白澤優人の人となり 5

 「月瀬氏によれば桐間氏もかなり『出来る』方だと聞いているでござるが」
 先輩の縁の厚い眼鏡がギラリと光った気がした。
 あの人はいったい何を言ったんだ。
 傍若無人の塊なので、俺については有る事無い事言っていそうで怖い。
 たしかに、俺はたぶん普通の人に比べれば『出来る』方だとは思う。
 元々、運動神経は良い方だった自覚があるし、身体も昔から頑丈だった。
 その上、この顔面のせいで散々喧嘩に巻き込まれて来たし、そのせいでカンや身のこなしは嫌でも覚えた。
 でも、目の前の先輩には「勝てない」と思ったのだ。
 だから、ここで自信がある、というようなことをいえば後々面倒なことになるかもしれない。
 そんなことはわかっていたはずなのに、心の底の底に残っていたらしい、些細な、下らないプライドが俺の口を動かしていた。
 「まぁ、その、それなりには……」
 口に出たのは、プライドからというにはあまりにも情けの無い言葉だったが、これが俺の精一杯だった。
 いや、或いは、俺は短い時間しか対面していないはずの目の前の先輩を既に信用してしまっていたのかもしれない。
 俺の言葉を受けて、白澤先輩はふ、と笑った。
 それは不敵であったし、嬉しそうでもあった。
 「それはぜひ、どこかで手合わせ願いたいものでござるなぁ」
 「そうですね……。機会があれば」
 きっと勝てはしないだろうけれど。
 痛いのは嫌いだけれど。
 でも、いつかその時が来ることが、少しだけ楽しみな自分もいた。
 
 「さて」
 いつの間にか、先輩の目の前にあった料理は全てきれいさっぱり消えていて、先輩は両手を合わせていた。
 会話の合間にも先輩は食事を続けていたのだろう。
 全然気が付かなかったし、俺の対人スキルでは会話しながらの食事というのは到底難しいことだ。
 実際、俺のカツカレーはまだ四分の一ほど皿の上に残っていた。
 「もう少し桐間氏との歓談したいところにござるが……。申し訳ござらん、少々部活関連でやらなければならん仕事がある故、お暇させていただくでござる」
 そう告げて、白澤先輩はこちらに丁寧に頭を下げた。
 つられて頭を下げる。
 「なんか、すいません。忙しいのに」
 「いやいや、こちらこそ桐間氏が居なければ大盛況の学食の中、席を求めて彷徨うとこでござった」
 茶化すようにおどけて先輩は言った。
 「そうそう。何か困りごとがあれば気軽に相談して頂ければ幸いにござる。大した力にはなれんかもござらんが拙者に出来ることであれば、先達の者として精一杯力を貸したい所存にござる」
 「あー……。何かあればお願いします」
 俺がそう返すと先輩はニカっと笑って、食器の乗ったお盆を持って立ち上がり、テーブルから去っていった。

 ぽつんと一人残される。
 相変わらずの喧騒の中で孤独を感じるが、不思議と最初に感じたような居心地の悪さは感じなかった。
 「……もしかして、わざわざ来てくれた、のか?」
 確証はないし、そんなわけはないのかもしれないけれど、なんとなくそう思った。
 まさかとは思うが俺が今日、学食を使うことを予想していた部長に何か言われていたのかもしれない。
 たまたま、俺が学食に一人で入っていく姿を見たのかもしれない。
 白澤優人という人間なら、それだけの理由で誰かのところに来るかもしれない。
 そう、思える。
 一人で、少しだけ笑った。
 いつの間にやらすっかり温くなったカツカレーを掬い上げ、口に運んだ。
 多少冷めてもカレーの香りは強く、食欲を刺激する。
 俺はスプーンを止めることなく残りを平らげたのだった。

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