時に雨は降る 11

 「希雨(きさめ)」
 女の攻撃に対して、錬樹は焦るわけでもなく口角を上げたまま短く名前を呼んだ。
 錬樹の呼びかけに控えていた龍が素早く動き、女の操る機械の腕を迎撃。
 『グッ……!?』
 弾かれるようにしてよろけた機体を何とか制御する。
 女の対応を尻目に錬樹は身軽に着地。
 直後、すぐに駆け出す。
 追撃するためだ。
 女も錬樹の行動は把握している。
 機体を立て直し、再び拳を構える。
 が、横やりが入る。
 先程と同じように錬樹の操る龍だ。
 女はすぐに期待を反転させ、龍の方へ拳を振るった。
 機械と王力、双方によって強化された拳はしっかりと龍の体を捉え、横へ薙ぐようにして龍を地面へと倒す。
 悲鳴や鳴き声を上げるようなことは無かったが、捉えた感覚はあった。
 確実にダメージを与えたはずだ。
 しかし、女に安心する暇などない。
 すぐに横合いから衝撃。
 錬樹の蹴りが機体の左側面に命中した。
 「おっと、油断が早いよ」
 数トンにも及ぶ重量があるはずの機体のバランスを軽々と崩した錬樹は、余裕たっぷりに呟く。
 女もそのままやられっぱなしではない。
 すぐに体勢を立て直すと、拳を構え、振るう。
 錬樹は着地と同時に横へ飛び、女の攻撃を躱す。
 躱して、今度は女のいる前方へ攻撃に向かおうとしたところで機体の顔部分と目が合う。
 女も今度はそれだけで終わらせない。
 機体に備え付けらえたドローンにつけていたものと同じ銃撃を、こちらに向かおうとしていた錬樹に対して乱射。
 「うぉ……!?」
 流石の錬樹も一瞬驚きながら、再び回避行動へ移る。
 走る錬樹。
 その後を追うように連射される銃撃。
 錬樹が走り回るたびに地面のアスファルトが大きく抉れ、足元が悪くなっていく。
 銃撃がなかなか途切れない。
 錬樹も簡単には女の操る機体へ近づくことが出来ない。
 錬樹は走りながら王力を操り、自らの龍――希雨に指示を出す。
 すぐに女の丁度真横で倒れていた龍がその身をくねらせるようにして再び立ち上がった。
 女はすぐに反応。
 狙いを錬樹から龍に変え、先ほどよりもさらに強化した拳を繰り出した。
 周囲の王力を揺らすような一撃は、あっさりと龍へ命中。
 龍は短く、小さく鳴き声を上げると、その結合が解けたように水へと戻り、ばしゃりと地面に音を立てた。
 しかし、銃撃は途切れた。
 その一瞬の隙に錬樹は一気に距離を詰める。
 勝負を付ける。
 一層強化した錬樹の肉体は先ほど以上のスピードで女の機体へと近づく。
 女の機体は龍の方へ向いたまま――のはずだった。
 ぐりんと機体は回転するように錬樹の方へ向いた。
 女だって錬樹の行動は予測していた。
 だから、錬樹の接近以上の速度で対処が出来た。
 錬樹が距離を詰めるよりも早く、機体に宿した王力が鳴動。
 即座にチャージを終える。
 先程は龍に防がれた必殺の一撃だったが、今度はこの距離、このタイミング。
 回避不可の一撃を前に、錬樹は口角を上げた。
 女が躊躇なくトリガーを引いた、その刹那の時間。
 錬樹は余裕の表情のまま、最速の動作で両の掌を合わせた。
 その場ではあまりにも小さな拍手の音は、しかし不思議なほどに辺りに響き渡った。
 「『明鏡止水』」

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