唐突

 「よう、宇野。久しぶりだな」
 目の前には玄関を遮る様な長身の男がいた。
 そういえばこの人との出会いは、確かに突然だったなと何処か冷静に働いている頭で思った。
 実感を持って思い出す、ということは今の俺には出来ないのだが、俺の身体はそれを確かに憶えているようだった。
 そんなことをぼうっと考えてしまう程度には状況を飲み込むことが出来なかった。
 何せ唐突だった。

 クリスマスも年末年始も過ぎ去って、大学の試験に追われ、それも何とか乗り切って、長く気ままで怠惰な春休みが訪れた、そんな冬のある日のことだった。
 バイトも休み、サークルも休みの俺は例によって昼過ぎまで惰眠をむさぼっていた。
 一応かけておいたみたスマホのアラームは、遥か昔に夢現に止めていたようで鳴った記憶すらほとんど残っていない。
 釈明をするならば、昨日は俺と同じように翌日である今日、何も予定の無いという隣人で幼馴染みの風島清景と日付を跨いで遊んでいた。
 俺の住むこの部屋の隣、清景の部屋でうっすらと空が白み始める時間までゲームに明け暮れ、それから自室に戻ってシャワーを浴びて、それから寝た。
 そういう理由があった。
 だから、そう。
 俺のこのダラダラとした生活も許されるのだ。
 覚醒をし始めた意識を封殺するように、ぼんやりと緩やかな思考を回す頭でそんなことを考えながら、俺は掛けていた毛布に包まるように引き寄せた。
 未だ寒さの堪える季節。
 寒い室内とは違い毛布の中は正しく別世界の天国のように思える。
 そんな、穏やかな思考に大きなノイズが入った。
 半覚醒の思考ではその意味は捉えられなかったが、否応なし大きなノイズは意識の覚醒を促してくる。
 次第にはっきりとしだした意識がそのノイズの正体を突き止めた。
 よく聞けば、それは繰り返されるインターフォンの音とその間に挟み込まれたノックの音だった。
 毛布に包まったままの俺は無理矢理に起こされたことで若干の怒りを覚える。
 無視してやろうか、と思ったが音が鳴り止む気配がない。
 どうやら対応するしかないようだった。
 もそもそと毛布の中で蠢き、起きる準備をする間も玄関からの音は鳴り止まない。
 あまりにも鳴り止まないので、少しずつ慣れてきすらする。
 しかし、こんな状態で放って置くわけにもいかない。
 俺は意を決して毛布から出た。
 玄関に出る前に枕元のスマートフォンを確認するとデジタル表示の時計が十四時半を差していた。
 締め切っている筈のカーテンの隙間からは煌々とした日の光が差し込んでいた。
 そんなことをしている間も、やはり鳴り止まない。
 俺はため息を吐いて、それから立ち上がった。
 玄関へと向かう短い道中に寝ぐせで頭がボサボサである事や上下が随分と着古している灰色のスウェットである事などが頭を微かに過ぎったが、あまりにも面倒くさくて無視した。
 そもそも、この音の元凶である非常識な来訪者にそんな気を遣う必要もない。
 大きな欠伸をしながら玄関に到着。
 丁度、インターフォンの音が鳴った。
 「はいはいはいはい。今開けますよ」
 若干の怒りを込めながらドアノブを回して扉を開く。
 「遅ぇ。まあ、いい。よう、宇野。久しぶりだな」
 果たして、そこに居たのは決して身長の低くはないはずの俺が軽く見上げるような長身の男だった。
 最初、俺はそれが誰だかわからなかった。
 それはそうだろう、なにせその相手とは数年ぶりの対面だったからだ。
 たっぷりと数十秒、妙に冷静に回る思考に振り回されて、それからやっと相手の名前が口から出た。
 「……赤崎……先輩」
 かつての自分の、仲間だった先輩。
 赤崎仁志は俺の言葉にニヤリと不敵に笑った。
 「色々と話したいことはあるだろうが、まぁまずは部屋に入れてくれ。ギャラリーが居ちゃあ話しにくい」
 赤崎は親指で隣の部屋を指差した。
 赤崎の脇から顔を出すようにして確認してみると、同じように玄関から顔を出していた隣人の清景、それとおそらく打ち合わせか何かで清景の部屋に来ていたらしいジェームズ・ハウアーと目が合った。
 赤崎があまりにも玄関をうるさくするものだから様子を見に来たのだろう。
 俺は咄嗟に二人に目礼をして、それから顔をひっこめた。
 清景には後で説明しておこう。
 とりあえず、今は目の前の先輩だ。
 「……あの、とりあえず中に入ってください」
 「おう」
 横柄な返事をして、赤崎は一歩玄関の中へと入ってきた。

 


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