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こちら、日向坂探偵局! File.01「サインボール~前編」

菜緒:見つかったー?

菜緒の声が僕のいる場所の反対側から聞こえて来る。

汗だくになりながら草むらを掻き分けていた僕は「まだー」と応えた。

屈んでいた足腰を伸ばし一息つく。

菜緒の方を向くと、同じように草むらを掻き分けているはずなのに彼女だけ苺狩りみたいな雰囲気なのが納得出来ない。

菜緒が美少女故に醸し出せる雰囲気なのは間違いない。

草むらを苺畑に幻視させる美少女探偵、恐るべし。

戯言はさておき、僕は額の汗をタオルで拭うと空き地を見渡した。

作業を始めて2時間弱。ここにあるのは間違いないはずだが。

何をしているのかというと、失せ物探しだ。

 ※

僕が日向坂探偵局に来た次の日の朝、老婦人が探偵局を訪ねて来た。

菜緒:文子さん!おはようございます!

文子:おはよう、菜緒ちゃん

老婦人がにっこり微笑んだ。

温厚な笑顔に人の良さが滲み出ている。

菜緒曰く、ご近所さんだそうである。

愛萌さんが文子さんを応接スペースに案内しお茶を出した。

文子:今日も暑いわねぇ

文子さんはハンカチで額の汗を拭いた。

僕は菜緒が座った応接椅子の横に立った。

文子:あら、そちらのハンサムさんは?

◯◯:は、はじめまして///

ハンサムなんて初めて言われた。

照れていると、

菜緒:ハンサムかどーかは別にして

◯◯:おい

菜緒:紹介します。今日からここで働くことになった佐々木◯◯くんです

◯◯:佐々木です。よろしくお願いします

僕は頭を下げた。

文子:はじめまして、岸田文子と申します

菜緒に促され、隣の椅子に腰掛ける。

文子:菜緒ちゃんの彼氏なの?

菜緒:ち、違いますよっ天地がひっくり返ってもありえませんからっ

そんなに強く否定しなくてもよかろうに。

菜緒:ところで、今日はどうしたんですか?

文子:ええ、実は…

文子さんの依頼とは、サインボールの捜索であった。

お孫さんの圭太くんが友達とキャッチボールをする際に、文子さんが大切にしていたサインボールを勝手に持ち出したらしい。

文子:そのサインボールはね、亡くなった主人との想い出の品なの

ご主人と結婚する前、初めてのデートで野球観戦をしたという。

ご主人が日向市を拠点とするプロ野球チーム「日向坂フットステップス」のファンで、日向ドームでの試合観戦に誘われたのだった。

その際、ご主人の贔屓選手が放ったホームラン・ボールが文子さんの元に落ちて来た。

試合後その選手からサインを頂いたそうな。

そんな大切なサインボールを圭太くんが持ち出した。

それだけに留まらず、空き地でキャッチボールした挙げ句圭太くんが大暴投。

ボールは鮮やかな放物線を描き、背丈が2メートルを越える草木の繁茂する半ば森のような草むらへ消えていったのであった。

慌てた圭太くんが探しても見つからず、事が発覚した。

文子:どうしても見つけて欲しいの。お願いします

菜緒:分かりました!このご依頼、お引き受け致します!

 ※

というわけで、こうして草むらを掻き分けている次第だ。

僕の初仕事。

日向坂探偵局で働くからにはいい結果を残して役に立つ奴だと認めてもらわなきゃ。

守ってもらうだけでなく衣食住まで面倒見てもらうんだもんなぁ。

絶対見つけてやると固い決意でのぞんでいたその時、

菜緒:あー!

苺畑…ならぬ草むらを掻き分けていた菜緒が大きな声を上げた。

駆け寄り、

◯◯:見つかったの?

菜緒:見て見てー!トカゲー♪

小さなトカゲを掌に乗せて見せて来た。

◯◯:うわぁっ!

