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こちら、日向坂探偵局! File.00「騒がしい日々のはじまり」

今思い返せば、日向坂探偵局を訪ねた日―2018年3月28日は僕にとって運命的な日になった。

その日は例年に比べて気温が高く、初夏のようなポカポカ陽気だった。

バスを降りた僕はボストンバッグを持ち直すと地図を片手に見知らぬ街を歩き始めた。

坂道県日向市日向町。

坂道県は東海地方に位置し、日向市は県内4番目の規模の都市だ。

日向町は市の中心部から離れた閑静な住宅街である。

僕は県庁所在地である隣の坂道市に住んでいるが、ここには来たことが無かった。

陽炎揺らめくアスファルトからの放射熱がジリジリ暑い。

汗を拭いながら、地図を頼りに目的地を目指した。

勾配が緩やかになったり急になったりする坂道―日向坂を上る。

◯◯:この辺りのはず…

坂を上り切ると、古い雑居ビルが目に留まった。

掲げられた看板には、

<日向坂探偵局
  ※事件解決、浮気調査、失せ物探し、
   その他萬ご相談承ります
    局長:小坂尚蔵>

と書いてある。

◯◯:ここだ!

ようやく着いた。

少し建てつけの悪いドアのノブを回すと、ドアベルが音を立てた。

何故か、騒がしい日々の始まりを告げる音のような気がした。

◯◯:すみませーん

玄関は沓脱ぎになっていて、その奥が事務所になっているようだ。

内部は外観とは正反対の明るめな色を基調としたインテリアで、お洒落な雰囲気。

冷房が効いており、汗ばんだ体にとても心地いい。

◯◯:すみませーん

再び声を掛けたが反応が無い。

◯◯:誰もいないのかな?

デスクには誰も座っていないし、応接スペースにも人はいなかった。

時計を見る。

9時ちょうど。

◯◯:誰も出勤してない…わけ無いよな…

エアコンは点いているし、そもそも入口の鍵が開いていたのだ。

◯◯:失礼しまーす

僕は断りを入れつつ靴を脱ぎ、スリッパを履いて事務所に上がった。

◯◯:あのぉ…誰かいませんか?

声を掛けながらあちこち覗いてみたが誰もいない。

ゴト、と音がした。

音のした方へ歩を進める。

空色のカーテンが掛かっていた。

仕切りだろうか?

◯◯:誰かいますか?

カーテンを開けると、そこには。

裸にバスタオルを巻いた美少女がいた。

◯◯:あ…

?:あ…

しばしの沈黙。

見つめ合ったのはほんの一瞬だった。

?:泥棒!変態!痴漢!

色々な物が僕目掛けて飛んで来た。

◯◯:ちょ!違…

間髪入れず飛んで来る物を避けながら弁解しようとするも、

?:問答無用や!

美少女は聞く耳持たず。

直後に飛来した灰皿が額にヒットし、僕は床に沈んだ。

 ※

◯◯:ん…

目を開けた僕はどこかに寝かされていることに気づき、痛む額に手をやりながら起き上がった。

応接スペースのソファだ。

?:あ!気ぃついた?

先ほどの美少女である。

誤解を解かねばと口を開き掛けたが、

?:さっきはごめんなさい!

向こうが頭を下げたので拍子抜けした。

◯◯:いやこっちこそ勝手に入って勝手に開けちゃってごめんなさい!

頭を下げる深さを競い合ってしまった。

?:カーテンの向こうはプライベートスペースになってて。お風呂上がりやってん

◯◯:そうだったんだ…

事務所兼住居ということか。

?:てっきり変質者やと思って◯◯に悪いことしてもうた。痛かったやろ?

心配そうに僕の顔を覗き込んで来た。

距離の近さにどきまぎして慌てて顔を引く。

◯◯:だ、大丈夫、平気だよ。ってか、なんで僕の名前を?

名乗るタイミングなんて無かったのに。

?:さっきは咄嗟のことで気ぃついてへんかってんけど…

彼女は自分自身を指差し、

?:ウチのこと、覚えてへん?

