって守秘義務じゃない?

ひより:そーともゆー

菜緒:ほんまひよたんおもろいなぁ

金村さんの席を離れ、

◯◯:訊きたかったことってあれだけ?なんか拍子抜けした

菜緒:せやで。次は朔田くんのとこ行こか

A組の教室を訪ね、朔田くんを呼び出す。

菜緒:ごめんな休み時間に

朔田:話ってすみれのこと?

菜緒:そそ。朔田くんにお願いあんねん

朔田:すみれのためならどんなことでも協力するよ

菜緒:放課後、すみれちゃんをひとりで帰らせて欲しいねん

朔田:えぇ!?

◯◯:そんなことして大丈夫なのか?

菜緒:大丈夫や。ストーカーを炙り出すにはそれしかあれへん

◯◯:囮にするってことか?

菜緒:平たく言えば…そうなるな…

朔田:僕も心配なんだけど…

菜緒:ウチがちゃんとするから安心して

朔田:小坂さんがそこまで言うなら…

菜緒:ありがとう朔田くん♪

B組に戻り、菜緒に真意を問う。

菜緒:真意は置いといて、◯◯にやって欲しいことがあるんや。今から説明する

◯◯:犯人捕まえるんだろ?頑張るよ!

菜緒:まぁまぁ落ち着き。あのな…

菜緒の説明を聞き、

◯◯:そんなことしてなんの意味が?

菜緒:ウチの言う通りしといたら大丈夫♪

◯◯:僕に務まるかな、それ…

菜緒:自信持って!男やろ?

◯◯:うーむ…

菜緒:ほな頼むで!

◯◯:マジか…

机でうなだれていると、

ひより:そーいえばひよたん昨日の夜あの娘見掛けたよー

またいつの間にか側にいたひよたんの言葉に僕は顔を上げた。

◯◯:え?誰を?

ひより:入学式で菜緒と見てた写真の娘

◯◯:宮地さんを?

ひより:そー

菜緒:ほんまかひよたん!?

ひより:コンビニ行ったらいたんだ~

◯◯:宮地さんは誰かといた?

ひより:んーん。ひとり~

菜緒:夜にひとりで…

菜緒は顎に右手を当て考え込む。

菜緒:(小声)ウチの推理通りなら…

菜緒の瞳が光った気がした。

◯◯:その時宮地さんを見てる怪しいヤツとか見なかった?

ひより:ひよたん分かんなーい

◯◯:そっか…

その時、菜緒の「頼みごと」の真意が僕にも掴めた気がした。

いやでもまさか…

取り敢えず実行するしかなさそうだ。

 ※

放課後。

すみれ:え…一緒に帰れないの?

朔田:ごめんすみれ。校内新聞の締め切りが近くてさ。でも安心して。小坂さんと佐々木くんにちゃんと頼んであるから

すみれ:そう、なんだ…部活頑張ってね

ひとり帰り道を歩くすみれ。

すみれ:(小声)小坂さんたちいないな…

辺りを見回すも誰もいないので、そのまま真っ直ぐ前を向いて歩いていく。

坂道を降り、住宅街へ。

すみれ:(小声)近道しよっかな

すみれは狭い路地へ入って行った。

その時、自分のとは違う足音が自分の足音と半テンポほどズレて聞こえることに気付く。

すみれ:え…?

少し速歩きになる。

それに合わせ別の足音も速まった。

すみれ:うそ…

すみれは走り出した。

だが足がもつれてしまい転ぶ。

涙目で背後を振り返る。

全身黒ずくめの人物が迫る。

すみれ:そんなはず…ないのに…

悲鳴を上げそうになったその時。

菜緒:そこまでや!

すみれの進行方向に菜緒が現れた。

すみれ:小坂さん!

すみれは立ち上がり菜緒に駆け寄った。

すみれ:助けて下さい!

菜緒:安心しぃすみれちゃん

菜緒はすみれの頭を撫で、

菜緒:もうええで◯◯

と黒ずくめに声を掛けた。

すみれ:え…?

黒ずくめが被っていたフードを取る。

◯◯:ごめんね宮地さん。怖かった?

申し訳無さそうな表情の◯◯が訊ねる。

すみれ:小坂さん、どういうことですか?

菜緒:すみれちゃん

菜緒は優しげな眼差しで、

菜緒:ストーカーなんて、おらんねやろ?

すみれは目を見開き、やがて唇を噛み締めると俯いてしまった。

 ※

日向坂探偵局の応接スペースのソファに座っている宮地さんの前に、愛萌さんが紅茶を置いた。

愛萌:どうぞ

すみれ:ありがとう、ございます…

飲む気になれないらしく、俯いたまま膝に置いた手を握っている。

愛萌:(小声)局長、あたし…

菜緒:(小声)あ、そろそろバイトの時間やな。いってらっしゃい

愛萌:(小声)いってきます

愛萌さんが事務室を出て行く。

◯◯:(小声)愛萌さんのバイトって?

菜緒:(小声)あぁ、そういえば話してへんかったな。愛萌は月水金で日向商店街にあるスナックでバイトしてんねん

◯◯:(小声)そうなの!?

