テスト

 「部長・・・!」
 その日、桐間周は珍しい程に真剣な顔、真剣な声で所属している部活動の部長ーー月瀬水仙に向き合っていた。
 そんな真剣な周に対し、水仙はPC画面から顔を上げ至極嫌そうな顔を返した。

 いつもと変わらない部室。
 涼やかな風が時折カーテンを揺らす。
 時は夏休みも過ぎ去り秋の始まりを感じ始めるような日々の中だった。
 月瀬水仙はいつもの部室、いつもの席でいつもの『仕事』をこなしていた。
 ここ数日は何故だか裏の世間も大人しく、珍しいことに仕事にも追われていない。
 それでも水仙の元には相変わらず無数の仕事が届き、それらをこなすのはいわば日課のようなものだ。
 だから、高校生の本分であるはずの授業をぶっちぎり、静かな部室棟の静かな部室で時間を過ごすのもいつも通りのことだ。
 カーテンを揺らす風に誘われるように、ふと壁に掛けた時計を見やればもうすぐHRの終わる時間であった。
 もう数分もすれば校舎全体に放課後を告げる鐘が鳴り響き、それとともに学校から解放された生徒たちが賑わいだすだろう。
 ちらりと、窓の外のまだ誰もいないグラウンドを見てから、水仙は頬杖を付き、ゆっくりとため息を吐きだした。
 そうした辺りで鐘が鳴り響く。
 わ、と校舎全体が賑わい出すのを肌で感じた。
 いつもと変わらぬ何気ない日常。
 つまらない、平凡なそれもそう悪くはない。
 放課後を迎えた今、水仙のいる部室棟も徐々に人の気配がしだした。
 そろそろ、この部活の後輩もこの部室に来るだろう。
 水仙は頬杖を付いていた格好から体を起こし、再びPC画面に向き合った。
 噂をすれば、数分もしないうちに部室のドアがガチャリと音を立てた。
 この部室を訪れる人物はそう多くない。
 予想通り、現れたのは水仙にとっての後輩ーー桐間周であった。
 「・・・お疲れ様です」
 「おう」
 いつもより少しだけ元気のなさそうな周の挨拶に違和感は感じつつも、水仙は無視するようにいつも通り横柄に返事をした。
 それから、周もいつもの位置、部室の扉の近くへ着席した。
 席に着くと、周は大きくため息を吐いた。
 水仙はそれも無視。
 10分ほどの時間、水仙のキータッチの音と周のため息が時折静かな部室に響いた。
 いい加減、周の雰囲気が面倒になってきた水仙がそろそろコーヒーでも淹れさせようか、と口を開き掛けたところだった。
 「部長・・・!」
 意を決したような周の声が部室に響いた。
 水仙は迷惑そうに顔を歪めながらPCから画面から顔を上げた。
 「・・・なんだよ」
 「いや、あの・・・」
 水仙の機嫌が悪そうだ、と感じた周は一瞬口籠るが、それでももう一度口を開いた。
 「・・・勉強教えて下さい!」
 言って、周は深々と頭を下げた。
 桐間周の成績は入学以来、この半年近く低空飛行を続けてきた。
 そもそもそれなり以上にレベルの高いこの高校にかなりの無理をして入学してきている。
 そのため、日々の授業にも遅れ気味だった。
 対する月瀬水仙は特大の問題児でありながら、その成績を盾に教師陣に文句を言わせない程に優秀な生徒だ。
 具体的には、生徒会長を務めている水仙の幼馴染みである超がつく優等生、伊吹湊を差し置いて学年首席である。
 そういえば今朝湊の奴が来週からテスト期間だと言っていたな、と水仙は思い出す。
 なるほど、それ程に周の成績は遂にヤバいらしい。
 ということをなんとなく察した。
 その上で水仙は言葉を返してやる。
 「いや、嫌だが?」
 「な、なんでですかー!?」
 急に大きな声を出した周に再び顔を歪めて、水仙は追撃を吐いた。
 「面倒臭えから」

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