逆に問うて来た。

僕はまじまじと相手の顔を見つめた。

記憶を辿り、やがて幼い頃一瞬に遊んだことのある女の子の姿が目の前にいる美少女に重なっていく。

◯◯:もしかして…菜緒?

菜緒:正解!

◯◯:マジかよ!久しぶりじゃん!8年ぶりくらい?

菜緒:もうそんなになるなぁ

◯◯:ここにいるなんて思わなかったよ。大阪に住んでなかったっけ?

菜緒:15歳の時に引っ越して来てん♪

◯◯:日向市に住んでるなんて全然知らなかった

菜緒:おじいちゃん同士の交流はあったのにな

◯◯:ほんとだよ。おじいちゃんもなんで教えてくれなかったんだ

それにしても。

◯◯:すっかり見違えたね

菜緒:かわいくなったってこと?

いたずらっぽく僕の目を覗き込む。

◯◯:そ、そりゃまぁ12年ぶりだしな///

菜緒:恥ずかしがり屋は相変わらずやな♪

◯◯:うっせぇ

菜緒:あはは♪

まだ小さい頃、祖父に連れられて大阪の菜緒の家へ何度か遊びに行ったことがある。

祖父と菜緒の祖父・尚造さんは小学校からの親友同士で、この時ですでに半世紀以上の付き合いだった。

菜緒とは初めて会った時にすぐ仲良くなって一緒に外で遊んだり、家でゲームしたりと、楽しい時間を過ごした。

かわいらしい顔立ちに何度も見惚れてしまっていたことを今でもはっきり覚えている。

もしかしたら僕の初恋だったのかもしれないが、そんなことを本人には口が裂けても言えそうにない。

淡い想いと共に幼い頃の想い出として、僕の心の中に大切に保管されていた。

菜緒も覚えていてくれたのは正直嬉しい。

菜緒:なんかめっちゃ回想してない?

菜緒に指摘され、我に返る。

◯◯:そ、ソンナコトナイヨ?

菜緒:ところで◯◯はなんでここに?

◯◯:それなんだけどさ…

本題である。

僕はリュックから封筒を取り出して菜緒に差し出した。

◯◯:おじいちゃんが尚造さん宛に書いた手紙なんだけど…

菜緒:これを届けるためにわざわざ?

◯◯:いろいろ事情があってさ。尚造さんはいらっしゃるかな?

菜緒:それが…

菜緒の表情が曇る。

菜緒:先週亡くなってん

◯◯:え!

僕は仰天し、封筒を見つめた。

祖父の力強い字で「小坂尚造様」と宛名書きされている。

◯◯:そうだったんだ…ごめん…

菜緒:ううん、大丈夫。それより、その事情ってやつ聞かせてくれへん?

◯◯:なんで菜緒に?

菜緒:ウチがこの探偵局の局長を継いだから

◯◯:継いだ!?菜緒が!?

菜緒:そう言うてるやん

菜緒の祖父、小坂尚造さんは日本で5本の指に入る名探偵だ。

若い頃から大阪を拠点に活動し、菜緒が生まれて以降も現役バリバリだった。

跡継ぎである尚造さんの息子、つまり菜緒の父親は、菜緒がまだ幼い頃に彼女の母親と共に交通事故で他界してしまった。

そのため尚造さんが菜緒を育てた。

菜緒:探偵のスキル叩き込まれたし、事件も何件か解決したし!

◯◯:いくつ解決したの?

菜緒:そ、それは…

歯切れ悪くなる菜緒。

菜緒:1件だけやけど…文句あるんか!

◯◯:開き直るな!

菜緒:探偵としては駆け出しやけど、おじいちゃんの助手として場数は踏んでるから信用して!逃げたペットの捜索とか失せ物探しとか日常的な依頼はひとりで担当してたもん!