動物全般が苦手な僕は仰け反った。

恐竜が好きな菜緒はそこから派生して爬虫類も大好きで、小さい頃にもこうして僕にいたずらを仕掛けて来た。

菜緒:まだ苦手なんか。こんなにかわいいのに~。なぁ♪

菜緒はトカゲに頬擦りした。

◯◯:ってか真面目に探せよサインボール

僕の意気込み返してくれと思いつつ、はしゃぐ菜緒を不覚にもかわいいと思ったのは内緒である。

菜緒:探してるよー

頬を膨らませる菜緒。

菜緒:しっかし、この草むらの中探すんほんま骨折れるな

◯◯:さっきまでトカゲと遊んでたヤツが言うな

菜緒:意外とさ、偶然誰かが見つけてあそこにほりこんでたりして

菜緒が指差したのは空き地の隅に建てられた小屋だった。

繁茂した草に半ば埋もれてしまっている。

◯◯:あれはなんなの?

菜緒:知らん。物置小屋らしいけどそういえば使ってるとこ見たことない

◯◯:じゃあ望み薄だろ

菜緒:物は試し。いっぺんトライしようや

意味無いだろと思いながらも物置小屋に近づく。

◯◯:あれ?

最近扉が開けられた形跡がある。

菜緒も気づいたようで、当てずっぽうが現実になるかもしれないことにドヤ顔である。

まさかなと半信半疑ながら扉に手を掛けた。

木製の扉は風雨に晒され古びており、蝶番も錆びついていて嫌な音を立てたが扉はすんなり開いた。

同時に中から何かが転がって来たのを菜緒がすかさず拾う。

菜緒:おぉ!サインボールや!

◯◯:マジかよ!

驚愕したのも束の間菜緒が悲鳴を上げた。

驚いて小屋の中に視線をやった僕も思わず息を呑んだ。

薄暗い小屋の中に扉が開いた分だけ光が差し込み、スニーカーを履いた足が浮かび上がっていた。

恐る恐る中に入ると足から上も薄暗がりの中に見えた。

頭から血を流した男の人が倒れている。

おいおいおいおい、今日がお仕事初日なんですけど。

まさかこんな展開になるなんて。

失せ物探しで死体を見つけてしまうとは!

ってかサインボール見つかってほんとに良かったぁ。

菜緒のヤマ勘的中じゃん。

いやいやそれよりこういう時どうしたらいいんだいったいぜんたい!?

僕は完全にパニクっていたので男の人の手が微かに動いたのを危うく見逃してしまうところだった。

菜緒:まだ生きてはる!

菜緒も同じタイミングで気づいたらしく素早く駆け寄り、「大丈夫ですか?」と男の体を軽く揺すった。

?:ん…む…

男は呻いた。

菜緒:◯◯、救急車!

◯◯:お、おう!

我に返った僕はスマホで119番通報した。

5分ほどしてサイレンの音が近づいて来た。

空き地に救急車が入って来る。

けたたましいサイレンの音に何事かと近所の家々から住人が顔を覗かせた。

男は救急隊員によって手際良くストレッチャーに載せられ、救急車に収容された。

成り行きで僕たちも救急車に乗って病院まで行くことになった。

救急車が走り出す。

救急車は日向市総合病院へ向かった。

日向町唯一の病院だそうで、かなり大きい。

救命救急センターの待合室で菜緒と僕は警察の到着を待つことになった。

男の意識はまだはっきりしていないし、状況が不明なため一応警察にも通報した方が良いと救急隊員に言われたからだ。

菜緒:めっちゃパニクってたなぁ

菜緒がケラケラ笑った。

◯◯:仕方無いだろ、死体かと思ったんだから

僕は少しムッとして、

◯◯:菜緒だって悲鳴上げてたじゃん

菜緒:だって女の子やもん♪

◯◯:ずりぃ…

菜緒:ウチの助手なら突発的な事態にも慣れてもらわな。ま、場数よ場数、こういうのは

◯◯:むぅ…

菜緒:まぁ頑張り給えよ

菜緒のドヤ顔は腹立つが言っていることは正しいから正直ぐぅの音も出ない。

◯◯:菜緒は死体とかも見慣れてるの?

菜緒:もちろん!探偵修行してる時に殺人事件は何件か遭遇してるしな

◯◯:さすがは名探偵の孫だな

菜緒:それほどでも♪

他愛も無い会話をしていると、

?:あ、こしゃ~

?:やっほー

スーツ姿の女性たちがこちらへ歩いて来た。

菜緒:史帆さん!陽菜!こんにちは!

