炎の勇者

 『勇者』と呼ばれる者達は幾人も存在する。
 それは『勇者』と呼ばれる存在がその人格に関わらず、何かによって『勇者』として選ばれ、『勇者』として生まれ、『勇者』としての力を持つからだ。
 具体的に言えば、『勇者』は一般的に知られている魔法とは違う形式の『勇者』の能力としての魔法しか使えない。
 少なくとも、この世界では『勇者』とはそういう存在のことを指す。
幾人も存在する『勇者』の数を正確に数えられている者はいないだろう。
 『勇者』の中には歴史に名を遺すような有名な者もいれば、そもそも魔法を使うような人生を歩まない無名の者もいるからだ。
 しかし、不思議な事だがこの世界の多くの人間の実感で言えば、彼ら彼女らはいつの時代も多くもなく少なくもない数で存在している。
 それは果たしてその存在の数に上限があるということなのか。
 それも誰にもわからない。
 わかるのは有名な勇者達の存在だけ。
 現代で言えば、例えば『爆発の勇者』アベル。
 第二ギルドの筆頭冒険者にして、元々は四番手であった所属ギルドを二番手まで押し上げた他ならぬ立役者であり、良い噂も悪い噂も常に途絶えない男である。
 例えば『光の勇者』ノエル・アザーノウト。
 第一ギルドに所属する冒険者であり、未だ成人にも満たない少年ながら数々の功績をたてており、今や七大ギルド連合最大規模の第一ギルドをして名を挙げられる程である。
 そして、例えば『炎の勇者』ヴォルフ・グレイラー。
 七大ギルド連合最後のギルド第七ギルドのマスターにして勇者。
 この時代、この世界において特筆すべきはこの三名の勇者であった。


1/
 世界に名だたる七大ギルド連合。
 それは『世界秩序の安定と維持』を掲げる、人間界魔界双方を含む全世界のほぼすべての冒険者を管理・統括する機関である。
 国に寄らない特殊な立場故に全世界に普く影響力を持つ。
 そして本来国に寄らない七大ギルド連合は今や各地に独自の実質的な支配地域を持っている。
 支配地域という領土に加え、所属冒険者と所属職員という人員、七大ギルド評議会という最高機関を持つため国家の三要素を満たしているとみなす者も少なくない。
 実際、その影響力は年々強くなっている。
 そんな巨大組織七大ギルド連合に所属する最後のギルドである第七ギルドの本部は人間界第三大陸の西北に位置する辺境の小国『ウエルタ』にあった。