◯◯:そ、そうなんだ…

正直不安だったが、頼れるのは菜緒だけのような気もした。

というかそれ以外の選択肢を持っていない。

◯◯:分かった。話すよ

 ※

祖父、佐々木粂蔵は佐々木財閥と呼ばれるコングロマリット、佐々木グループを一代で築き上げた。

70歳を超えてもなお、社長兼会長として采配を振るっていた。

グループの母体であるササキ・コーポレーション本社は坂道市にある。

日本全国に留まらず、海外にも支社やグループ企業が存在している。

後継者となるはずだった僕の父は僕が幼い頃に病気で他界してしまったため、専務である叔父が祖父を補佐していた。

だがそんな敏腕経営者だった祖父も孫の僕にとったら、優しくて大好きなおじいちゃんだった。

今思うと、忙しい合間を縫って僕のために時間をつくってくれていたのかもしれない。

そんな祖父が1週間前に急死した。

前日までは元気で持病も無く、健康そのものだったところの突然の死だった。

僕は悲しみのあまり三日三晩泣き崩れた。

食事も喉を通らず、自分の部屋に閉じ籠もっていた。

世間では祖父の莫大な遺産を誰が相続するのかに注目が集まっていた。

遺産にはササキ・コーポレーションの経営権も含まれている。

祖父は遺言書を遺しており、そこには相続者の名前が記されている。

遺言書の開封は佐々木家が一同に会した場で行うようにと祖父は言い遺していた。

現在、ササキ・コーポレーションの社長には暫定的に叔父が就任している。

それは一時的な措置でしかなく、叔父が正式な後継者かどうかは遺言書の開封までは分からなかった。

祖父の死から4日後、泣き崩れていた僕の元に手紙が届いた。

差出人の名前が無い。

不審に思いながら封を開く。

便箋を広げた僕は愕然とした。

祖父からの手紙だった。

見覚えのある達筆で、驚くべきことが書かれていた。

いずれ自分は殺されるだろう。

その奇禍はやがて僕の身にも降り掛かる。

そして僕には生き別れた姉がおり、その人を探し出して守って欲しい。

なんてことだ。

僕はショックを持て余した。

あまりにも情報量が多すぎる。

おじいちゃんは本当に殺されたのか?

健康に気を遣い、特段大病を患っていたわけではなかった祖父が急死したことに疑問が無いと言えば嘘になる。

死因は心不全だが、誰の死因も突き詰めれば心不全になると聞いたことがある。

朝なかなか起きて来ない祖父を心配した家政婦の清(きよ)さんがベッドで亡くなっている祖父を発見した。

表情は穏やかだった。

不自然な点が見当たらなかったことで警察の捜査や解剖も行われていない。

にわかに疑惑が湧いて来た。

祖父が殺害されたとして、死を予見出来ていたということは身内が犯人の可能性もあるのではないか?

そんなこと考えたくもないが。

そして、僕に姉がいたなんて。

手紙には異母姉と書かれていた。

母も父の死の直後に病死しているので詳細は分からない。

会ったこともない姉を探して守れなんて、めちゃくちゃだ。

そもそも何故僕も狙われるのだろう?

すぐ思いつくのは遺産絡みだ。

姉もそのゴタゴタに巻き込まれるということか?

祖父が本当に殺されたのか分からない以上詮索すること自体無駄かもしれないが、僕の心はざわついたままだった。

翌日、僕の考えを改めさせる出来事が起こった。

僕がトイレから部屋に戻ると、些細な違和感を覚えた。

すぐに違和感の正体に気づいた。

トイレに立つまで僕は机に向かっていたのだが、ノートや文房具の位置が先程までと違っていたのだ。

些細な差異だったが、記憶違いでは無い。

何者かが机を探ったのかもしれないと思い、引出しの中を改めた。

そこも微妙に物の位置がずれていたりした。

もしかしたら、祖父からの手紙を探していたのかもしれない

僕はポケットに手をやった。

そこには手紙が入っている。

念のために持ち歩いていたのだ。

それが功を奏したようだ。

僕はこの時祖父の死に確信を持った。

そして怖くなった。

ここは危ない。

僕は手紙に書かれていた指示に従うことにした。

その指示とは、尚造さんの力を借りろというものだった。

万一の避難先として、日向坂探偵局の住所が記されており、尚造さん宛の手紙も同封されていた。

尚造さんと祖父の友人関係は家族に知られているが、尚造さんが隣町に住んでいることは明かしていなかった。

僕もこの時初めて知った。

尚造さんが日向市に越して来てからのやり取りは、誰にも悟られないように注意しながら進めていたとあった。

菜緒が日向市に来たのが15歳の時ということは、このやり取りは2年前から行われていたことになる。

そんな前から祖父は自らの死を予見し、万一のための準備を進めて来たというのか?

