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若杉原生林はこれからも『若杉原生林』たるか?

「どこか西粟倉村内でおすすめの場所ありますか?」と聞いてきた人に対して、自分でもベタな回答だなと思いながら、「今の時期なら、若杉(原生林)ですねえ」と言ってしまいます。村に住んでいる方であれば、同じように答える方も多いのではないでしょうか。

そんな若杉原生林、確かに四季折々の魅力があるのです。

積雪期は、ただひたすらに静かな林内。わずかな枝のそよぎや枝から落ちる雪、雪の下の小さな水の流れ、そして自分の呼吸も雪へと吸い込まれていきます。

雪が解けると間もなく、イチゲやカタバミ、ネコノメソウなど、早春の林床を彩る花たちが密やかに咲きます。

木々が葉を広げ始めると、これらの植物は姿を消します。見上げると、ブナやナツツバキのような鮮やかな色からホオノキやミズナラのような濃い色まで様々な緑が我先にと、空間を埋めていく一方、葉の隙間をすり抜けた陽光が優しく地表に届きます。

森林のてっぺんが木々の葉で覆われると、遊歩道は暗く、水の流れが特に涼やかに感じられる時期になります。木漏れ日を利用しながら、地表を覆うササや岩に貼り付くコケは刻刻と色濃くなり、視界は緑で埋め尽くされます。

そろそろ夜は寒く感じるな、と思う頃、木々は1本また1本と葉を落とし始めます。緑・黄・赤・白など色とりどりのパッチワークを経て、茶色一色の世界へ。やがて若杉はまた雪に閉ざされます。

若杉原生林を訪れる一人ひとりが、それぞれに『若杉原生林らしさ』を感じ、そしてそれを素晴らしい自然なのだと感じてくれているのだろう、と勝手に思っています。

①春の主役、コミヤマカタバミ(ヒョウノセンカタバミかも?)


②芽吹き始める広葉樹たち
③盛夏、緑に覆われる林内

個人的には、すごくざっくりまとめると、若杉原生林の特長は以下の2つかなと思います(ちょっと難しい言葉を使います)。

・樹齢数百年とも思われるブナ、ミズナラ、ミズメ、サワグルミ、トチノキなどの大木が群生しており、その下にはカエデ類やコシアブラ、ナツツバキといった多様な亜高木、そして多雪地帯のブナ林床によく見られるチシマザサ、といった植生構造がしっかりとみられる、西日本では決して多くはない自然環境

・多種多様な植物たちによって蓄えられた水があちこちから湧出し、源流域とは思えないほどの豊富な水量と、湧水と林内の高い湿度によって育まれるコケ類の豊富さ、ボリュームの多さ

若杉を歩いていると、様々な景観に出会います。

例えば、寿命が来て幹の途中から折れたブナ。林冠はぽっかりと空き、陽光が降り注ぎます。幹にはキノコが生えたり、キツツキが無数の穴を開けたりでぼろぼろです。ササを押しつぶしながら地面に倒れた幹は腐り始め、その上に到達した周りの植物が発芽し、太陽を浴びてすくすく成長を始めています。幹のうえではトカゲが日光浴をし、残った幹の根元のうろではヒキガエルが休憩しています。

一方、同じように大木の倒れた跡でも、別の場所では、倒れた木の下にいたカエデやクマシデなどが枝をグングン伸ばして、開いた穴をすばやく覆って一人勝ちしています。

ちょっと異質な場所をみるたび、そこでは様々な生物間で静かな協力や競争が繰り広げられ、現在私たちが見ている景観になっているのだなあ、そしてそれらが様々な場所、時間で発生することで、若杉原生林は森林として続いているのだなあ、と想像してしまいます。

④苔むした倒木に生えてきたミズナラのこども
⑤ぽっかり空いた穴を埋めるように広がったカエデ

ところが、近年、もう元には戻らないんじゃない?と思ってしまうような変化も見られます。

一つは、林床のササ達の衰退。もう一つは、ミズナラの集団枯死です。

若杉原生林の林床の多くを占めるチシマザサですが、まとまって立ち枯れた場所がみられたり、桿(ササ類の枝っぽい部分のことです)の密度が低く感じられたりします。山を歩く身としては、楽になるのでいいのですが、大丈夫なの?と思ってしまいます。数十年にわたり若杉を歩いてきた地元の方からも、ササが薄くなっていると聞きます。

原因は、温暖化とシカの増加でしょうか。チシマザサは、比較的積雪の多い地域に分布しているササで、桿の上部で枝分かれする性質があるため、芽が冬の寒さから守られる積雪の多い地域に適しているとされています。また、チシマザサの分布域を気候要因から推定している研究では、積雪量の減少と気温上昇が分布の適地を減少させる要因だとしています。

シカの増加も大きな影響を与えています。若杉から数十km北の氷ノ山での研究では、シカにより過度に食べられると、上部で枝分かれするチシマザサは、根元から枝分かれするタイプのササに比べ、枯れやすいという報告があります。積雪の減少と、シカの食害というダブルパンチで、チシマザサは減ってきているのでは、と感じます。

⑥高木がなくなり、地表のササ類も食べられている場所。森林には戻らない…?

ミズナラは、前述のとおり若杉原生林を代表する樹木の一つですが、ここ2年で立ち枯れが発生しています。原因は、カシノナガキクイムシという昆虫が持ち込む菌であり、この菌によるナラ類の立ち枯れ現象を、一般的には「ナラ枯れ」と言います。

ナラ枯れは全国的に拡大しつつあり、岡山県内でもここ2年間、急速に拡大しています。大きな木ほどキクイムシが取りつく面積が大きく繁殖効率がよくなるといわれており、雑木林の放置によるナラ類の大径木化が一つの原因とされています。一方、近年では高標高域でもこのキクイムシの繁殖成功が報告されているなど、温暖化も一因とされています。

若杉原生林の景観を構成するうえで重要なミズナラの大木が枯れること自体も問題に感じますが、枯れてしまった後のぽっかり空いた穴を埋められる植物が少ないことが気がかりです。

林床のエースであるチシマザサも衰退しつつあり、主要な樹木もシカに食べられて大きくなれません。シカが多く分布するほかのナラ枯れ被害地では、森林のてっぺんを覆うナラ類が枯れた後、シカの好まない樹木しか育たないことも報告されています。若杉においては、シカに食べられつつもしぶとく成長できる、リョウブやコハクウンボクなど、限られた種類の樹木が覆う低木の森林になってしまわないか、心配です。

⑦「ナラ枯れ」で枯れたミズナラ。茶色く枯れた葉が残るのが特徴
⑧キクイムシが多数入ると、根元は粉だらけになる

個人のレベルではどうしようもない問題かもしれませんが、若杉で起きている問題の原因として挙げた温暖化やシカの増加、雑木林の放置は、人間の活動や生活の変化に起因しています。

人間の直接的な干渉は必要最小限に、ただ在るように在るのが、若杉本来の自然の、そして国定公園の特別保護地区の、在り方なのでしょう。ただそれは、如何なる変化が起きても許容されるべきものなのか、真剣に考えるべき時が来ているように思うのです。

※若杉地区の森林は、「天然林」「原生林」などの呼称が付くことが多いが、厳密な意味ではどちらにも該当しないと思っています。ただし本稿では、より広く使われていると思われる「若杉原生林」に統一しています。

(永美暢久)


この記事は、百森 Advent Calendar 2021の7日目です。

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