僕もつられて頭を下げた。

?:この人は~?

史帆さんと呼ばれた人が菜緒に訊いた。

菜緒:こちら、探偵局であたしの助手として今日から働くことになった佐々木◯◯くんです

と僕を指し、

菜緒:◯◯、こちらはいつもお世話になってる日向署の刑事さんで、加藤史帆さんと河田陽菜や

と僕にふたりを紹介してくれた。

◯◯:えっ、刑事さん!?

全くそんな風に見えない。

ひとりは話し方がへにょへにょした美形。

もうひとりはザ・後輩な雰囲気を醸し出しているふわふわしたかわいい系。

ふたりは警察手帳を示し、

史帆:日向署刑事課捜査一係の加藤史帆です。よろしくね~

陽菜:同じく河田陽菜です

自己紹介されたことで実感が湧いた。

◯◯:佐々木◯◯です。初めまして!

慌てて頭を下げた。

刑事と関わるのは初めてなので緊張した。

史帆:119通報したのって〇〇くん~?

◯◯:あ、はい

陽菜:やっぱり!そうだと思いました

史帆:そうなの~?えらいね陽菜~

河田さんの頭を撫でる加藤さん。

えへへと笑う河田さん。

めっちゃ緩い。

緊張して損したな。

史帆:怪我人発見した時の状況聞かせて~

加藤さんの言葉に河田さんが手帳とペンを構える。

僕と菜緒は当時の状況を語った。

特に菜緒は僕の証言の足りない部分を補ってくれた。

仔細を記憶しているのはさすが探偵と言ったところ。

やはり場数か。

菜緒:…とまぁこんな感じです

史帆:ふむふむ。怪我人はまだ治療中~?

陽菜:終わってますが、まだ意識は戻ってません。頭を強く打ってたらしいです

史:そっか~。事情聴取はまだムリだね~

怪我人は身元を示す物を持っておらず、事件か事故かもまだ判断出来ないため、意識が回復次第事情を訊くらしい。

史帆:こしゃたちはどうするの~?

菜緒:取り敢えずサインボールは見つかったんで依頼人のところへ行きます

史帆:分かった~。じゃあね~。陽菜行くよ~

陽菜:はい

踵を返した河田さんに菜緒が声を掛ける。

菜緒:陽菜、今度遊ぼなぁ♪

陽菜:いいよ!連絡してね

ニコニコしながら応じて、河田さんは加藤さんを追い掛けながら、「バイバーイ!」と先ほどまでの彼女からは想像出来ないレベルの大声を出して手を振った。

ここ病院だぞと思ったら、案の定通り掛かった看護師さんに叱られていた。

◯◯:個性的な刑事さんたちだね

少しだけ日向町の治安が心配になった。

菜緒:おもろいやろ?あのふたり大好き♪何回か事件で一緒になったし、捜査情報は気軽に教えてくれるし♪

それはそれで問題だと思う。

◯◯:河田さんと仲いいみたいだけど?

菜緒:陽菜とは歳は離れてるけど、なんか妹みたいですぐ仲良くなれてん♪

◯◯:なるほどね

菜緒:まさか陽菜に手ぇ出すつもり?

菜緒がジト目で僕を見る。

◯◯:全くそんなこと思ってません

菜緒:ほんまかぁ?ま、ええけど

心なしか頬を赤くして、ホッとしたように見えたのは何故だ?

怪我人の意識が戻らないならここに長居する理由は無い。

看護師に意識が回復したら連絡をくれる様に頼んで病院を出た。

初日からとんでもないことになったが、サインボールを見つけることが出来たのは幸いだった。

病院のバス停からバスに乗り、依頼人の家に向かうことにした。

岸川文子さんの家のインターホンを押すとすぐ応答があり、来意を告げると当人が迎えてくれた。

文子:お願いしたその日に見つけて下さるなんてさすがは小坂探偵のお孫さんねぇ

菜緒:いやぁそれほどでもぉ

少しは謙遜しろよ。

文子:◯◯くんも優秀な助手さんね

◯◯:いえ、そんなことありません

僕も他人のこと言えないくらいニヤけてしまうのを抑えるのが大変なんだけどね。

褒められるのは誰だって嬉しいじゃん。

仕事初日に高評価いただいたんだもん。

菜緒の神がかり的ヤマ勘のお陰というのが本当のところだけども。

リビングに通される。

文子:冷たい麦茶でいいかしら?