最後に諸々の手続きは済ませてあるから手紙を読んだらすぐ尚造さんの元へ行けと書かれていた。

すぐというわけにはいかなかったがまだ遅くはないはずだ。

探偵局への道順も、事細かい指示が記されていた。

練りに練った秘密ルートだそうだ。

これなら追手を振り切れるだろうと書いてあった。

まるで現実味の無い、スパイ映画みたいな展開に戸惑いながらも、僕は身支度を整え、家を出た。

僕の住む家は坂道市の中心地から山手に入ったところの高台に建つ瀟洒なつくりの洋館だった。

祖父と僕、清さんの3人で住んでいたが、清さんは祖父の死後に辞めてしまい、今は僕1人だけだった。

抜け出すのは容易だ。

僕は周囲に目を配りながら門扉を閉じた。

歩き出したが立ち止まり屋敷を振り返る。

祖父との想い出が蘇る。

涙を拭い、屋敷に背を向けた。

指示通り、あらゆる交通手段を乗り継いだ。

追手を撒くためだ。

いるかどうかは分からなかったが。

普通なら2時間程度の道程を3日掛けて日向坂探偵局へやって来た。

 ※

◯◯:というわけ

僕が長い話を終えると菜緒は腕組みした。

菜緒:なるほど。大変やったな

◯◯:正直現実味が無いよ

小説か映画の世界にでも迷い込んでしまったみたいだ。

菜緒:ここに来たらもう安心や。ウチが〇〇のこと守ったる!

どんと胸を叩いた菜緒は直後にむせて咳き込んだ。

本当に大丈夫かな?

菜緒:おじいちゃん宛の手紙によると…

気を取り直した菜緒は、改めて文面に目を通した。

菜緒:ふむふむ…◯◯の日向坂高校への転校手続きは済んでるみたい。ウチと同じクラスやって♪

◯◯:へぇ、そうなんだ…って何それどゆこと!?

菜緒:ウチと同じクラス嫌なん?

◯◯:そういうことじゃなくて…

諸々の手続きってこれのことだったのか。

菜緒:それと、「ここに◯◯を住まわせて欲しい」やって。もちろん♪2階に空部屋あるから使ってええよ!

◯◯:ありがとう…ってここに住む!?

菜緒:さっきからいちいちリアクションがおもろいなぁ

菜緒はケラケラ笑った。

菜緒:とにかく◯◯はここで暮らしながら、4月8日から日向坂高校に通って、探偵局の仕事を手伝うっちゅうこっちゃ♪

ん?

しれっと新要素が加わっていた気がするのだが?

◯◯:僕、ここで働くの?

菜緒:せやで!

◯◯:それも手紙に書いてあるの?

菜緒:ううん。これはウチが決めた♪

◯◯:そんな勝手に…

菜緒:働かざる者食うべからず。小坂家の家訓や。人手足らんかったしちょうどええわ♪

◯◯:ちょうどええわって言われてもなぁ…

煮え切らぬ僕に菜緒は頬を膨らませた。

菜緒:◯◯のこと守りながら粂蔵さんの死の真相を探り、さらにあんたのお姉さんまで探さなあかんねんで?

◯◯:それはそうだけどさ…

菜緒は表情を緩め、

菜緒:ちゃんと衣食住は面倒見るで?その分のお金は頂いてるし♪

祖父から探偵局の口座に相当な額の金が振り込まれているという。

どこまでも手回しがいいな。

祖父の念の入れようが祖父の死への疑惑を確かなものにしていく。

◯◯:でも一応狙われてる身だけど、学校に通ったりして大丈夫なのかな?

