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怒りを飼い慣らすことが出来ない人間の遠吠え

飛べない鳥のあざとい看板の量販店で商品を眺めていたら、高校生くらいの男の子が売り物の女性用下着を片手に「これいりますか?」と声を掛けてきた。

「………え?いりません」と答え、少し遠くでニヤニヤしながら様子を見ていたらしい仲間たちの元へ戻っていく後ろ姿を、ぼんやり眺める。
しばらく眺めたあとでやっと体が怒りで熱くなった。

しまった。クソが!何も言い返せなかった。ふざけんな。

起きたことを理解するのに時間を要してしまった。何も出来なかった!あまりに悔しくて、とりあえず男子高校生集団から目を逸らさずにじっと見つめ続けた。今、お前らがやったことに、腹を立てている。本当にムカついてるからな。せめてそれが伝わらんかなと思った。
すぐに集団の中の1人がわたしの視線に気がついて、コソコソと、わからんけど多分「ヤバい、見てる」みたいなことを言って、彼らはエレベーターに乗り込んで3階から降りていった。

逃がすか!と思って、いやなにをしてやろうか考えがあったわけでもなかったんだけど、買う予定だった最低限のものだけ握りしめてエスカレーターを下って追いかける。
降り着いた先の1階で少し遠くに彼らを見つけた。
そんで、マジでどういう思考回路なのか全く理解できんけど、彼らもわたしを見つけて、会釈をしてきた。

会釈。
会釈?ハ?

思い出してイライラしすぎて会釈について調べてしまったんだけど元は仏教用語なんですね。知らんかった。何の話?

とにかくわたしはその会釈に腸が煮えくり返って、数分前に「次は自分の中の怒りに1秒で反応してやる」と誓ったばかりだったこともあって、でも微妙に距離があったし、ていうかそこでなんかしっかりキレる勇気もないし、とりあえず会釈してきた男に向けて中指を立てた。
クソ。なんかもっとあっただろ。中指って!ダサすぎ。でもそれで精一杯だった。

わたしはこの日、配偶者の誕生日を祝うためにパーティーグッズを見に来ていた。
直前にはどこのドラッグストアでも売切れでマジ手に入らないでお馴染みケイトのリップモンスターを発見したりなんかした。つまるところ結構ルンルンしていた。
なんてことない一日で、むしろちょっと良い日だったなくらいの気持ちで終われるはずの一日だったのだ。
それを、お前らが台無しにしたんだからな。お前らのくだらない悪戯心が、悪意とすら呼べない軽薄なおふざけが、1人の人間の一日を最悪たらしめたことを、少しでもわからせたかった。

それで、中指。いややっぱダサすぎ。
ていうか、わかんない、こういうのって、こっちがキレちゃうと向こうは余計面白いんかな。無反応が一番いいって言うよな。でも無理でした。無理すぎ。悔しくて泣きそうだった。


女だってだけでなんでこんな思いしなきゃならないんだみたいなことって生きていく上でめちゃくちゃある。

それは多分男の人にも別の形で存在するものだと思うから、女だけが被害者!女だけが生きづらい!みたいな話では全然ないです。女としての人生しか知らんからこちらの経験しか話せないだけで男だってだけで辛いことだって絶対にある。人には人の地獄です。
もっと言うと別に性別だけの話ではない「〇〇だってだけで」がこの世にはきっと死ぬほど存在する。今回の件はどうしても「女だってだけで」の案件だったのでこういう論調になってしまったけれど、女であることも男であることもそれ以外の「〇〇だってだけで」もつまりは本人には変えることのできない要因で、そのせいで生じる苦しみなんて全てあまりに理不尽だ。

帰り道、地下歩行空間を歩きながら、もしわたしが刃牙みたいな見た目の男だったらこんな目には合わなかっただろうなと思って本当に悔しかった。
別に刃牙みたいじゃなくてもいいんだけど。たとえ木暮公延だったとしても男性だというだけで女性用下着を片手に10歳近く年下のクソガキにからかわれるなんてことなかったはずだった。