菜緒:あ、お構いなく…

文子さんが麦茶を持って来てくれた。

菜緒・◯◯:いただきます

ポカポカ陽気で火照った体に冷たさが心地良かった。

菜緒:早速ですが…

一息ついた菜緒がポシェットからボールを取り出し、

菜緒:ご確認下さい

文子さんに渡す。

文子:そう、これよ。間違い無いわ。どうもありがとう

文子さんは愛おしそうにボールを撫でた。

文さんの嬉しそうな顔を見て、この仕事のやりがいを見出だせた気がした。

誰かのために頑張ることがこんなにも清々しい気持ちにさせてくれるなんて。

その笑顔にさっきまでの疲れが吹き飛んでいくようだった。

リビングの扉が小さく開いて小学校低学年くらいの男の子が遠慮がちに顔を覗かせた。

文子:圭太、こっちいらっしゃい

呼ばれ、顔を俯けたまま入って来た。

この子が大暴投したお孫さんか。

文子:孫の圭太よ

と僕たちに紹介し、

文子:この方々がボールを見つけて下さったのよ。あなたからもお礼言いなさい

文子さんに促され、

圭太:ありがとうございました

と頭を下げた。

その時、圭太くんの表情に不満そうな感情が浮かんだ気がした。

拗ねてるのかな?

菜緒:どういたしまして♪

菜緒がニコッと応えた。

菜緒:でも、なんでサインボールでキャッチボールしたん?

尋ねられても圭太くんは黙ったままだ。

文子:理由は申しませんの

文子さんは困ったものだという表情だ。

文子:この子ったら、キャッチボールする度にボールを失くして来るんです。練習しても上手くならなくて

◯◯:そうですか…

文子さんは圭太くんの頭を撫でながら言う。

文子:もったい無いので新しいボールを与えてなかったんですが、どうしてもキャッチボールしたかったみたいね。だから軽い気持ちでサインボールを持ち出したんでしょう

文子さんはソファから立ち上がりボールを元通りスタンドに戻した。

文子:もう持ち出したらダメよ

圭太:はい…ごめんなさい…

その光景をなんとなく目で追っていた僕は棚の上に飾られた写真を見て声を上げた。

菜緒:どうしたん◯◯?

菜緒が僕の顔を覗き込む。

文子さんも驚いて振り返った。

◯◯:その写真、見せてもらってもいいですか?

文子:ええ、どうぞ

文子さんの了承を得ると、僕は写真立てを手に取りじっくり見た。

◯◯:やっぱりそうだ

見間違いではない。

菜緒:どないしたんて

菜緒が横から覗き込んで来る。

◯◯:菜緒、この人…

僕は写真に写っている人物を指差した。

菜緒:あ!

一家で撮った集合写真。

今年の正月に撮影したもののようだ。

そこに物置小屋で倒れていた男性が映っていた。

◯◯:文子さん、この人は?

文子:息子の学。陽太の父親よ

僕と菜緒は顔を見合わせた。

あの男の人は文子さんの家族だったのか。

僕が事情を説明すると文子さんは青ざめ、

文子:まぁ、どうしましょう…

とおろおろした。

その時僕のスマホが着信を告げた。

日向総合病院からだ。

出ると救命救急センターの看護師からで、怪我人の意識が戻ったという。

ナイスタイミング。

僕らはタクシーを呼んで病院に向かった。

 ※

僕らが病院に着くのと加藤、河田両刑事が到着したのも同時だった。

受付で病室は302号室だと教えてもらいエレベータに乗る。

菜緒が両刑事に怪我人の身元が判明したことを告げると、

陽菜:すごーい

史帆:さすが名探偵~

菜緒:これは◯◯のお手柄なんです!な?

◯◯:お役に立てて良かったです

史帆:やるじゃんこしゃの彼氏~

菜緒:か、彼氏ちゃいますっ///

エレベータが到着した。

302号室には医師と看護師が来ており、岸川学さんと話をしていた。

見たところ学さんは元気そうな様子だ。

圭太:パパ!

圭太くんがベッドに駆け寄る。

学:おう圭太。母さん

学さんは手を上げた。

文子:大丈夫なの?

