テスト 3

 「部長はやっぱり全く勉強しなんですか?」
 周の頭にそんなふとした疑問が浮かんだのは問題集との睨めっこを始めて十分もしないうちだった。
 月瀬水仙という人物が宿題をしていたりするのを未だかつて周は見たことがない。
 授業にもまともに参加していないような話を噂で聞くのでどうしているのか気になった。
 (実際、授業をサボってこの部室に来ているのを周は幾度となく見ている)
 呑気にそんな質問をぶつけた周を、水仙はチラリと見て、それからまた溜め息を吐いた。
 「あのなぁ、周。学校のテストで出る程度の問題、出題範囲さえ分かればそれで解けるだろ? 普通」
 「いや、普通じゃないです」
 「そりゃあ、お前の頭の出来が悪いからだ」
 「いや、そんなことはないです」
 そこに関してはどう考えても目の前の先輩が異常だ。
 この高校は決してそんなレベルの低い高校ではない。
 少なくとも地域単位で見ればトップを謳っていい学力を有している。
 だから周は入学に際して相当に努力をしたし、あの才色兼備を地で行く伊吹先輩ですらテストで全教科満点というわけにはいっていない。
 そんな学校の中で目の前の月瀬水仙という人物は勉強もせずに、伊吹先輩を抑えて学年首席の座を取り続けている。
 しかも、周の知っている月瀬水仙という人物がたかだか学校の成績程度に拘泥するとは思えないので、おそらく本人にその気は無いのにだ。
 やっぱり化け物の類なのだな、と周が水仙の方に目を向けると目が合った。
 水仙は周の視線を受けて目を細めた。
 「お前、今失礼なこと考えただろう」
 「……いえ、誓って考えてません」
 絶対零度の視線に怯えながら返答する。
 もう何度この問答をしたのかわからない、いつものやり取りだった。
 数秒そのまま視線を交差させた後、水仙が視線を外してため息を吐いた。
 部室の空気が緩んだことに安堵のため息を漏らしてから、周は問題集に向き直った。
 開いているの数学の問題集だ。
 紙の上で踊る文字と数字の群れは、周には正直解読不能なのだがそれでも何とか教科書や参考書を頼りに解読していく。
 一〇分ほど掛けてやっとの思いで一問を解き終わる。
 すぐに手に持ったシャープペンを投げ出したい衝動に駆られるが、まだ出題範囲の四分の一にも届いていない。
 仕方なしに次の問題へと取り掛かる。
 そこには相変わらず訳の分からない暗号が並んでいる。
 周はちらりと水仙の方を見た。
 水仙も仕事に戻っているらしくPC画面を見ているようであった。
 きっと目の前の先輩が教えてくれたならば、手元の暗号の解読も幾分か楽になるはずなのだが、と思わずにいられない。
 しかし、あれ以上文句を言ったところでどうせ取り合ってくれないことを周は知っている。
 だから、こうして恨めしく水仙の方を見ることが周にとっての精一杯だった。
 不意に水仙の視線がPC画面から外れた。
 周としてはこっそり見ていたつもりだったのだが、水仙は最初から気づいていたように周と視線を交差させ、それからまたため息を吐いた。
 「……あのなぁ、周」
 「な、なんですか? 別に、俺何も言ってませんよ」
 怯えたように動揺する周に、水仙はさらにため息をひとつ。
 「そもそもだ。私が何かを人に教えるのに向いていると思うのか?」


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