菜緒:ずっと閉じ籠もっとくわけにはいかんやん?人間的生活は営まないと。それにここは敵にバレてないはずやし♪

◯◯:確かに手紙に書いてある通りのルートで来たけど、万が一見つかってたら…

不安を口にすると、

菜緒:怯えてるだけやったら、敵の思う壺な気ぃするし…

菜緒は手紙を封筒に直しながら言った。

菜緒:なんかあったらウチが絶対守ったる

真剣な眼差しに胸を打たれた。

その瞳は記憶の中の少女のそれではなく、名探偵の血を継ぐ者の英知と才気に満ち溢れていた。

◯◯:分かった。僕も戦うよ。よろしくお願いします

と頭を下げた。

菜緒:こちらこそ、よろしくな♪

 ※

菜緒:この部屋使って♪

2階に案内された僕は、階段を上って突き当たりの部屋を割り当てられた。

家具が揃っている。

重厚感溢れる物ばかりだ。

菜緒:元おじいちゃんの書斎や

◯◯:え、使っていいの?

屋敷に祖父との想い出が詰まっていたようにこの部屋にも彼女と尚造さんの想い出があるはずだと思った。

菜緒:かめへんよ。使わんかったら逆にもったい無い気ぃするし。シーツの替えとか後で持って来るから

菜緒は屈託無く笑っていたが、尚造さんのことを思い出したのか、瞳が潤んでいるように見えた。

◯◯:分かった。大切に使わせてもらうね

菜緒:うん♪ほら、荷物置いて!

菜緒は気丈に促した。

背を向けた僕に隠れて涙を拭っていたことには触れないでおこう。

荷物を置き、書棚に目を向ける。

◯◯:こりゃすげーや…

膨大な推理小説・探偵小説の類がずらっと並んでいた。

僕は小さい頃からミステリが大好きで、古今東西の名作を読み漁った。

家を出る時も自分のコレクションを置いていかなければならないことが残念だった。

しかし僕のコレクションなぞ、ここに並んでいる本たちには到底敵わない。

今ではとても高価な初版本や原書(とても状態が良い)が収集されており、ミステリ博物館とでも呼びたくなる蔵書だ。

◯◯:これは「黒死館殺人事件」の初版本じゃないか!「オリエント急行の殺人」の原書まで。マジですごい!

菜緒:◯◯もミステリ好きなん?

◯◯:大大大好きさ。だからさっき菜緒の助手になれって言われた時、心の片隅では興奮してたよ。まるで推理小説の世界に入り込んだみたいでさ。狙われてるかもしれないってのに

僕は苦笑した。

菜緒:ウチもミステリよぉ読んでる!めっちゃ気ぃ合うやん!何が一番好き?

◯◯:古典だとクロフツの「樽」。最近だったら米澤穂信の「追想五断章」。

菜緒:ウチは「獄門島」♪

◯◯:お、いいねぇ

ミステリ談義に花を咲かせながら部屋を出ると2メートルほど離れたところにもドアがあり、掛けられたプレートを見て我が目を疑った。

◯◯:もしかしてここ、菜緒の部屋?

プレートを指差して訊ねた。

<なお>

と、かわいらしく書かれている。

菜緒:せやで!

◯◯:1階に住んでるんじゃないの?

菜緒:下は居間とかお風呂とか、そういうのしか無いよ

◯◯:ま、マジか…

菜緒が、隣の部屋にいる。

菜緒:あ~、◯◯

菜緒が僕の目を覗き込む。

菜緒:なんかヤラしいこと考えてんとちゃうやろなぁ?

◯◯:そ、そんなわけないだろ///

菜緒:ま、◯◯にはウチを襲う度胸なんか無いか?

挑発的な目線に僕は虚勢を張る。

◯◯:菜緒なんてそんな対象になんねぇよ

菜緒:ふーん…なんか強がってない?

◯◯:第一…

僕はちらっと、菜緒の薄い胸元に目線をやった。

タオル1枚の光景を思い出す。

あの時も膨らみは…無かったな。

菜緒はカッと頬を染め、

菜緒:ちょっ///どこ見てんねん!

直後、拳が飛んで来た。

◯◯:へぶっ!