文子さんが心配そうに尋ねる。

学:大したことねぇんだ

額を少し切ってはいたものの軽い脳震盪を起こしていただけで、夜には帰宅しても問題無いそうだ。

奥さんの孝子さんがスーパーのパートを抜けて駆けつけて来た。

文子さんがタクシーの中から連絡していたのだ。

夫の状態を聞き安堵の表情を浮かべる。

家族の様子が落ち着いたところで加藤さんと河田さんが名乗り、加藤さんが事情聴取を始めた。

河田さんはメモ係だ。

史帆:いったい何があったんですか~?

学:ただ転んだだけなんだよ

躓いた拍子に物置小屋の棚で頭をぶつけたらしい。

決して誰かに突き飛ばされたとかそういうわけではないという。

菜緒:なんで出掛けてはったんですか?

横から菜緒が口を挟んだ。

学:誰だい、あんた?

文子:日向坂探偵局の方よ。私がサインボール探しを依頼したの。その時にあなたを見つけて下さったのよ

菜緒と僕はそれぞれ名乗った。

学:そうだったのか。恩人だな。ありがとうございました。迷惑掛けちゃったね

◯◯:いえいえそんな…

菜緒:当然のことをしたまでですから

文子:サインボール見つかったのよ

学:お、そうなの、か…

一瞬、学さんの目が泳いだ気がした。

学:さっきの質問の答えだけど、単なる散歩だよ

◯◯:なんで散歩中に物置小屋へ?

史帆:もぉ~菜緒も◯◯くんもっ~。としちゃんが事情聴取してるの~

加藤さんが頬を膨らませた。

◯◯:ごめんなさい、つい…

加藤さんが改めて物置小屋に行った理由を訊ねる。

学:それは…

学さんは言い淀み、

学:そうそう、猫がいたからだよ

菜緒:猫?

学:あぁ。俺、猫が好きなんだ。あの物置小屋に入って行った後をついつい追い掛けちまったんだ

菜緒:猫かぁ。ウチも猫好きなんです♪

陽菜:あたしも

菜緒:気ぃ合うやん♪

陽菜:だねぇ。えへへ

史帆:なるほど~

加藤さんはその後2、3質問した後、

史帆:事件性は無いみたいなんであたしたちは署に戻りま~す

と宣言し、敬礼して病室を出た。

河田さんが着いて行く。

去り際に大声で「バイバーイ」と言い掛けたが、口に手をやり辛うじて声を呑み込み出て行った。

ふぅ…危なかった。

刑事が帰ると、少し緊張が解けたのか文子さんたちが話し始めた。

孝子:あなた、猫好きだったっけ?

学:え?お、おう、そうだよ

孝子:そう…

文子:ほんと気をつけなさいよ。あんた小さい頃からよく転んでたわね。何も無いところで躓いたりして

孝子:それにうっかり屋で。出掛ける時にも財布とかスマホ忘れて行くんです。今日もそうだったんでしょ?

学:あぁ…

学さんは頭を掻く。

だから何も持ってなかったのか。

孝子:うっかりのくせに競馬や競輪が好きで

文子:会社をクビになったのに仕事探さずフラフラして

孝子:もしかして散歩に行くと言いながら商店街のパチンコ屋にでも行こうとしてたんじゃないの?そのくせ財布忘れてるけどね

学:ちげぇよ。俺は…

何か言い掛けたところで、

学:うるせぇやい

バツが悪そうにそっぽを向いた。

家族の風景に僕と菜緒はただただ苦笑いするしかなかった。

ふと圭太くんを見ると、どこか不安そうな目をしていた。

たまたま視線が合ったが、ふいと逸らされてしまった。

あの目は何か隠しごとがあるのに違いないと思った。

僕と菜緒は病室を辞去した。

スマホで時刻を確かめる。

午後4時半。

外は夕暮れの気配だがまだ明るい。

僕はふと思い立ち菜緒に言った。

◯◯:物置小屋見に行かないか?

菜緒:気になることでもあるん?

◯◯:うん。なんとなくね

菜緒:気ぃ合うやん。ウチもや♪

僕は菜緒の顔を見た。

笑顔の中に自信が透けている。

 to be continued…

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