 「俺さ……影薄くねぇか?」
 そこは第七ギルドに併設された酒場、ではなくウエルタの王都市街に店を構えるなんてことの無いごくありふれた小さな酒場だった。
 筋肉質な体躯に髭を生やした精悍な顔付き、それに妙に清潔感のある衣服を身に纏った男がそう呟いた。
 男の名はヴォルフ・グレイラー。
 この国に拠点を構える第七ギルドのギルドマスターにして、様々な功績を積み重ね来た歴戦の冒険者でもある。
 ヴォルフの隣に居た、いかにも冒険者らしいフード付きのマントを身に纏った無精ひげの男――レウブ・ウィンヘルは手にしたグラスに注がれた琥珀色の液体を飲んでから口を開いた。
 「……知らんが?」
 「……冷てぇな、レウィン」
 レウィンの返答にヴォルフはため息を吐いたが、レウィンは相変わらずマイペースにグラスを傾けるだけだった。
 ヴォルフとレウィン。
 ヴォルフは20代の後半、レウィンは20代の前半という些細な年の差はあるものの二人は友人だ。
 ヴォルフがまだギルドマスターになる前からの知り合いであり、付き合いはそれなりだった。
 だから、仕事の関係でレウィンがウエルタを訪れる時はこうして下らない話をするのが定番であった。
 しばらく沈黙の時間が流れた。
 元々大きくない店だということもあるが店の中の客はそう多くない。
 ウエルタは山間の中にひっそりと存在する様な国であり、地理的位置の影響で冬のこの時期は特に寒く、多くの雪が降る地域だ。
 そのため、雪の降る夜にわざわざ出歩く人間はそう多くはない。
 窓の外を見れば今日も深々と雪が降っているのが見えた。
 隣のテーブルに座った連中が何やら騒いでいた。
 彼らを尻目に二人は自分の手元のグラスを静かに傾けた。
 「この前の……」
 再びヴォルフが口を開いた。
 一段トーンを落とした声。
 店内のほかの客や店主に聴こえないようにしたのだろう。
 「この前の七大ギルド評議会でもそうだった」
 「……一か月前のアレか」
 七大ギルド評議会は七大ギルド連合に所属する七つのギルドの代表者が集まる七大ギルド連合という組織にとっての最高意思決定機関だ。
 ギルドマスターであり、なおかつ第七ギルド筆頭冒険者という役職に就くヴォルフは当然ながらその評議会が開かれるたびに召集される。
 評議会では様々な議題を扱うが、当然そこには各ギルドの思惑や駆け引きが生じる。
 第一から第七までギルドのパワーバランスは均等ではない。
 「そこで勇者パーティについての話になったんだ」
 「『勇者』ね」
 「お察しの通り、議題はアベルの奴がまた手柄を立てた話題から始まった」
 「あー、そういえば、アイツまた派手に動き回ったみたいだな」
 「ま、当の第二ギルドのじいさんはいつも通り困ってたがな」
 ヴォルフは苦笑いをした。
 『爆発の勇者』アベルは恐らく勇者ということを抜きにしても冒険者の中でトップレベルに目立つ存在だ。
 なんせ現在の七大ギルド連合が実質的に支配している地域の過半数がアベルによってもたらされたものだからだ。
 当然、評議会でも多くの議題の中でその名前が出て来る。
 「アベルの名前が上がれば第一ギルドの連中は相変わらず面白くないだろうな」
 「そういうわけだ。それで対抗するように第一ギルドも最近入ってきた『光の勇者』の話を持ち出してきた」
 「確か、まだ成人してないような子供だろう?」
 「成人してないような奴でも名声を上げる奴はいるだろう。アベルとか、お前とかな」
 「……」
 「そこからは喧々諤々だ。第一ギルドと何とか第一ギルドの立場を少しでも削りたい連中のな」
 「……で? アンタの話は何も上がらなかったわけか。その場に唯一居合わせている『勇者』なのに」
 レウィンは何気なく、それでいて確信を突くように言った。
 レウィンの言葉にヴォルフは表情を変えず、グラスの中の液体を口に運び、飲み込んでから再び口を開いた。
 「結局、ギルドにつけられた一から七まで数字は露骨な序列だ。第七なんてのは弱小も弱小それはわかってる」
 本来、第七という序列を維持しているだけで偉業と言えるはずだ。
 なにせ七つのギルドに含まれないということは国際的に認められていないということになる。
 存在を認められていない、認められなかった冒険者の組織がいったいどれだけあるのだろう。
 「それでも俺は第七ギルドのギルドマスターで、筆頭冒険者で、『炎の勇者』の銘を背負っている」
 ヴォルフ・グレイラーは第七ギルドの創始者ではない。
 第七ギルドの歴史は意外に古く、遡れば人魔大戦終戦直後の冒険者の寄合からはじまっているらしい。
 ヴォルフはつい数年前に前任のギルドマスターの死の間際にギルドを託された。
 血縁者の居なかった前マスターが、それまで実績を重ね筆頭冒険者としてやってきたヴォルフを指名した。
 決して大きくない第七ギルドで筆頭冒険者のヴォルフを知らぬ者はおらず、故に反対する者もほとんどいなかった。
 それから数年、上手くやっていたつもりだが、上手くはいかない事も多い。
 ギルドマスターとしての業務が増えれば冒険者としての依頼をこなす時間は当然減る。
 評議会に足を向けても、最弱のギルドとしてほとんど発言権を持たないままに事は進んでいってしまう。
 それでも第七ギルドという灯を消さないためにヴォルフは日々を重ねている。
 「せめて、俺以外に凄腕の冒険者でもウチに居てくれればいいんだがな」
 「残念だが、俺が出来るのはあんたの所に名前を貸すぐらいだ」
 「……まだフリーの冒険者を続けるつもりか?」
 「目的があるからな。まだ、届かないんだ」
 再び会話が途切れた。
 窓の外を見た。
 雪は相変わらず深々と降り積もっていた。

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