見出し画像

アサヒナコマルガムシが生息する高原の湧水帯

妻の実家が長野県央の白樺湖に程近い高原にあるため,帰省の度に現地の昆虫相を調査するようになった。長野県の茅野市と立科町の境界に位置する白樺湖周辺の一帯は,周辺の霧ヶ峰や八ヶ岳連峰の太古の火山活動によって形成された高原となっており,標高1,300~1,700 m程度の範囲で緩やかなに起伏する地形が広範囲に広がっている。この一帯で特徴的なのは,緩やかに起伏する樹林帯の至る所に湧水流があり,林床にミクロな湿地帯が形成されている場所が多いのである(下写真)。

写真1. 樹林帯を流れる湧水流
写真2. 樹林の中に点在する湧水湿地

筆者は,このような環境にアサヒナコマルガムシが多産しているのを発見している。

写真3. アサヒナコマルガムシ
樹林内の湧水湿地や、湧水流周辺の水溜まり等、ごく浅い水辺に多数生息している。

アサヒナコマルガムシは北方系の水生甲虫で,本州では尾瀬等の高層湿原でのみ生息が確認されていた種である。そのような高層湿原は本州中部以北の高標高地に点在しているが,ほとんどは国立公園等の特別保護地区に指定されており,個人が許可を得て昆虫の調査を行うのは困難である。しかし,上記のような高原のミクロな湿地帯ならば,個人でも調査可能な場所は相当あると思われる。水生種に限らず,今後各地で調査を行えば,得難い湿地性昆虫の意外な分布が確認できるかもしれない。

白樺湖周辺でこれまでに確認した水生甲虫は,クビボソコガシラミズムシ,コツブゲンゴロウ(写真4),マメゲンゴロウ,コクロマメゲンゴロウ,ホソクロマメゲンゴロウ(写真5),チビゲンゴロウ,チャイロシマチビゲンゴロウ(写真6),アサヒナコマルガムシ,キベリヒラタガムシ,クナシリシジミガムシ(写真7),マルガムシ,ワタナベダルマガムシ(写真8),クロサワドロムシ,ツヤヒメドロムシ,マルヒメドロムシ属の一種(写真9)の15種である。

写真4. コツブゲンゴロウ
小川の堰上流の止水域で見られる。
写真5. ホソクロマメゲンゴロウ
浅い湧水流に見られる。個体数は非常に多い。
写真6.チャイロシマチビゲンゴロウ
小川の止水域で見られる。
写真7.クナシリシジミガムシ
小川の止水域で見られる。
写真8.ワタナベダルマガムシ
樹林内の湧水湿地や、湧水流の水中に沈んだ流木の表面等で見つかる。個体数は多い。
写真9.マルヒメドロムシ属の一種
樹林内を流れるごく浅い湧水流に多数生息している。真っ黒の個体や、四つ紋型など、いろいろな斑紋の個体が同所的に見られる。

また,大門川の源流域は,キタガミトビケラの大生息地となっている。小松貴さんの著書「昆虫学者はやめられない―裏山の奇人,徘徊の記―」では観察が難しい種として紹介されているが,現地では,水深10 cm程度の浅いところでも,河床の礫に高密度に筒巣が付いており,流下してくる餌を脚を広げて待っている幼虫を水面の上からでも容易に観察できる(下写真)。

写真10. 大門川源流域
キタガミトビケラの大産地となっている。
写真11. キタガミトビケラの幼虫
岩に柄でつないだ筒巣に入り、脚を広げて流下する獲物を待つ。
写真12. キタガミトビケラの幼虫(別個体)
この辺の個体は、筒巣を岩につないでいる柄がなぜか青い。

他,6月に訪れると,日当たりのよい小川沿いで色とりどりのスゲハムシが多数見つかる。

写真14. スゲハムシ
写真15. スゲハムシ

長野の高原は真夏でも冷涼で,蚊もヤマビルいないため、実に快適である。車道脇の小川でも,少し探すだけで水生甲虫数種が容易に見つかるほどで,虫が少ない神奈川との環境の違いを実感させられる。虫の出のピークは6~7月頃。

※本稿の初出は、神奈川昆虫談話会の連絡誌「花蝶風月」の以下の記事:
齋藤孝明 2022. 高層湿原の代替地としての高原の湧水帯―長野県白樺湖周辺の魅力―. 花蝶風月, (181). 6-7.
アサヒナコマルガムシについては、以下の論文を参照:
齋藤孝明, 2020. 長野県白樺湖周辺の高原で採集した水生甲虫. さやばねニューシリーズ, (38): 20-23.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?