菜緒:(小声)あの通り美人やからすこぶる評判良くてな、人気者やねんて

◯◯:(小声)へー…

なんか複雑な心境である。

いけない、いけない。

そんなことより、宮地さんである。

菜緒:出来たらすみれちゃんの口から事情を話して欲しかってんけど、ウチが話してもかめへんかな?

宮地さんが頷く。

菜緒:ではまず、ウチがストーカーの存在に疑問を持ったきっかけやけど、あの手紙の文面や

僕は2通の手紙の文章を思い浮かべた。

◯◯:変なとこは無い気がするけど…

菜緒:引っ掛かったんは、<今すぐ関係を絶ちなさい。>って部分。ストーカーとしてはすみれちゃんと朔田くんの交際を快く思ってないわけやから、<今すぐ別れなさい。>と直接書いたらええようなものの、敢えて<関係を絶ちなさい。>と書いてるのが無性に気になったんや

◯◯:まぁ確かに、変と言われれば変かも

菜緒:それで文面全体を見直したら、別の読み方が出来るんちゃうかなって思った

◯◯:別の読み方?

菜緒:もしかしたら、これは朔田くんへのメッセージちゃうかな、って…

◯◯:朔田くんに、誰かとの関係を絶てと?

菜緒:そう考えた時、ふと頭に浮かんだんがすみれちゃんが美玖に向けてた視線

◯◯:新聞部の部室で話聞いてた時のこと?

菜緒:せや

◯◯:あれは単に彼氏が他の女の子と喋ってるの見て嫉妬してたんじゃないの?

菜緒:ほっぺ膨らませてんの見て単純にかわいいなって思っただけやろ?

◯◯:まぁそうだね

菜緒:まだまだ甘いな◯◯

菜緒は「チッチッチッチッ」と右手の人差し指を立てて横に振った。

菜緒:観察が足りてへんで

◯◯:足りてないって?

菜緒:あの視線は、嫉妬に違いは無いけど、その奥には深い悲しみが隠れてた

◯◯:悲しみ…

ふと宮地さんを見る。

俯いたままだ。

菜緒:朔田くんに、美玖と仲良くすんのやめて、自分のことだけ見て欲しかったんやな?

宮地さんは小さく首を縦に振った。

菜緒:おそらく発端は1ヶ月前のカラオケやろ。ここは想像するしかないけど、朔田くんと美玖がかなり親しげに話したりしてたんやろうな。それですみれちゃんは気が気じゃなくなった。朔田くんには自分のことだけ見て欲しい。美玖に気持ちが傾いてしまうんやないやろか。だから咄嗟に言ったんや。ストーカーがおるって。そしたら自分のことを心配して構ってくれるはず、朔田くんを独占出来るはずやと考えた。ここまで合ってるかな?

再び、小さく頷く宮地さん。

◯◯:狂言だったのか…

菜緒:でも朔田くんは新聞部の活動柄、美玖と関わることが多いし、幼馴染みというアドバンテージもあるからすみれちゃんの不安は日に日に増していった。それであの手紙の登場や。ストーカーの存在を具体的な証拠で示して、朔田くんの関心を引いた

◯◯:なるほど…

菜緒:でも朔田くんがウチらにストーカー探しを依頼するのは思わんかったやろな。狂言がバレたらマズいと思って、ストーカーの存在をより印象づけるために、手紙の第2弾を投下した

僕はこの間宮地さんが言っていたことを思い出した。

<すみれ:一平くんが初めての彼氏で…それに今まで告白とか、されたことないので…>

なにぶん恋愛経験ゼロなのでなんとも言えないけれど、初めての男女交際ということで朔田くんへの気持ちが盛り上がり、暴走してしまったということなのだろうか。

手紙の、

<こんなにも誰かを愛したことなんてない。>

という文は、宮地さんの抱く気持ちを朔田くんに遠回しに伝えようとしていたのだろう。

菜緒:2通目の手紙にも引っ掛かる表現があってんけど、◯◯は気づいた?

◯◯:いや、分からん

菜緒:<昨日ノートを渡しに来た櫻坂高校の男子まで夢中じゃないか。>ってとこや

◯◯:別に変じゃなくない?

菜緒:今朝◯◯は不良なんか?って美玖たちに詰め寄られたよな?

◯◯:あれには参ったよ

菜緒:そん時年下の男の子いじめてたやろ?って言われたよな

◯◯:そうだけど?

菜緒:それが普通やねん

◯◯:どゆこと?

菜緒:昨日の光景を誰かが見てたとして、蔵前くんが櫻坂高校の生徒やってすぐに分かるやろか?

◯◯:あ…

菜緒:櫻坂高校は私服登校が許されてる。あん時蔵前くんは私服やった。櫻坂高校は隣町やし、普通はパッと見分からんはずや。でも手紙には櫻坂高校の男子と特定してたやろ?

◯◯:蔵前くんは宮地さんと同じ塾だろ?なら宮地さんのストーカーが蔵前くんが櫻坂高校の生徒だって知っててもおかしくないんじゃないか?