咄嗟のことに避け切れなかった。

鼻っ面にきれいに決まったストレートに吹っ飛ばされた僕は、階下へ真っ逆さまに転落したのだった。

 ※

目を開くと、さっきと同じソファに寝かされていた。

後頭部に氷嚢が当てられている。

ズキズキ痛んだ。

触ると瘤が出来ている。

鼻の痛みは大したことなかったが鼻血が出たらしく、左の穴にティッシュが詰め込まれている。

?:気がつかれましたか?

菜緒ではない声がした方へ顔を向け、息を呑んだ。

なんてきれいな人なんだ。

たぶん年上だろう。

整った顔立ちの美人がそこにいた。

また鼻血出そう。

?:あ、鼻血が!

すでに出ていたらしい。

その女性が右の穴にも詰物を捩じ込んだ。

息苦しいが、悪くない。

こんな美人に介抱してもらってるんだから。

菜緒:何満更でもないっちゅう顔してんねん

頭上から降って来た恐ろしい声音に振り向くと心から僕を蔑む菜緒の顔があった。

◯◯:すみません…

悪いのはこちらなので僕は小さくなった。

?:だめよ菜緒

取りなしてくれたのは美しの君だった。

?:◯◯さんが悪い部分もあるけど菜緒のせいで階段から落ちたんだから、優しくしてあげなきゃだめ

菜緒:だってマナモぉ…

?:だっても何も無いの

マナモと呼ばれた美しの君は、菜緒の唇に人差し指を当てた。

菜緒:うぅ…

菜緒が猫のように大人しくなった。

◯◯:あのぉ、あなたはいったい?

美しの君が微笑む。

揺れた長い髪から甘い香りが…しただろうに詰物のバカ!

愛萌:申し遅れました。私、宮田愛萌と申します。この探偵局で局長秘書をしております

愛が萌ゆると書いて愛萌。

なんてかわいらしくてこの人にぴったりの名なんだろう。

愛萌:佐々木◯◯さん。局長から事情は伺いました。大変でしたね。今日からよろしくお願い致します。

見事な最敬礼だった。

なんと清楚な所作なのか。

お辞儀しようと起き上がったが、

◯◯:イテ…

痛みが走った。

愛萌:まだ寝てて下さい

愛萌さんが優しく肩を押し、ソファに横たわらせてくれた。

愛萌:安静に…ね?

アザトカワイイ華麗なウィンクに見事目が溶けた。

完全な不意打ちだ。

清楚な雰囲気からのこの仕草。

ギャップ萌え!

菜緒:あー!愛萌ぶりっこしてるー!いーけねんだいけねんだ!

◯◯:お前は小学生か!

菜緒:◯◯は変態やからそんなことしたら変なこと考えてまうやろ!

◯◯:考えねぇよ!

愛萌:すみません、つい…

なおもぶりっこする愛萌さん。

菜緒:お仕置きや!

菜緒は愛萌さんのほっぺを両側からふにゅっと掴んだ。

愛萌:ふゅみまふぇ~ん

結果、もっとかわいくなっただけだった。

愛萌:買い物から戻ったら菜緒が◯◯が死んだ~って騒いでて驚きました。ふふ❤️

だからさっきはいなかったのか。

ふたりを見ていると局長と秘書というより、姉妹みたいな関係だなと思った。

対等だし、心から信頼し合っているように見える。

◯◯:ふたりはどういう関係なんですか?

菜緒:愛萌はうちが小学生の時におじいちゃんが施設から引き取って来てん

愛萌:尚造さんには家族同然に育てていただきました

菜緒:3つ歳上やけど、ウチの妹みたいなもんや♪

愛萌:違うわよ。どう考えても私がお姉ちゃんでしょ?

なんつう微笑ましいやり取りだ。

どちらが姉か妹か、どっちもどっちな気がするなぁ。

菜緒:今回は大目に見といたる。階段から落ちたんはうちのせいやし

◯◯:寛大な処置、かたじけない

僕は一瞬命を狙われているかもしれないことを忘れ、今日から始まる新しい生活を想像しワクワクしていた。

 to be continued…

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