『犯人は自分』
「……あれ?」
その日、一門 撫子(ひとかど なでしこ)(旧名:ノーネーム・アークレスハート)は勉強終わりであった。
彼女は現在中学三年生、受験真っ盛りであり、すっかり気温も下がり始めたこの時期において大変重要な時期に差し掛かっていた。
なので、彼女は帰り際に中学校の図書室で軽く勉強し、日が落ちる前に自宅に帰ってきて夕飯を食べて、今度は自室にこもって勉強するという生活をしていた。
本日も例に漏れず同じように一日をこなし勉強に一段落つけ、休憩しようかと自室から居間に降りてきたのは夜十時に回るところであった。
居間に降りると彼女の義兄がソファーに座り、リモコンでテレビ番組を変えながら興味のある番組を探しているところだった。どうやら義兄も居間に降りてきたばかりのようだった。
一門家の両親は父親の仕事の関係上、基本的に海外を転々としているため実家であるこの家には二か月に一回、数日程度しか帰ってこない。そのため現在は撫子と義兄――京太の二人暮らしとなっている。
「なんか面白そうな番組あったかー?」
「んー、なんもねぇな」
兄妹で適当な会話をしながら彼女はスムーズに冷蔵庫の前に立った。
撫子には楽しみがあった。
彼女は勉強終わりのこの時間におやつを食べることにしている。
自分へのご褒美(笑)である。
先述の通り、二人暮らしである一門家では家事を分担することにしている。基本的には京太がほとんどの家事をこなすが三日に一回程度の割合で撫子が家事を担当する日が来る。
撫子は昨日、夕飯の当番を任されていた。
そして夕飯を任された撫子は夕飯を作るついでに、おやつのプリンを作った。
勉強時間を削って丁寧に作った。
作ったプリンを冷やしてから食べるために、作った当日――つまり昨日ではなく、その翌日である今日の夜に食べることにしていた。
満を持して、撫子は冷蔵庫を開けた。
そこに待ち受ける黄色の甘味を想像しながら。
――そして、ここで物語は最初に戻るのである。
「……あれ?」
冷蔵庫の中に求めていたプリンがなかった。
状況を飲み込めず撫子はもう一度冷蔵庫の中を探したが、どう探しても透明なガラスカップに納まったプリンの姿を確認することはできなかった。
プリンがない。
その事実は撫子の全身に衝撃を与えるには充分であった。
結果、数秒の間撫子の思考も身体も動きが止まった。
なんとか思考が回りだし、自然と口が開いた。
「……な、なぁ、京太。私のプリン知らないかー……?」
絞り出した声は力なく、また少しの震えが入っており、懇願するようであった。
「んー? プリン?」
未だに見る番組を決めあぐね、忙しなくリモコンを操っていた京太が手を止めて、キッチンにいる撫子の方へのそりと体を向けた。
「プリンって、昨日ノーネームが作ってたやつか」
「そう!! それ!! 知ってるのか!?」
「お、おう。そりゃあ、知ってるだろう。昨日お前が自慢げに言ってきたんだから」
キッチンから身を乗り出すような撫子の勢いに、若干押されながら京太は答えた。
京太に回答で撫子の脳内に一つの疑念が生じた。
(……こいつが食ったんじゃねぇか?)
真相を確かめるべく、撫子は再び口を開いた。
「もしかして、京太がプリン食ったのか……?」
「え? おう、食ったぞ」
驚くほどあっさりとした回答。京太がその後に続く言葉を発する前に――
跳躍。
撫子は一瞬にして京太との距離を詰めた。
京太に向かって突き出された右手には煌々と光る八角陣と複雑な紋様、そして書き込まれた呪文があった。撫子が魔術を行使する際に使う魔術陣である。
「食べ物の恨みは恐ろしいぞ」
今まさに呪文を行使せん、とした瞬間に、京太はとっさに撫子の突き出された右手を掴み魔術陣に干渉し、魔術陣自体を掻き消した。
「わー!! 待て待て待て待て、落ち着けノーネーム!! 違う違う!!」
魔術陣を掻き消された撫子は驚くこともなく、流れるような動作で今度は左手を突き出し魔術陣を展開させるが、それもまた京太に左手で掴まれ、干渉され掻き消された。
両者ともに両手が塞がれたため、膠着状態に陥る。
「違うんだよノーネーム」
「何が違うんだよ、京太が私の楽しみにしてたプリン食べたんだろー!!」
両手を掴まれながらも撫子がバタバタ暴れる、が京太は両手を離さない。
「違うよ!! お前が昨日プリン二つ作ったから一個食っていいって言ったんだろ? 俺は俺の分のプリンは食ったけどお前の分のプリンは食ってねーよ!!」
叫ぶように京太が自身の主張を言うと、撫子の動きが次第に落ち着いてくる。
「……なんだそういうことかよー、早く言えよなー」
「お前が弁解の余地をくれなかったんだろう!!」
解決したので撫子は両手を外そうと動かしたが京太は撫子の両手を離さなかった。
撫子が不思議そうな顔で京太を見上げると、京太は真剣な顔をしていた。
「……?」
「まず謝りなさい」
真剣に言われたので抵抗することなく撫子はペコリと頭を下げた。
「ごめんなさい」
「……よし」
素直に謝った撫子に京太は表情を緩め、両手も離した。
撫子は冷静になり反省したのか、しょんぼりと俯いたままだった。
京太が俯いたままの撫子に苦笑しながら軽く頭を撫でてやると、撫子はやっと頭を上げた。
「で? プリンがないのか?」
「そうなんだよー。京太知らないかー?」
「お前が食ったんじゃねぇのか?」
「そんな訳ないだろー。だって昨日の夜に作って、ちゃんと冷やしてから食べようと思って冷蔵庫にしまったんだぞ」
「そのあとは?」
「そのあと?」
うーん、と撫子は頭を捻ってその後の行動を思い出そうとする。
「その日の夜はそのあと風呂入って、部屋行って勉強して寝たぞ」
「今朝は何してたんだ? 俺は朝早かったから知らないけど」
「京太、今朝いなかったもんなー」
「呼び出されたんだよ、理事長に、わざわざ学校始まる前に……。俺の話はいいだろ。で、ノーネームはどうだったんだ?」
「私か? 私は起きたら、もう京太がいなくて、キッチンに行ったら今日の分のお弁当は作ってあったけど朝ご飯はなくて、どうしようかなーって冷蔵庫開けたら……」
そこで撫子の動きが止まった。
撫子は虚空を見つめ、遠い目をした。
冷蔵庫を開けたら、そこには昨日作ったプリンがすっかり冷えて鎮座していた。
あまりにその姿が美味しそうだった事、そして撫子がまだ半分寝ぼけていた事が相まって、自分へのご褒美(笑)に作ったということを忘れて朝食として、それはそれは美味しくいただいたのだった。
これが今回の事件の真相であった。
「犯人は自分、かー……」
完
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