菜緒:ストーカーは宮地さんに執着してるんやから、他の子、ましてや男子生徒に興味持たんやろうし、そもそも宮地さんと同じ塾に通ってる子は日向高にはおらんらしいから、ストーカーが塾におる線も消える。だからあの時蔵前くんが櫻坂高校の生徒やって知ってたんはすみれちゃんだけなんや

◯◯:な、なるほど…

菜緒:とまぁ、ここまで推理を組み立てたけどまだ狂言である確証が無かったから、さっきの芝居を◯◯にお願いしたわけ。その直前に、すみれちゃんがストーカーがおるにも関わらずひとりで夜のコンビニにおったっていうひよたんの証言が出たから確信には至ってたけど、あと一押し欲しかったんや。さっきすみれちゃんはストーカーに尾けられている可能性があるはずやのに、後ろを気にしている様子全然無かったし、あろうことか人気の無い路地に入った。ストーカーに怯えてる人は普通そんなことせんやろ?◯◯に迫られたら、「そんなはずないのに」って思わず口走ってたんが決め手になったわ。とは言え、怖い目さして、ほんまにごめんなさい

菜緒は深々と頭を下げた。

すみれ:気にしないで下さい。悪いのはあたしなんですから…

消沈している宮地さん。

すごく不憫だ。

すみれ:このこと、一平くんには…?

菜緒:まだなんも言ってないで。大事なことやから、自分の口から伝えた方がええんとちゃうかな?それに、美玖を通じて朔田くんのことウチも知ってるけど、すみれちゃんが心配してるような不誠実なことをする男ちゃうで。美玖とはあくまでも幼馴染み。男女の友情が成立してる系やし。ウチが保証する。朔田くんは誰よりもすみれちゃんのこと大事に想ってるはずや

菜緒が優しく諭す。

すみれ:あたしも一平くんは誠実な人だって分かってたはずなのに、こんなことをしてしまって…ご迷惑をお掛けして本当に申し訳ありませんでした…

宮地さんは涙をこぼして謝った。

そして意を決した眼差しで、

すみれ:あたし今から一平くんに会って来ます

菜緒:一緒に行こか?

すみれ:いえ、大丈夫です。許してもらえるかどうかは分からないけど、自分の犯したことにきちんとケジメをつけてきます。失礼します!

宮地さんは冷めかけた紅茶を飲み干し「ごちそうさまでした」と言うやいなや、探偵局を出て行った。

菜緒と僕はホッとして顔を見合わせ、互いに笑い合った。

 ※

宮地さんは朔田くんに事情を話した。

朔田くんは宮地さんの想いを知り、金村さんとは単なる幼馴染みでそれ以上でも以下でもないことを伝え、不安にさせて申し訳無かったと謝ったらしい。

ふたりはますますラブラブになった。

めでたしめでたしだな。

翌日、菜緒と一緒にいつも通り登校すると、いつも通り男子からの視線が痛い。

否、いつも通りどころか、なんだか憎悪が混じってない?

菜緒:またなんかしたん?

◯◯:うーむ…

今度こそ何も原因が思い浮かばない。

するといつの間にかいたひよたんが、

ひより:◯◯くんってなんで菜緒と同じ家に住んでるのー?

◯◯・菜緒:あちゃー

早くもバレてしまった。

憎悪の原因はこれか。

◯◯:ってかなんでバレた!?

ひより:これだよー

ひよたんが廊下の掲示板に貼られた校内新聞を指差す。

◯◯:…!

僕の紹介記事が載っている号である。

インタビューの内容はもちろんのこと、追加情報として、僕が菜緒と一緒に住んでいることが書かれていた。

ネタ元はおそらく…

菜緒:すみれちゃんやろなぁ

菜緒はニヤニヤ笑っている。

◯◯:笑いごとじゃないぞこりゃ…

学年のマドンナとひとつ屋根の下で暮らす転校生。

菜緒と親戚の設定とは言え、周囲からすればそんなスペシャルなポジションにいる僕が気に入らないに違いない。

気づけば僕はたくさんの男子生徒に取り囲まれていた。

男子生徒1:佐々木くん、小坂さんとはどういう関係なんだい?

男子生徒2:本当に単なる親戚なの?

男子生徒3:回答次第によってはただじゃおかないぞ!

◯◯:まぁまぁみんな落ち着いて…

男子生徒4:美人秘書とも住んでるらしいじゃないか!

男子生徒5:その秘書ってスナックまおのめっちゃ美人のバイトの人だよな?オヤジから聞いたことあるぜ!

男子生徒6:ハーレムかよ…許せねぇ!

◯◯:僕まだなんも言ってない…

剣呑な雰囲気に呑まれ、咄嗟に逃げた。

一同:待てー!!!

◯◯:助けてー!

菜緒:◯◯がんばれー

◯◯:他人事かー!

いったいどうなるんだこの先!

廊下を駆けながら今後の学校生活を思い途方に暮れるのだった。

 to be continued…

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