あの時も、あの時も、あの時だってそうだ。大きい話から小さい話まで数え切れない。わたしが女で、男の人より体が小さく、力が弱いというそれだけで通り魔みたいに刺さってきた嫌な出来事なんて数多あった。だけどそんなのどうにもできない。わたしは27年間女として生きてきたし今のところ死ぬまでずっとその予定でいる。
自分じゃどうしようもないことが理由で降り掛かってくる地獄にいつまで振り回されなきゃならんのか。

消えない怒りと共に配偶者に電話したけれど「災難やったなあ」みたいなリアクションだった。そうか、あんまり伝わらんよな、と少し寂しくなった。
仕方のない話だ。男の人は恐らく一生経験しないカテゴリーの理不尽だった。もちろん逆も然りで、わたしが男として生きたことがないが故にわからないこともたくさんあるんだろう。誰かの「〇〇だってだけで」も、〇〇に該当しない人間が本当の意味で理解出来ることはきっとない。
そもそもの問題配偶者は自分の身に降りかかった理不尽にさえあまり声を大にして怒らないおおらかで気の長い人なのだった。
それでももう少しだけでいいから、相手に対して怒ってくれたら嬉しかったな、と思った。

ちなみに大学時代の先輩にLINEをしたら3分経たずに「次は殺せ」と返ってきて安堵で爆笑してしまった。先輩へ。次は殺します。


自分じゃどうしようもできないことに対して「自分じゃどうしようもできないんだから腹を立てても仕方ないぜ」って受け流していられたらどんなにいいかといつも思う。
でも出来ない。出来ない感じで育ってきてしまいました。

さっき「その立場を経験した人にしか本当の意味ではわからない」みたいなニュアンスの書き方をしちゃったけれど、多分中にはわかってくれる人もいて、もっと言うと同じ立場を経験しているはずなのにわかってくれない人もいる。あ~~~そんなこともあるよね~~~!くらいの人、全然いる。
昔会社の女子会で痴漢された経験の話になって(今思えば最悪のエピソードトークですね)、話を振られたので渋々わたしの経験を話した後に係長が自分の経験をハチャメチャ笑い話として語っていて、捉え方が違いすぎてギョッとしてしまったことを思い出した。正直に書くとそういうのが犯罪者を増長させるのでは……とも思った。

でもまあ、犯罪者が増長するかどうかはひとまず置いておいて、どうってことないみたいに出来たらその方が自分の心はよっぽど楽だ。ひとつひとつに傷ついて腹を立てて生きていくよりずっと疲れずに済む。
でも無理だった。無理でーす!細すぎとか気にしすぎとか言われてもマジで知らんよ。こっちからしたら自分の尊厳を馬鹿にされているような出来事に鈍感でいられる方がわからん。わからんし、羨ましくも思う。

なにが良くないかってこの出来事そのものが起きたの4月なんですよね。今?9月です。5ヶ月が経過している。それなのに怒りの鮮度がアホほど良い。もぎたてフレッシュにもほどがある。真っ赤なハートは怒りの記!ハ?

書きながら一瞬、もっとおおらかで適度に鈍感で、怒りを引きずらない人の方が愛らしいに決まってるよなと思ってへこんだけど、すぐにうるせー!って思いました。うるせえ。わたしは神経質だし怒りを地獄の果てまで引きずるけど、そのおかげで誰かの身に降りかかった理不尽への悲しみにもちゃんと気付いて同じように怒れるよ。それしか、ないけど。マジでそれくらいだけど。
でも誰かが同じ思いをした時に、わたしだけは「そんなこともあるよね」なんて絶対に言わない。そんなことはあってたまるかよ。次は殺そうな、ていうか一緒にやってやろう、掴んだ拳を使えずに言葉を失くすのが一番悲しいし悔しい。


楽になりたい。でもなれんので、次こそ瞬間湯沸かし器みたいキレてやろうと思う。
そこでキレるのが正しいか正しくないかは知らないです。理不尽はなくならないので、せめてその場のそいつには、お前が深く考えずにやったその行動がここまで人を怒らせたんだと知らせてやりたい。それが本当にするべき行動かどうかは知らん!別にみんながそうする必要もない。でもわたしはそうしたいよ。
そんでせめてずっと、大事な人の身に起きた理不尽に同じくらい怒れる人間でいたい。

じゃあまたね。

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